土壁の下地となる竹小舞。
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こんな土壁つくってます?アンケート集計特集


どこにでもある材料で、エネルギーを使って作る必要もなければ、遠くから運搬する必要もない。木との相性もいい。耐用年数も長いし、要らなくなった時には文字通り「土に還る」。仕上げ材としての魅力はモチロン、蓄熱性能や調湿性能、防火性能があり、万が一の地震の際には力を吸収して構造体にダイレクトに力が及ばないようにしてくれる。美しく平坦な壁を作るには熟練の技が必要だが、素人でも“それなりの”壁なら作ることができる。土壁の家が少なくなっていますが、以上のようなバランスのいい土壁は、過去のものではなく、これからの日本の家の解のひとつといえるのではないでしょうか。
  土壁アンケート担当/和田洋子

現場の土壁のつくり方と合っていない「土壁告示」

ひとつの矛盾からのスタート

2010年の3月〜7月、木の家ネットのサイト上で土壁アンケートを行いました。45問という長大な、しかも自由記述の欄も多い、答える方も大変なアンケートでしたが、51名のみなさんからの回答がありました。

全結果をこちらにまとめてあります。
どうぞご覧ください (A4横のPDFファイル、28ページ 303KB)。

アンケートの発案者は、岡山で一級建築士事務所バジャンを主宰する和田洋子さん。「土壁告示(建設省告示1110号)の仕様が、土壁本来の性質に合っていないのではないか?」という疑問からでした。

「土壁告示」とは、木の家ネットのコンテンツでも2003年12月にとりあげていますが、建築基準法の仕様規定の中に、土壁の壁倍率を位置づけた告示です。それまでは0.5倍という低い壁倍率しか与えられなかったのが、この告示の仕様規定を満たせば、壁厚70mmで1.5倍、つまり、それまでの3倍、認められるようになりました。告示の全文を見る

アンケートの言葉を拾えば「それまで日のあたらなかった土壁を評価する」いい告示のようなのですが、その仕様規定の内容が、「いい土壁をつくることとは一致しない」と洋子さんは感じたのです。

仕様規定どおりにつくられた土壁のふるまい

それを実感したのは2008年に前委員会が行った実大実験の時でした。木組み土壁の家に基準法で要求する耐震性能を上回る「ごくまれに来る地震」として阪神大震災のときに観測された神戸波を入力した公開実験には、見学者としてあるいは実験終了後の損傷観察の記録者として、数十名の木の家ネット の仲間も参加していました。

その時の映像をご覧ください。

多くのつくり手が「土壁がなんで、あんな落ち方するんや〜?!」という違和感をもちました。というのは、その土壁の挙動が大方のつくり手がイメージしていたようではなかったからです。

竹小舞の空隙が少ないために、
三枚おろしになって剥落

つくり手がイメージしていたストーリーとは、およそ次のようでした。

土壁は地震力に対してある程度まではしっかりと耐えるが、それを越えると、まず隅の部分の土が落ち、次に表面に細かい亀裂が入り、土が少しずつ、ポロポロ落ちる。少しずつ土を落としていくことで、土壁は軸組が平行四辺形状にひしゃげるのに追随して、大きく変形できる。これはスジカイや構造用合板にはとてもできないワザ。そうやって、最後の最後まで、粘るのが、土壁の真骨頂!

ところが、実験棟の土壁は、中塗りと荒壁が一体のボードのようになって、ごそっと面ごと落ちています。魚の3枚おろしのように、土壁は表と裏に分かれて剥落し、小舞だけが残りました。居合わせた人の感想をご紹介します。

土壁は本来、あのように簡単にパカッと剥がれてしまうような壊れ方はしないので、施工に問題があったのでは。遠巻きに見ても、明らかに竹の隙間が狭いようでしたし、剥がれ落ちた面を見ても、土のオーバーハング(小舞竹の間を抜けて反対側に土がはみ出すことで、土が小舞と一体になる)の形跡が見受けられません。このことで、土壁の粘りと強度に大きな差が出たと思います。
古い民家を解体すると、大きく掻かれた小舞が出現します。大きく“へそ”を出し、それを潰す事で土の面としての強さが発揮できると思うので土壁をつける時には、古い建物ぐらいにまで小舞の空隙率を上げるようにしています。今回は小舞の間隔がせますぎる。

「あれしか空隙がないのでは、荒壁の表裏が一体になることができず、本来の土壁としての能力を発揮できない」と、感じたわけです。

実験後、損傷観察の時間。小舞だけになった土壁を検分する。

左官の指が入らないほどせまい空隙は、
土壁告示どおりの施工だった

実験棟の施工をした業者の方では「今回は土壁告示の仕様どおりにということだったので、そのように施工した」という返事でした。問題の箇所を告示から抜き出します。

当該貫にくぎ(JIS A五五〇八―一九九二に定めるSFN二五又はこれと同等以上の品質を有するものに限る。)で打ち付け、幅2センチメートル以上の割竹を4.5センチメートル以下の間隔とした小舞竹を当該間渡し竹にシュロ縄、パーム縄、わら縄その他これらに類するもので締め付け、

分かりにくいのですが、たとえば割竹の幅が2cm以上で、小舞の間隔(ピッチ)が4.5cm以下であれば、残りの空隙は2.5cm以下となってしまいます。

告示通りのピッチにやり直しをさせられて
小舞を編む指が血だらけに

和田洋子さんはこんなエピソードを小舞を編む職人さんから訊いていました。本当にあった、笑えない話です。

いつもお願いしている左官さんは、私が監理している現場では告示仕様よりは大きなピッチで小舞を掻いて下さるのですが「今、入っている現場でも和田さんの現場と同じように作ったところ、監理をしている建築士さんに“告示通りにお願いします”とやり直しをさせられました。指と竹がこすれて血だらけになりました。建築士さんは自分でやらないからわからんのやろうけど!」と、苦々しくおっしゃっていました。
また、私がいつも土壁をやっているのを知っている左官さんが、中間検査の際に検査官に小舞ピッチを指摘され「やり直しなどしたくない。どうにかならんか」と相談に来られたこともあります。他の建築士が監理しているので、どうにもしてあげられなかったのが歯がゆかったです。

法律に定められた数字があり、その数字を守るために、いい土壁をつくることとは関係のない、無駄な努力をさせられる。そんな現状があるのが、分かります。

告示どおりでないと突っ込まれても、私はその職人さんがつくる土壁が十分な耐力をもっていると私は説明できます。しかし、毎回ぶつかって、戦って突破していかなくてはならないというのは、無駄なことではないでしょうか。それに、告示どおりにつくるのがいい土壁と信じる人がでてくるのも怖い事です。

告示どおりに施工している例は
ひとつもなかった

では、土壁を実践しているつくり手は、どのくらいの空隙の土壁をつくっているのでしょうか? 結果は、次の通りとなりました。

ひとりひとりの回答の竹の寸法と穴のサイズから竹小舞のピッチを割り出すと次のようになります。

告示で定めている仕様は「45ミリ以下」ですが、そこまで狭い回答はひとつも、ありませんでした。ということは、アンケートに集まった回答はすべて、現在の告示では「規定外」ということになってしまいます。

この写真での小舞ピッチは、割竹の幅+空隙45mm=65mm程度。告示の仕様規定からは、はずれている。

小舞のピッチを決めているのは
施工性と荒壁表裏の土の付着のしやすさ

アンケートでは空き寸法を数字として求めるだけでなく、そうする根拠を自由意見として記述してもらいました。次のような言葉が並びました。

【その空き寸法を決める根拠は何ですか?】

●作業性

指の太さ、指2本ぐらいの隙間、縄を掻くのに指が入る間隔でなければならない、編みやすさ、小舞を掻きやすい、施工できる範囲、編む藁縄が通りやすい

●表裏の土の密着

土の密着、小舞への土のめり込み、土も裏表良く付く、土が裏側へ出るのにちょうど良い大きさにする、塗りやすさ、裏と表の泥がひとつになるように、要は土が咬めば良い、土が食いつくのに適当な寸法、両面の荒壁の付着を可能にする空きとする。

そして、この小舞のあき寸法は、左官屋さんや小舞をかく専門職であるえつり屋さんの「手が覚えている」身体感覚となって、しみついているのです。

小舞の空隙に指を突っ込み、藁縄を小舞竹に巻き付け、編んでいく。

洋子さんは岡山理科大学建築学科と共同で、小舞のピッチを変えた、24体の土壁の破壊実験をしました。「告示型」「ふだん通り」「よりあらいもの」を作り比較したのですが、「告示型」については左官さんに「これ以上細かくできん。これでこらえてもらえんか。指が血まみれになるけんな」と言われ、「よりあらいもの」も編んでいるうちに「ふだん通り」に寄ってきてしまったそうです。

告示は、壁量計算の枠組み
変形性能より初期剛性を重視してできた?

では、なぜ、土壁告示では、つくり手から見れば「せますぎる」「空隙の少ない竹小舞」を要求するのでしょうか? 洋子さんは、次のように推論します。

おそらく、土壁をつくった学者さんが、現場へのヒアリングよりは実験値を根拠に、土壁の初期剛性への期待から定めた数字なのではないでしょうか? 壁量計算という考えの枠組においては、そうなってしまうのもしかたないのかもしれません。しかし「まれに来る大地震」において土壁に発揮してほしいのは、初期剛性よりはむしろ、変形性能ではないでしょうか? 私の感覚では「土壁は地震時にヒビが入ることで地震力を吸収し、建物の軸組(いわば骨格)を守ろうとする健気な部材」です。「壊れてしまう」のではなく「壊れてくれる」というのが私の感じです。土壁の剛性だけでなく、変形性能を正しく評価する必要があるのではないでしょうか?

実験での確認と
基準法見直しに向けての提言書の提出

先に紹介した岡山理科大での実験では次のような結果が得られたそうです。

「小舞のピッチが狭い(=空隙が小さい)と初めは耐力が出るのですが、ある程度まで力を加えると一気に三枚に分かれて壊れました。どうも小舞竹を挟んで両側から塗った荒壁がはがれやすいように思えました。ならば小舞の空隙が大きければ良いのかというと、大き過ぎるのも土の表裏の付着がしにくくなるようで、良くありませんでした

「狭過ぎず、広すぎず。数値ではなく『土と一体の壁を構成する上で支障のないもの』という留意点だけを示し、あとはつくり手の身体間隔に委ねてもよいのではないか」そう洋子さんは考え、木の家ネットの仲間たちとも議論を重ねた上で、国交省が主催する、建築基準法の見直しのための委員会にと次のような要望書を出しました。

■ 問題点と要望

告示の土壁の耐力壁仕様の中で、竹小舞は「幅2センチメートル以上の割竹を4.5センチメートル以下の間隔とした小舞竹(柱及びはり、けた、土台その他の横架材との間に著しい隙間がない長さとしたものに限る。以下同じ。)又はこれと同等以上の耐力を有する小舞竹(土と一体の壁を構成する上で支障のないものに限る。)」と規定されている。その数値に厳密に従うと、竹小舞の穴は25㎜角より小さなものになる。これではあまりにも穴が小さ過ぎて、左官が縄を編むのが困難である。 土壁は地域性が濃く、土の種類も竹小舞の間隔も地域によって異なる。数値によらず、木材のように文字だけの基準に変更を望む。 告示には「これと同等以上の耐力を有する小舞竹」という表現があるが、「同等を証明せよ」と申請者に要求する行政が存在する。「厳格なる指導を」という技術的助言が優先され、「厳格なる指導の解除」の技術的助言が出ても、対応は変わっていない。

■ 対処案

[ 即時*技術的助言 ] これと同等以上の耐力を有する小舞竹(土と一体の壁を構成する上で支障のないものに限る)とは、「充分に地域性を考慮すること」を加味する、という旨の技術的助言を出す。

[ 根本的に見直す*告示の改正 ] 早急に実験、調査を行い、構造特性を検証した上で、多様な土壁仕様を認めるよう、告示を改正する。

「せますぎるから、より広い数値にしてほしい」ということではないのです。数値はひとり歩きしがちで、定められた数値からはずれるものは「ダメなもの」とされてしまいがちです。数値を厳密に決めれば決めるほど、地域性や職人ひとりひとりの個性は包含しづらくなっていきます。「職人の地域差、個人差の幅を包含できる基準にしてほしい」というのが、この論点です。数値を示すにしても、その数値が絶対性や拘束力をもたないような表現が必要です。

伝統構法の変形性能を評価する新委員会
土壁ワーキンググループも

4月から新体制での伝統構法の性能検証実験および設計法構築のための委員会が動きだし、今年度中には木組み&土壁の伝統構法の実大実験が行われようとしています。実験検証部会の下には土壁ワーキンググループも置かれ、土壁の要素実験なども実施されるそうです。

新委員会では「伝統構法の耐震性は『耐力の強さより変形性能で勝負』。全体でしなやかに地震力をかわし、粘り強く倒壊しない特徴を解明したい」という方針を打ち出しているので、期待したいところです。

法律、仕様、設計法・・・アウトプットが何であれ、それが「よい土壁をつくる」ということを大前提に、地域性、個人差などを包含するだけの自由度をもつものになるよう、希望します。


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(左)黄土掻き落し仕舞 (右)曲線状に塗られた壁土が、照明に照らされて、美しい陰影をつくり出す。(写真提供/松木憲司)