福島の立入禁止区域で、見捨てられた動物たち。写真:osaprio
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「原発はいりません」宣言


ここに住んでいて、いいの?これ、食べていいの?
放射能汚染とともに広がった「答のない悩み」

原発事故による放射能の拡散
住み慣れた土地を離れざるを得なくなった人々

ところが、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震とその地震による津波で、福島第一発電所で爆発事故が起き、広島原爆の170発分ものセシウム137をはじめ、大量の放射性物質が大気や海に放出されてしまいました。

原発近くの11万3,000人の住民が区域外に避難。東日本大震災そのものでの避難者や転居者の数12万5,000人。それとほぼ同じくらいの人が、家が壊れたわけでもなく、目に見えない放射能のために、ふるさとを、住み馴れた土地を離れざるを得なくなりました。

日本では、健康上の危険にさらされないよう「一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線は1mSv(ミリシーベルト)以下に抑えること。放射線業務従事者が働く放射線管理区域でも年間20mSvを越えないこと(5年間で100mSv以下)」という基準を設けてきました。けれども今回の計画的避難区域の基準は、それまでの一般公衆が対象の年間1mSvではなく、放射線業務従事者を対象にしていた年間20mSvでした。事故前よりも基準が大きく引き上げられていてすら、11万人以上の人が避難したのです。(因みに、チェルノブイリ事故時は、5mSv以上の地域は強制移住)

  • 今回の事故で私たちはたくさんのことを学びました。そのひとつに、漏れ出した放射性物質は、眼に見えず音も聞こえず、人の一生をはるかに超える期間、私たちの体のみならず心までも傷付け続けるものである、ということがあります。
  • 人間にも、地球にもあまりにも負担がかかりすぎと思います。今すぐなくすべき方針を立て、移行すべきと思います。
文部科学省による 第4次航空機モニタリングの測定結果
PDFファイルはこちら

これまで通りの「年間1mSv(0.114μSv/h)」を遵守しようとすれば、福島市、二本松市、郡山市など、福島の人口の多くが密集するいわゆる「中通り」までが含まれてしまい、放射能由来の避難者の人口は上記のような数字では済まなくなります。「汚染された土地からの強制移住や、食物摂取制限、過度の防護方策を課して短期間に年間1mSv以下の線量に低減することは適切ではない」という見解を日本政府は示しました。被曝による害と、経済的社会的便益とのバランスを国なりに計算して「年間20mSvまでは許容せざるを得ない」という政治的な判断をしたわけです。

政府が許容した年間20mSvという判断が医学的に正しかったのかどうか、現時点では分かりません。しかし、年間1mSvという線量は「ガンを発症するのが1万人あたり1人程度(発ガンリスクが放射線量に応じて直線的に変化する場合)」という仮定で設定されたものですから、それを上回るリスクがないとは言いきれないでしょう。年間20mSvとは放射線管理区域の線量で、通常、そこに入るには十分防護し、中では飲み食いは禁止、そこから出たら着ていた服は脱いで、必要に応じてシャワーを浴びなければならないとされている線量なのです。

  • 被爆の恐怖におびえながら、不確かな報道に振り回され、心が休まる時はない。生命の危機を感じながらの電力などいらない。
  • 今後おこるかもしれない予測不可能な健康被害や環境を考えれば、原発とは共存できません。無くしていくべき

どれくらいだか分からない健康被害
原発に責任のない子どもたちほど影響を受けやすい

原発事故直後、政府のスポークスマンとして連日、記者会見に登場していた枝野幸男内閣官房長官(当時)は、100mSv/時以上の高い値を現地で検出したことを文部科学省が発表した際に「直ちに人体に影響を与える値ではない」とコメントしました。39回の記者会見のうち7回、同じ表現を繰り返したそうです。

「直ちに人体に影響を与える値ではない」とは微妙な表現です。健康被害がどの程度出るのか、後になってみないと分からないのですから「直ちに〜ではない」というのは正しい表現なのですが、放射線による健康被害が何年も経ってから出ることを知らない人が聞けば「影響を与える値ではない=安全」という印象を与えられてしまいます。

「直ちに影響は出ない」にしろ、確かに言えるのは、成長段階にあり細胞が活発に分裂しつづけている子供や乳幼児たちが、放射線の影響をより強く受けやすいということです。

  • 小さい子供たちを抱える親として、未来に残してはならない負の遺産です。
J.W.ゴフマンによる年齢別ガン死率の棒グラフ。放射線によるガンリスクの考え方には諸説あり、ICRPはゴフマンの4分の1の値を提唱している。
:グラフの読み方についてはこちらの文書の後半をご参照ください。

「便利な生活や経済成長を維持するには原発は不可欠で、ある程度のリスクがともなうのは仕方ない」という論調も世間には見受けられます。しかし、それが原発を選んだ責任のない子どもたちに偏る形でのリスクであっても、目をつぶれるのでしょうか? 原発事故後に作成された、『blind』というビデオ作品をご紹介します。ご覧になってみてください。

blind 現在に目を閉ざすものは、未来に対して盲目である www.blind-film.net

放射能が大地を海を汚染する
汚染された食べ物で内部被曝する

ふるさとを捨ててまで原発電気は要りません。
イラスト:ssoosay

放射能は人体だけでなく、大地をも、海をも汚染します。土壌汚染された耕作地でとれる作物、育つ家畜からつくる酪農製品、海の海藻や魚などももちろん、汚染されます。「国破れて山河あり」と昔は言ったものですが、今は「山河が破れた」状況です。

ASR社による海洋汚染予測。色の違いは相対的な濃度の差を強調して示すもので、放射性物質の絶対量を表したものではありません。
Google Earthで見たい方はこちらをクリックしてください。

大地や海で育まれる食べ物が汚染されれば、その放射性物質は生き物の体内に取り込まれます。放射性ヨウ素は甲状腺、放射性セシウムは生殖腺や筋肉というように核種によって溜まりやすい部位が違うのですが、いったん取り込まれると、それが排泄されるまで体内組織の至近距離で放射線を出し続けます。これを「内部被曝」といい「外部被曝」より厄介です。

さらに厄介なのは、生態系での食物連鎖を経て、放射性物質が生物体内で濃縮されてゆく「生体濃縮」という現象がおきることです。たとえば、放射線を浴びた牧草を食べ、汚染された土ぼこりを吸った牛の牛乳は生体濃縮されるため、環境より高い線量を帯びてしまいます。同じように食品を通じて放射性物質を摂取したお母さんの母乳には、より濃縮された形で放射性物質が出てしまうおそれがあります。母乳が出るのに、飲ませてよいものか悩まなければならないとは、母親としてどんなにか哀しいことでしょう。

厚生労働省では、事故後に「食品衛生法上の暫定規制値」を決め、それを下まわる食品は出荷してよいとしましたが、だからといって安全性が保証されるわけではありません。「食の安全」を確保するには、ひとつひとつの食品を測定し、食べる人の年齢に応じて選んでいくしかありません。気の遠くなるような話です。

一部の生協では、食品ごとのベクレル表示を始めました。事故後に食品を持ち込んで検査してもらえる民間の測定所もわずかですが、立ち上がっています。少なくとも放射線の測定がされていれば、自分なりの基準をもって選んで食べることはできるようになります。より汚染の高い食物は、放射線のリスクが低い年輩者が進んで食べるべき、という議論もあります。

厚生労働省は暫定基準に替わる新基準を4月から施行すべく準備中で、新基準は大分厳しくなるようです。これついても「厳しすぎる基準は福島の第一次産業を崩壊させる」という批判もあります。明らかになっていない健康被害のリスクと第一次産業を守ることの間で、どうバランスをとる決断をするのか。ここにもむずかしい問題が生まれています。

原発事故によって生み出されてしまった
答の出ない悩みと分断

放射能汚染が広がる中で、どこに住めばいいのか。何を食べればいいのか、食べてはいけないいのか。誰かにとっては大丈夫でも、誰かの分は気をつけなければいけない。住んでいるところの放射線量が心配で、家庭菜園でつくる無農薬の野菜でも食べられない。蓄積放射線量が心配で子供を外遊びさせてあげられない。何が真実か分からない中で、ひとつひとつを心配したり、吟味したりせざるを得なくなりました。

答がない問いに、迷いつつも自分のスタンスを決める以外にありません。何かと何かを天秤にかけて、優先順位を考えて、そして決めないと生きていけないので、そうしています。放射能汚染以前と比べて、生きることがむずかしくなった、そう感じている人も少なくありません。

  • 被爆の恐怖におびえながら、不確かな報道に振り回され、心が休まる時はない。生命の危機を感じながらの電力などいらない。
  • 地域の自立を奪い、持続を不可能なものとし、多くの命を犠牲にし、人と人、心と心を引き裂く原発はいらない。

「みんなの思う日本の地図」をご紹介します。さまざまな立場、地方の人が「どこまでが汚染されていると捉えているか」を地図にあらわしたものです。

「東日本はもうダメだな」と九州や沖縄に移住した人、一時、関西に避難し、子供の新学期とともに戻って来た人、海外に住む親戚から「避難してこい」と言われた人、さまざまな判断がそれぞれの「思う地図」にもとづいてあったはずです。あなたの「日本地図」は、どれに近いでしょうか?

ここは大丈夫と決めた人、大丈夫でないとしてもここに住むと決めた人・・・ひとりひとりが動く事、動かない事を選ぶにあたって、たくさんの苦悩や軋轢を体験したはずです。ある人にとってはそれは別れとなり、ある人にとっては再出発となったかもしれません。「何で逃げないのか、子供のことを考えたら逃げるべき」という言われて傷ついた人、「友達がみんなここにいるのに、避難したくない」と子供に泣かれてせつなかった人、家族に介護する年寄りも小さい子供もいる人、仕事柄どうしたって動けない人…。親しい間柄であるからこそのアドバイスや引き止めが、こじれる場面もたくさんあったことでしょう。

そのような、原発事故によってもたらされた、数限りない「分断」やつらい思い。放射能の被害が想定したものよりも危険なのか、大したことがないのか、リスクを受ける「確率」のその中に自分が入るのか、入らないのか、それは分かりません。悪い影響があるか、放射線に対する感受性は人によって違うでしょうし、「今は大丈夫でも先になって何か起きるかも」と随分と心配をしても何事もないかもしれません。ただ、ひとつだけ言えることは「原発がなかったら、このような分断や答の出ない悩みはなかった」ということです。それだけでも、「原発はいらない」という十分な理由になるのではないでしょうか。


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福井県越前市武生南児童センターから福島に送られてきたパッチワーク。写真: jetalone