

「消費する家」から「働く家」へ
建築資料研究社 \2,427

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長谷川:元は家でやっていたことが、外化された「サービス」になってくると、こんどは、お金がないと生活できない。ほんとうの非常事態になった時には、自分たちの生活をどうしたらいいのかすら、分からない。そういうことが、現代の人間の生きる力を弱くしている。そもそも「よけいなことをしないで済むようになったこと」が、ほんとうにわれわれを幸せにしたのだろうか?というのが、ぼくがずっと考えていることでね。
ヨ:望んできた快適で便利な生活が実現してみて・・・。
長谷川:そのことで幸せになったかというと、そうでもないような気がしているのね。たとえば、昔の農家の生活って、日の出とともに畑へ出て、日が暮れて帰ってきて、夜なべもして、とても忙しい。つらく、大変な暮らしだという面ばかりが強調される。でも、実際にそこに暮らしてみると、どこかしらゆったりした時間が流れていて、生き生きとした充足感があるのね。逆に、現代の都会の生活って、ずいぶんと快適で便利になっているはずなのにやたらに忙しく、生きる充足感や、自信、家族でいる幸せがないように見える。
ヨ:長谷川さんが書かれた「消費する家から働く家へ」のメインテーマですね。家というものが、昔は人が「働いて、ものを生産する場」だったのに、最近の家では人が「消費する場」でしかなくなってしまった、そのことが、家族の生活の充実感の欠落とつながっている、というお話で、どこか、我が家の移住の後押しをもしてくれた本です。
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Sさん宅の額「月を釣り、雲を耕す」
八ヶ岳の麓での自給自足的生活にぴったり! |
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