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サツキとメイと私の家 : 愛・地球博レポート


小便器。これは「サツキとメイの家」のために、職人さんがつくりました。写真左には手をあらうための手水(ちょうず)がみえますが、水は上からぶら下がっている容器の中に貯めて、使っていたんですね。

あなたが「いいなあ・・」と思う「サツキとメイの家」的な暮らしは、決して別世界のことではなく、今、この現代でも実現できることです。「昔ながらの日本の家のよさを見直そうよ」ということを木の家ネットはずっと発信し続けてきました。そして「そういうよさを生かした、しかも現代のライフスタイルに合った家づくりができるんだよ」とも。

「古い道理」と「新しい道理」

奥の個室にある大便器。下には大きな瓶が埋められていて、汲み取り用の横穴もあけてあり、本当に使えます。けど会場では、隣の管理棟で用を足すようになっているので、実際に使ってはいけません。この便座は、解体の現場からもらってきたものだそうで、だから汚れは「本物」です。

昔ながらの日本の家の特徴であり、つい最近まではあたりまえのことであった「木造軸組・真壁の家」「外や人とゆるやかにつながる家」「自然の恵みによって成り立つシンプルな暮らし」「職人の手仕事が息づく家」。このようなエッセンスを「古い道理」と呼ぶことにします。「古い道理」が今の生活や経済の構造と合わないと感じる人が多くなり、「新しい道理」の家が建てられるようになってきたのは、高度経済成長期以降です。昔ながらの家には「すきま風が多い」「空調がないから冬寒い」「今の生活にはなじまないよね」というイメージがあります。もっと早く安く、大量につくれるシステムをつくることで「手仕事ばかり多くて効率的でない」家づくりを乗り越えようとする経済の効率化の要請もありました。「古い道理」は古いもの、乗り越えられるものとして、忘れられようとしていったのです。

日本家屋部分の雨樋と四角い呼樋(集めた雨水を下に流す部分)。銅板を手で折り曲げて溶接したとは思えない美しい仕上がりです。樋の上にトンボがとまっているのがわかりますか? これは板金職人の大野さんの遊び心で、銅板でつくったもの。拡大して探してみてください。(クリックすると拡大します)

その結果、家と外とのつながりは断たれ、空調機器が働く気密性の高い家、優れた職人の技を必要としない、組み立て住宅が主流となりました。でも一方で「サツキとメイの家」を見れば、なにか今の暮らしが失っている豊かさ、よさがそこにあるように感じる人も多いのです。

同じ呼樋でも、洋館部分では6角形の複雑な形をしています。屋根のてっぺんの装飾もきれいな仕上がりです。職人の心意気が爆発しているようです。

映画「となりのトトロ」が公開された時のキャッチコピーは「忘れものを、届けにきました。」というものでした。それが人の心に響くのは、「新しい道理」を突き進んできたのだけれど、その中でなにか忘れ物をしてきたみたい・・・という気持ちがどこかにあるからではないでしょうか? 忘れものを受け取ったのはサツキやメイではありません。「あなた」でした。

「それでいいの?」からはじまった古い道理の見直し

鬼瓦には「と」の文字が。これは「トトロ」の「と」です。カタカナにしなかったのは、漢字の「卜(ぼく)」と勘違いしてしまうからでしょうか。

「新しい道理」でのものづくりが進んで来たこの半世紀の間に、環境問題も深刻になってきています。新建材で建てた家は木の家のようには土に還りません。古くなって壊す時には巨大な粗大ゴミができてしまいます。また、気密の効いた家のコントロールされた空気の中で育つ子どもたちは抵抗力が弱いということを言う人もいます。「それでほんとにいいの?」と問い直す時代に入ってきました。「古い道理」の中には、長い時間をかけてつくられてきた、自然との付き合い方、人とのつながり方といったものまで含まれています。「古い」といって片付けてしまうことのできない、日本の気候風土の中で環境と調和して生きる知恵がそこにはたくさんあるのです。

屋根瓦も「サツキとメイの家」のために一枚一枚焼かれたもの。色や形のわずかな違いは、わざと出しているのだそうです。

「古い道理」があたりまえのことであった昔には、自然とのつながりや職人の手仕事、環境との共生などということは、わざわざ意識してはいなかったでしょう。それでよかったのです。今は、そういったことを意識してはじめて暮らしに取りこめる時代になってしまいました。環境や自然や人とのつながりを、いちど失いそうになっているからこそ、取り戻そう、つながろうとしている人たちもいるのです。

木の家ネットでは「これからの道理」を探し続けています。

映画の中で、お父さんがサツキとメイを乗せて3人乗りした自転車。お尻がちょっと痛くなりそう。急な上り坂では、自転車を押して登ってましたね。

木の家ネットのつくり手は「古い道理に学ぶ、これからの道理」をめざしています。「これからの道理」とは、大きく言うと「持続可能な未来」とか「環境と共生する循環型社会」ということにつながります。ですから「木組み&真壁づくり」という構造が満たされてさえいれば、それでいい、というわけではありません。道理とは技術のみにとどまらない、外とつながる自然観、家族や人のつながり方、顔の見える職人たちがつくること、などまでを含んだ総合的なものだからです。そのエッセンスを拾いながら、「新しい道理」が満たしてきた現代の生活のニーズにも答え、環境にも負荷をかけない家づくりを、木の家ネットのつくり手である大工や設計士、山林関係者たちは考えています。

テラスに置かれた水彩セット。続きをするために、すぐにでもサツキが戻ってきそうです。そんなサツキも、映画の設定では、今年(平成15年)で55歳、メイでも49歳になる計算です。あなたのお父さん、お母さんは今、何歳ですか? もしかして、サツキとそんなに違わないのではありませんか?

ボタンひとつでお風呂を沸かせたっていい。でも、自然な採光や風通しを生かせば、そんなに空調に頼ることもなく暮らせるでしょう。縁側をつくれなくても、季節の移ろいを感じることのできる部分をなにか工夫してみてもいい。家族や外の人とつながりやすい空間づくりをするのもいい。いろいろなことができます。答はひとつではありません。どんなところに住むのか、どんな家族なのかによって、答えは無数にあるでしょう。マンションに住んでいるなら、木のぬくもりを感じられる内装にするのでも、家具のひとつをちゃんとつくられたものに変えて、手仕事の要素を暮らしに取り入れるのでもよいでしょう。どんなところに住もうと、自然を感じられる空間、潤いややすらぎはつくりだせるものです。

夢をほんとのことにする

「これからの道理」を探りたいという意識で家づくりにのぞむ人とつくり手とが出会えば、「サツキとメイの家って、いいなぁ」が「私の家だっていいよ!」になります。木の家ネットに加盟しているつくり手ならば、相談にのってくれるはずです。加盟していない人でも、志と技術をもっている人は、本当にたくさんたくさんいることでしょう。テレビでコマーシャルを流したりはしないので目立たちませんが、こちらから見ようと目を凝らしさえすれば、きっとあなたのまわりにも、まだいるはずです。

最初にトトロに出会ったメイが、「夢じゃないもん! ほんとに見たんだもん!」と必死になってサツキやお父さんに主張したように、現実的でないことのように思えても、自分を信じ、強く願えば、かないます。「サツキとメイの家」を、映画のロケセットを「観光気分で眺める」ような接し方ではなく、かつて存在した、このような家と暮らしを「自分に関係ある」ものとして考えるきっかけとして接してみてはどうでしょう。

「このへんないきものは、 まだ日本にいるのです。たぶん。」

これは、映画公開時のもう一つの宣伝コピーです。強く願うことで、この「たぶん」は「きっと」になり、いつしか「必ず」へと変わっていきます。メイが叫んだことを思いだして、あなたにとっての「サツキとメイの家」を思い描いてください。


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