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設計士・長谷川敬さん(長谷川敬アトリエ):人が生き生きと暮らせる家


設計 長谷川敬アトリエ 長谷川敬さん

1961年 京都大学工学部建築学科卒業。 1964年 同大学院工学専修課程終了後、渡米。パオロ・ソレリに師事。米国アリゾナ州でアコロジーの建設に参加。 1968年 都市建築設計研究所入所。 1974年 一級建築士事務所長谷川敬アトリエを開設。住宅の設計を続けて現在に至る

今回のつくり手インタビューは、ご本人のご希望により、山梨県高根町に引っ越したばかりの持留デザイン事務所のヨハナとの対談形式でお届けします。

疎開先で体験した田舎の暮らし

長谷川:あなたが方の家族は、山梨に引っ越したんだってね。どんなところなの?

ヨ:古い集落の中です。メインの通りには家が並んでいて、家の間やまわりに田んぼや畑があります。用水路を水が流れる音がずっとしています。ちょっと離れた赤松の丘には神社があって。背後には八ヶ岳がどーんとそびえて、絶えず強い風が吹きおろしています。谷をはさんで向かいには南アルプスが、遠く向こうには富士山が見えて・・・

長谷川:そんな風景、ぼくにもおぼえがあるなあ。7歳からの数年間、疎開で世話になった栃木県の親戚の家での生活を思い出すよ。大きな地主のお屋敷の、門番小屋に、母親と住んでいたんだ。家の前は田んぼや畑。向こうに、雑木林、その向こうが川。蛇かごぐらいでたいした堤防もない、自然な川でね。遠くには、男体山や白根山も臨めた。

ヨ:里地里山のモデルのようなところですね。

長谷川:田舎は自然が豊かだって言うけれど、そこは大人たちにとっては生産の場、生活の場なんだよね。と、同時に、その同じ場所が、ぼくら子どもにとっては遊びの場だった。それが、都会にあるような「遊び場としてつくられた公園」よりずっとおもしろいんだよね。さんざん遊んだなあ。夏は川遊び。泳いだり、鮒やハヤをつかまえたり。秋になると川から意識が山に向かう。山に入って鳥を捕ったり、炭焼きしているのを見たり。冬の雑木林は明るくて、落ち葉がつもってて、また楽しいんだ。そしてまた春先から川がぬるんで、田んぼに水が入れば、ドジョウやこぶなを捕ったり、川でかじかの卵を突いたり・・・。そんな田舎だから、戦時中とはいっても、たまにB29が上を通るぐらいで、空襲もない。学校も新しい教育に変わったばかりで、先生の自由に任されていたようで、のびのび暮らしていたね。

よけいなことはしないで済む 「ホテル」のような家?

長谷川さんが八ヶ岳の麓に設計した、まさに「働く家」に住むSさん。取材に行った日には、自家製の青大豆を挽く作業をしていた。

ヨ:その頃に体験した生活が、今の家づくりに影響していますか。

長谷川:しているね。疎開先で体験した暮らしでは、自分たちで食べる野菜や米をつくり、つるべ井戸から水を汲み、拾い集めた薪で、かまどの火を焚いていた。家は、食物や日用品、エネルギーなど、多くを自分たちの手でつくりだす、生産の場でもあった。さらに、葬式も結婚式もするし、子どもも生む、そこで息を引き取る。儀礼、教育までも含めた多様な生活の場だったんだ。そういった生活を体験していたからこそ、現代社会になってはじめて、生活の多様な側面が施設や病院、学校などの外のサービスとなって家から出て行ってしまったんだな、ということが、後からふりかえってみて分かったんだ。家の役割がどんどんはぎとられていって、最後に残ったのが、休息。だから、今の家は、ただ寝に帰る「ホテル」のようなところになってしまったんだね。

ヨ:なるほど、「ホテル」ね〜。家の性能が、便利さや快適さではかられるところも、ホテルと似ていますね。

長谷川:でしょ? 家の「近代化」がめざしたひとつの方向として「よけいなことをしないで済む」というのがあってね。そのおかげで今は、水は水道をひねればでてくる、台所の火はガス栓をひねればつく。たしかに便利なのだけれど、外から供給されるものに依存している。特に、ゴミに注目すれば、昔だったら、生活の中から出る野菜くずや排泄物は堆肥となって土に還っていたのが、今では、公共の下水道やゴミ収集システムの世話にならなければ、自ら処理することすらできない状態。

ヨ:家でよけいなことをしないで済むようになった分、ライフラインに関わることが外化しているのですね。

「働く家」から「消費する家」に なってしまった現代の家

「消費する家」から「働く家」へ 建築資料研究社 2,427

長谷川:元は家でやっていたことが、外化された「サービス」になってくると、こんどは、お金がないと生活できない。ほんとうの非常事態になった時には、自分たちの生活をどうしたらいいのかすら、分からない。そういうことが、現代の人間の生きる力を弱くしている。そもそも「よけいなことをしないで済むようになったこと」が、ほんとうにわれわれを幸せにしたのだろうか?というのが、ぼくがずっと考えていることでね。 

ヨ:望んできた快適で便利な生活が実現してみて・・・。

長谷川:そのことで幸せになったかというと、そうでもないような気がしているのね。たとえば、昔の農家の生活って、日の出とともに畑へ出て、日が暮れて帰ってきて、夜なべもして、とても忙しい。つらく、大変な暮らしだという面ばかりが強調される。でも、実際にそこに暮らしてみると、どこかしらゆったりした時間が流れていて、生き生きとした充足感があるのね。逆に、現代の都会の生活って、ずいぶんと快適で便利になっているはずなのにやたらに忙しく、生きる充足感や、自信、家族でいる幸せがないように見える。

ヨ:長谷川さんが書かれた「消費する家から働く家へ」のメインテーマですね。家というものが、昔は人が「働いて、ものを生産する場」だったのに、最近の家では人が「消費する場」でしかなくなってしまった、そのことが、家族の生活の充実感の欠落とつながっている、というお話で、どこか、我が家の移住の後押しをもしてくれた本です。

Sさん宅の額「月を釣り、雲を耕す」八ヶ岳の麓での自給自足的生活にぴったり!

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