topページへ つくり手インタビュー
   
古民家工房 高橋義儀智さんに聞く
photo 古民家が教えてくれる「長く住み続けられる家」
 


柏にある工房。仕事にすぐ使う材のほかに、古い家を解体してきた材もストックしている。
すぐ上の世代はいない。だから、残ってきた建物に教わる。
今、34歳。おれらの世代で伝統構法をやっている大工にとっては、すぐ上の世代に、昔の技術を教えてもらえる先輩が残念ながら少ないんだ。今まで出会ってきた中で、特にこの人はすごいな、という先輩は、いつも60代より上だった。時代の流れがそうだったからかな。世の中で一般的な仕事している、今はたらきざかりの世代の大工たちは「とにかく、どんどんつくれ」っていう、高度経済成長時代を支えるためにはたらいてきたから、その前の時代の、今伝統構法といわれるやり方をしてくる機会がなかったんだな。

だから、昔のやり方知ってる年配の人の仕事や、実際に建ってる昔のいい建物を見て、自分で考えることが多いかな。「なんで、こんなことしてるんだろう」「こういうことかな」ってね。それが合ってるかどうか分からないけれど、検証しながらやってく。それはそれで、発見があっておもしろいよ。ときどき、先人のしたまちがいとか、いたずらを見つけちゃったりもしてね。古いもの見ると、教わらないものがいっぱいでてきて、ほんとに、どこまでいっても勉強だな、とつくづく思うよ。

解体屋と仲良くしてて、こわす民家があると、連絡もらうようにしてるよ。時間がゆるす限り、自分で立ち会うようにして、こう組んだのかな、というのと逆の手順で解体していくと、昔の人がどんな工夫をしてたかが、分かるからね。先人たちが築いてきてくれた「おばあちゃんの知恵」みたいなものが、木造の世界にもたくさんあったはずなんだ。それが今、風前の灯火になっているのは残念。だから、たくさん民家に触れて、勉強させてもらって、先の世代につないでいきたいね。
  伝統構法を「あたりまえのこと」に戻したい。  

なにがいったいふつうの家なんだろう、って考える。今の家って、莫大な借金を背負って建てたかと思うと、30年ローンが終わったのと同時に建て替えなきゃいけない。古くなって味が出るなんてことはなくて、ただただぼろくなちゃって、住む気にならない家。自分が死ぬ前に壊さざるを得ない家。どんなに今それが普通だってったって、それって、おかしいんじゃないかな? 

なんで、家がもたないのか。今の新建材の家は、見た目きれいだし、新しいうちはいいかもしれないけど、その後の使い回しや転用がきかないんだよね。だから、ダメになれば即、ゴミ。再利用できない。それで経済がまわるっていうことなんだろうけど、環境的には罪をつくりだよね。

木を組んでつくる昔の民家だったら、直しながらずっと住んでいける。解体して、また別の家を建てることだってできる。昔のふつうの人が住んできた民家が実際そうなんだから。古民家工房でつくりたい家って、そういうあたりまえの家なんだ。

ところが、今の世の中は、あたりまえにまともなことやろうとすると、障害がありすぎる。ちゃんとしたものを手に入れようとすると、途中でつながってない、しりきれとんぼ。技術を伝承していくわっかも途切れていて、先を聞こうにも、それを知っている人に出会うのもなかなかむずかしい。

だからといって、自分の選んだ道は決まっている。だから、教わることができるものからはめいっぱい吸収しながら、自分で考えたり、勘をはたらかせたりしてやってくしかないね。自分がやっていることがすべて合っているとは限らない。まちがっているところもあるだろう。最終的には、後の世代に建てた家がどう残っていくかどうかで、証されるんだろうな。
 
   
  ものを大事に、長く使う「もったいない文化」を復活させよう  
クルマが好きでね。ランドローバーのディフェンダーに乗ってる。そのクルマのどこがいいって、50年も前から型が変わってないんだよ。どっか壊れても、パーツを取り替えて乗り続けることができる。日本にも、50年前につくられたこれと同じ型のクルマに乗っている人が3人いるっていうよ。そういうのっていいよな。

今じゃ、クルマは1、2年たてば、まだ乗れるのに買い換えるのがあたりまえ。電化製品だってそうでしょ? 修理しようとすると「新しく買った方が安い」って。長く使い続けていった方がいい「生活の道具」が、経済をまわすための「商品」になっちゃってる。基本仕様にいろいろよさそうなオプションをくっつけていって「はい何万円」って心をくすぐってね。

でもそういうオプションって、ほんとにそれがなきゃダメなのかっていうと、そうでもないんだ。「あった方が便利かな」でくっつけていて、結果的に、膨れあがってることが多い。長くもたない家なのに、高くなる上に、将来には莫大なゴミになるものを増やしている。なんか、どこかおかしなことになってると思うよ。

メンテナンスしながら、住み続けることのできる家、乗り続けることのできるクルマ。ちょっと前までは、それがすごいことでもなくて、あたりまえのことだった。ばあちゃんの時代まではあった「もったいない文化」。ここいらで復活してもいいんじゃないの?
 
   
  長くもつ木組みの家をつくる秘訣は「木のクセに逆らわないこと」  


古い材と新しい材をうまく共存させる。(「あきる野の家」/設計・松井郁夫建築設計事務所)
「もったいない」という感覚で、メンテナンスをしてやれば長く使える、輪廻転生できる家をつくるには、新建材を使わない、木の家がいい。それも、木を使ってる、っていうだけでなく、がっちり組んでありながら、またほぐすこともできる木組みの家がいい。ものごとの道理を、順を追って考えていけば、そうなる。

そして、木組みの家づくりでは「木のクセに逆らうな」っていうのが鉄則。寺社建築で見習いしてた時にいろいろ教わったし、現場でも「木の自然に逆らうとこうなるんだな」って、見て覚えたこともたくさんある。だからプレカットはよくないんじゃないかな、と思ってる。機械は木のクセまでは見られないからね。ちゃんとした家が建つ材料はなかなか刻めないよ。

古民家で、木のクセをそのまんまに使ってる梁ってよくあるじゃない? 製材されてしまうと分からないその木の個性が、そのままに使われてるっていうのは、おもしろいね。材も、買ってくるんじゃなくて、山に入って立っているその木を見て、どう使うか決める、っていうのが本来だと思うよ。
 
   
  いい製材所と組んでやっていくことも大事  
  だから、いい製材屋とやっていきたい。大工が材料を見て、手で刻むにしても、その前の材になるまでの段階で、きちんと木を見て挽いてるかどうかで、決まるからね。たとえば、材には、あとから乾燥して変な風に割れないようにあらかじめ「背割り」を入れる。それを、木そのものの表・裏でなく、木目がきれいな方、節のない方を表に出すために「腹割り」にしてるところもある。それでは、家の材としては使えないんだ。  
 
そのあたりを、きちんとした仕事をしてくれる材木屋さんとの出会いに恵まれた。天竜の石川木材さん。山主さんがやってる製材所で、木への思いもあるし、木のことちゃんと分かってる。いい材を挽いてくれるんで、ずっとつき合っていけると思ってる。あそこで挽いた材、昔の大工に見せてみたいな。「あたりまえだな」って言われるかな。



「高橋棟梁の木組みは、髪の毛 一本入らないぐらい、ぴったり合ってるよ」と松井さん。
       
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