外国から福島に贈られた千羽鶴。写真:erix!
1 2 3 4

「原発はいりません」宣言


原発がなくても電気は足りるし、
原発に頼らない生き方はできる。

平常運転時でも核のゴミを出し続け、被曝労働を前提にしている原発。事故を起こせば、大気、大地、海を放射能で汚染、住めなくなる土地が出き、子どもたちへの健康被害が懸念される。こんなリスクのある原発は、いりません。多くの人がそう思っているのに、なかなか世の中は原発をやめる方向に進んではいかないのは、なぜでしょうか? 原発がなくなると何が困るのでしょうか?

最後のページでは、「原発はいらない」と歯切れよく言えない理由を分析することを通して「原発はいらない」とハッキリ言える力をつけましょう。

「原発はいらない」とスパッと言えない理由 その1:
原発がないと電力は足りなくなるのではないか?

「ある程度容認」の中に、このような意見もありました。

  • 産業立国日本には電気は必要。大学等研究機関を巻き込み、代換エネルギーを確立してから無くすべきだ。

原発をなくすと、電力は足りなくなるのでしょうか? こう書いている人もいます。

  • 電力事業者と官僚機構が世界一高い電力を維持するため電力が不足するなどと言っていますが正しい報道さえあれば原発が不必要なことは明白です。

「原発が全発電量の23%をまかなっている」と聞くと、「だったら、なくなれば困るだろう」と思えてしまいます。しかし、総発電量は実は総需要量ではありません。電気はじつは余っています。総発電量は「電力が足りなくなるおそれがある真夏のピーク時(冷房をガンガンつけながら、高校野球中継をテレビで見ている時)」に照準を合わせており、特に原子力発電はその出力を調整できないので、それ以外の時、ピーク時以外の季節や夜間に「余る電気」があるのです。余る電気をもっと使ってもらおうと、深夜電力を使うと安くなる料金体系やオール電化住宅が推進される、そんな仕組みになっているのです。

小出裕章氏講演会の資料を元に作成

「原発が停まると、電気は足りなくなる」とよく言いますが、今現在(2012年2月20日)でも、稼働している原発は54基中たった2基なのです。ほかは、検査などで休止中。それでも、乗り切れています。1月27日、枝野経済産業相は「定期検査入りした原発を再稼働せず、すべて停止した状態でも、この夏は乗り切れる」と発言しました。昨年の夏は自動車業界が工場稼働の休日シフトなどを強いられましたが、今年はそれは実施せずに済ませたいというのです。

2012年2月20日現在、日本で稼働している原子力発電所は全54基のうち、
泊原発3号機(4月末停止)と柏崎刈羽原発6号機(3月26日停止)の2基のみ
資源エネルギー庁エネルギー白書2011年版より作成

「2012年夏に電力が足りるか?」脱原発を掲げていた菅直人政権の頃に、政府のエネルギー・環境会議は「9%足りない」と試算しました。けれども同時期に、国家戦略室の総理補佐チームは「楽観的に見れば6%、厳しく見ても2%は余る」と試算していました。

なぜ、こんなに差が出るのでしょうか? それは、前者の試算では「猛暑だった2010年夏の需要を想定」「火力発電所の点検を真夏のピーク時に行う」「再生エネルギーはカウントしない」としているからです。エネルギー・環境会議の試算は「電力は足りない」というシナリオを作り上げているかのようにすら読めます。ところが、政府が公開したのは「9%足りない」試算だけで、電力会社はこの夏に電気料金の10%値上げを予定しています。ほかの試算があったことすら、最近になってようやく分かってきたことです。「電力が足りない」自体が、操作され、信じ込まされていることなのかもしれません。

「発表されなかったもうひとつの試算」についての新聞記事(元の新聞記事のリンクが消えても読めるよう、Web魚拓をとってあります)
テレビ朝日「そもそも総研」2012年2月2日放送分
この夏、原発全停止でも電気は足りる?
上の番組を文字におこしたものがこちら
原発は危険だと思っていたが何も行動してこなかった。
イラスト:ssoosay

「報道が信じられない」から
自分で情報を探し、判断するようになっていく

政府がしてきた「後出し」報道は、「原発がないと、電気は足りない」だけではなく、事故直後からずっとそうです。「社会的混乱を招くから」と事故当初は事故の重大さ、深刻さを報せず、ずいぶん後になってから「じつはあの時はこうだった」と発表します。自ら発表するのではなく、追求されたり、暴露されたりして発表せざるを得なくなった場面も多く「隠匿」と称されることもしばしばです。

「パニックを起こさない」ための情報統制は、効果をあげているようです。デモなどに参加する人が増えたとはいえ、昨年の「アラブの春」のように、それが政治に影響を与えるほどのことになっていません。世界からは「あれだけの大津波に遭ってもなお、日本人は秩序や和を大事にしている」と賞賛されつつも「福島の人はあれだけの被害を蒙っているのに、なぜ政府や東電に対して怒らないのか」と不思議がられています。

小出しに出てくる情報には、次第に馴れていくものなのでしょうか。当初は聞き慣れなかった「○ミリシーベルト」「○ベクレル」「内部被曝」といった言葉も、誰もが知るところとなると、初めて知った頃には「怖ろしいことだ・・」と思っていたのが、「また放射能のニュースか」とあたりまえになってきます。慣れてくると、そんなことは決してないのに、日常には大して影響がないかのよう思ってしまう、そんな人が増えています。放射能よりも怖いのは、思考停止状態。そしてそこから派生する無関心や差別ではないでしょうか。

  • 終戦間際の新聞を読んでみると、どこどこで空襲があったという記事が毎日出ていました。非日常の日常化なのだと思いました。まさに、今はその状況です。人間は慣れてしまうことで、苦痛から開放されるのでしょうか。思考停止状態に自ら落とし込んでいるのかもしれません。

一方で、 原発事故後の「原発がないと日本は困る」というマスコミを通じた政府や電力会社の宣伝に疑問を持ち「本当にそうなのか?」と自分からインターネットなどで情報にあたり、考え始めた人も、全体からすればまだわずかかもしれませんが、確実に増え続けています。

ひとつの小さな疑問がきっかけとなって、自分で情報にあたってみると、ひとつの事柄が多角的に見え始めてきます。新聞ひとつとっても各紙の論調はさまざまですし、インターネットに流れる情報も数限りなくあります。小さなほころびを見つけるところから始まって、主体的に情報を集め、考えることは、身の安全、教育、暮らしのインフラなど、さまざまな大切なものを「国」や「大きなもの」に預けて安心していた状態から、目を覚ますきっかけとなっています。

これまで情報の表舞台には出て来ることのなかった、小出裕章さん、広瀬隆さん、田中優さん、武田邦彦さん、原発で働いてきた方など、原発の危険性を地道に訴えて来た方がたなどが発する情報が、ブログ、ネット上の動画、ネットラジオ、TwitterやFacebookといったソーシャルネットワークなどを介して、時には受信者が発信者ともなりながら、自然に拡散していきました。インターネットで流れる無数の情報は多様で、しかも玉石混淆です。「何が信頼に足る情報なのか」は、ひとりひとりの勘や、人と人とのつながりなどから、最終的には自分自身で判断する以外ありません。ぜひ自分で、当たってみて下さい。

また、自分で考える始めた人たちが、もう一歩進んで「自分たちのことは自分たちで決める」ために動き始めてもいます。そのアクションのひとつとして、これまでは国と電力会社と立地先自治体の判断のみで立地や稼働について決めてきた原発について、電力消費者がその是非について投票できる機会を求める運動が、大阪市、東京都で起きています。

具体的には、「原発」市民投票条例制定請求のための署名を、有権者の50分の1にあたる法定署名数以上集めれば、条例制定について議会で審議が行われることになります。まずは、大阪市では1月16日に提出された署名が有効となりました。東京都では、市長村長選挙があって署名期間が後になるいくつかの自治体以外での署名集めが終わり、有効署名数となる22万筆を上回わり、30万筆に達しました。

木の家ネット会員の林美樹さんが、署名を集める「受任者」のひとりとして活動してきた体験について、紹介してくださいました。

「原発を止めよう」といった主旨の署名は何回もしてきましたが、署名で何が変わるのか、これまでは今ひとつ確信がもてなかったのですが、今回の署名運動は、私たちの生活や安全に関わることが政府や行政、大企業の思惑だけで決断されてきたことに対して「こんな大事なことは、私たちに謀り、投票で決めさせてください」という都民投票の条例制定を要請するものだったので、受任者となって署名集めをしました。

私が生まれ育ったのは杉並区ですが、知り合いのあまりいない中野区に住んでいます。同じ区内の有権者からしか署名は集められないので、普段は挨拶程度の付き合いしかない同じマンションの居住者に、思い切って声かけをしてみました。ポストにパンフレットと署名をするかしないかの回答をお願いするお手紙を投函し、お返事のあった世帯から延べ24筆の署名をいただきました。

「なにかしたいと思っていたところだった」「子どもの食事をとても気にしている」「原発は技術とは呼べない、早く止めないと」など、生の声も聞くことができました。近所の人たちとの意見交換できたことも意味のあることですし、何よりも今一歩、自らが前に踏み出せたと感じています。

  林 美樹

イタリアでもスイスでも、国民投票で原発はいらないということを決めています。「国民主権」。日本国憲法が1946年に制定されて以来、「平和主義」「基本的人権」と並ぶ三本柱とされてはいますが、間接民主制という中で、国民主権が実現されない場面も多く、また日本人の国民感情として「お上が決めたことが下りてくる」という流れが染み付いていることもあり「国民主権」が実現されていると感じる場面が少ないのが現状です。

今回の原発事故後にそう感じた人は多くいたはずです。今回の市民投票条例制定請求は、国民主権を実現する直接請求行動のひとつです。「みんなのことは、みんなで決める」ということに共感して署名をした人の思いが、この国のよりよい未来をつくることにつながりますように。

「原発はいらない」とスパッと言えない理由 その2:
原発マネーに依存していた地域が崩壊するのでは?

「ある程度容認」の中に次のような意見がありました。

  • 原発銀座なんて言われている場所に住んでおります、無いほうがいいのかもしれませんが、生計を立てている人のことを考えると簡単に反対とは言えません

原発立地の問題を考える時、どうしても「原発を受け容れたことによって、いかにその地域が潤って来たか」に注目しがちですが、逆を考えてみることもできます。原発を受け容れなかった地域は、どうしているのでしょうか?

山口県上関原発は、20年も前から計画がありながらも、予定地と海をはさんで3キロの「祝島」の漁師たちの反対運動により、いまだに着工できていません。彼らは多額の漁業補償金を拒否し続け、毎日のように舟を出しての実力阻止行動をしています。祝島の人たちは「地元の魚、海藻、農産物と自然エネルギー」による自立を目指し、実現しています。高齢化が進んではいますが、自立した生き方を求め、島に残る、あるいは島に来る若者たちが定住し始めてもいます。


纐纈あや監督 「祝の島」のポスター

鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」纐纈あや監督の「祝の島」という2本のドキュメンタリーがちょうど3.11の少し前から全国各地で自主上映という形で公開されはじめ、原発事故が起きた後は毎週末のように日本のどこかで上映され続けています。原発に反対する映画でありながら、それ以上に「原発マネーによる豊かさとは違う豊かさ」に気づかされ、心打たれる映画だから、これだけ人気があるのでしょう。

では、福島第一原発を受け容れた福島県双葉町は、どうなったでしょうか? ここに事故後の写真があります。「原子力 正しい理解で豊かなくらし」というスローガンを書いたアーチがある町中には、人っこひとりおらず、野犬と化した元飼い犬たちがウロウロしています。「豊かなくらし」とはいったい何だったのでしょうか。

写真:志葉玲

双葉町は、その町の行政機能ごと、埼玉県に避難したままでいます。井土川町長は「町として原発を推進してきたのは事実。それは東京電力が原発は安全だ、安全だと言うのを、信じた上での推進だった。爆発した後さえも、東電も政府も安全だ、安全だと言う一方で、被曝の危険についての情報は随分後になってからしか公表されなかった。危険の話は後出し。我々を一体何だと思っているのか。裏切られた思い。」と訴えています。一時的に原発マネーで潤ったとしても、それが「豊かなくらし」につながったとは、とてもいえない現実がそこにはあります。

  • 弱い立場の過疎地に補助金と引換えに危険な原発の作業を押付け、原発が必要ということを刷り込むために年間2000億円の宣伝費を使い、電気料金として我々に請求し続けて来た。
  • 原発そのものより、社会の消費体制や経済至上主義から脱しないと、同じことの繰り返しに感じます。今すぐ止めた場合の混乱は想像に難くないですが、それでもそれが、この日本は食や豊かな自然を本当は皆が享受し生きていける国と気づく瞬間にもなるのでは?と考えています。

放射能よりも怖いのは、思考停止状態。そしてそこから派生する無関心や差別ではないでしょうか。

廃炉の仕事はおよそ30年続く

それに実は、既存の原発を廃炉にしたからといって、地域の雇用が無くなることはありません。火力発電所などとは違い、原子力発電所は廃炉作業が完了するまでに何十年とかかるからです。日本で最初の商用原子力発電所である東海発電所の場合は、1998年3月に運転を終了し、廃止・解体作業を始めたのですが、原子炉領域の解体撤去が始まるのは、運転終了からなんと16年経った2014年からで、全体で23年間かかる予定です。東海発電所は出力が16.6万kwの小さな原子炉なので、最近の100万kW規模の原子力発電所の場合、廃炉作業は30年か、もっと長期間に渡るでしょう。なので、地域経済のことは心配しなくてよいのです。

次々号予告
「原発が必要ない暮らし」

これまで、アンケートの回答を通して木の家ネットのつくり手の「原発はいらない」思いをご紹介してきました。しかし、本当に大切なのは「原発がなくてもちゃんと成り立つ未来」を構想することです。水力、バイオマス、太陽光、風力、波力、地熱など化石資源以外の自然エネルギーの可能性を探ることはもちろんですが、そうした「次のエネルギー」に飛びつく以前に、「今使っているエネルギー」をもっと減らせないかな、ということを先に考えた方がよいのではないでしょうか。そうした鋭い意見もいくつか見受けられました。

  • 脱原発が次なる大きなビジネスチャンスとしかとらえられないようでは、世の中は変わってはいかない。エネルギー消費をなるべく低く抑え、食料もエネルギーも自給できる範囲で、身の丈に合った生活をすることが大事。
  • 大量廃棄文明から脱して、本来のエコロジカルな暮らしで「先祖から与えられた財産」を大事にしていくべきです。

「省エネ」ということがさかんに言われます。「最新省エネエアコン」を買いに走るよりも、「エアコンを使わずにも過ごせる」方法を考えた方が、よっぽど「省エネ」であり「エコ」ではないでしょうか?未来にツケをまわさない、身の丈に合った生活。地域内の資源循環。このあたりに「これから」をテーマが潜んでいそうです。そのような未来は、大それたことではなく、身近な材料を使った家づくり、気候風土に合った暮らしを営む知恵、日々の生活の中でのちょっとした工夫などの積み重ねで、楽しく実現できるのではないでしょうか。それは、職人がつくる木の家ネットのつくり手ひとりひとりや、つくり手とともにつくった家で暮らす住まい手の方が、日々の家づくりや暮らしの中で実践してきたことにほかなりません。

小出裕章講演会資料より:人類の総エネルギー使用量の変遷

これは、人類の総エネルギー使用量のグラフです。産業革命以降、使用量がぐっと伸びています。人類の歴史、地球の歴史の中で、ここ200年でのエネルギー消費の伸びは、異常に突出しています。

産業革命以前の日本はどうだったでしょうか? 電気はありませんでしたが、日本には江戸や大坂といった都市がちゃんと機能し、文化が栄えていました。木の家づくりは、エネルギー消費が突出する以前からの知恵と工夫の集大成でもあります。次々号では、つくり手にそのようなアイデアをたくさん出してもらって、コンテンツを作りたいを考えています。

原発は「大きなインフラに身を委ねること」「今さえよければ、困ったことは先送りすること」「誰かの犠牲を前提にした繁栄を享受すること」を体現する存在でもありました。そのことに気づき、地域で食べ物を、エネルギーを、家づくりをする、そのような暮らしと経済を営んでいく。それが「これからの道」ではないでしょうか。

山とのつながり、人と人との顔の見えるつながり、地域とのつながりを大事に考えてきた木の家ネットの姿勢は、震災と原発事故が起きた今だからこそ、生きる。そう信じています。

多くの図表や写真を 小出裕章講演会 「福島と山梨はつながっている」の際のプレゼン資料から引用しました。ありがとうございました。
講演の様子をご覧いただけます。ぜひご覧になってみてください。

1 2 3 4
名古屋=仙台を結ぶ太平洋フェリーきそ号から臨む福島第一原発。一般人が何万年も立ち入ってはいけない場所が肉眼で見える。
フェリーは沖合30kmを航行。遮るものは何もなく、デッキには大勢の人が出ていた。写真:持留