室生寺本堂の屋根。檜皮葺きならではの自由な曲線が美しい。
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第13期木の家ネット総会 奈良大会


木の家ネットでは毎年、期の変わる10月に総会を開き、全国から会員が集まり、親しく交流します。150名の小さな団体ですが、木の家ネットの総会は、いつも全国から70-80名がわざわざ集ってくるほどにみんなが心待ちにしている、楽しいイベントです。今期も、第13期の総会が、2013年11/2~11/4に奈良で開催されました。室生寺見学、吉野の下多子村有林へのハイキング、薬師寺見学といった野外活動もあり、参加者一同、楽しい時間を過ごすことができました。

開催地の会員が当番幹事をつとめながら毎年リレーしてきた総会は、比較的会員の多い地域から順々に開催されてきましたが、13期ともなると、当番幹事となるメンバーの人数の「少数精鋭」化が進んできます。奈良での開催となった今期総会の当番幹事は、室生の茅葺き民家で設計事務所を営む中村茂史さん、吉野の山の杉の材木商 ウッドベースの中西豊さん、社寺建築や修復工事を請けて近畿一円を飛び回っている宮村樹さんと、たったの3人。人数は少ないながらも、それぞれの守備範囲のまったく違う最強の3人のおかげで、とても充実した総会となりました。スケジュールの流れに沿って、奈良での3日間の総会の様子をレポートします。

左から 毎日必ず昼寝は欠かさないという設計士 中村茂史さん、吉野の木材流通業界の若手ホープ 材木商 中西豊さん、頭の回転の早さと軽やかな身のこなしが魅力の社寺建築の棟梁 宮村樹さん

11月2日(初日)
室生寺見学

室生口大野駅に集合
橋本屋でおいしい精進料理

まずは、電車組が集合する近鉄線の室生口大野駅へで参加者の到着を待っていたのですが、集合時間に間に合う電車で来たのはわずかに人数の半分ほど。「一本、乗り遅れました!」「乗換を間違えました!」などとという連絡が続々と入ります。その間に、宮村さんが「いやあ、昨日は一日事務所でこんなして遊んでましたよ」と言いながら、紙袋から大量のコピーを出してきてくださいました。室生寺の解体修理時の報告書、図面、屋根の見どころなどがビッシリ。早くも、午後の見学の濃さが予感されたのでした。

ようやく予定の人数が揃い、美榛苑のバスで室生寺へと向かいます。門前には、茶店や旅館、よもぎ回転焼き屋さんや土産物店などが並びます。食事処 橋本屋さんでクルマ組と合流して、昼食に精進料理をいただきました。野菜の白和え、薄味で炊いた野菜、胡麻豆腐、湯葉など、どれもとてもきれいで、美味しかったです。

左/食事処 橋本の昼定食はお値ごろで充実した内容。茂史さんも大満足! 右/赤い太鼓橋を渡ると室生寺

女人高野の室生寺へ
土門拳が撮影した鎧坂

食事を終え、室生川にかかる赤い太鼓橋を渡って境内へ。室生寺は女人禁制であった真言宗の寺院にあって唯一、女性の参拝が認められ「女人高野」と呼ばれました。高野山ほどではないですが、境内を一回りするだけで軽登山になるぐらいの、高低差のある山林の中に伽藍が点在する山岳寺院です。

橋を渡ったところで集合して、グループに分かれて拝観入口へと進みます。梵字池を左に見ながら進むと、左手に自然石を積んだ幅の広い石段「鎧坂(よろいざか)」が現れてきました。かなりな急勾配で、段数もあります。登るにつれて、金堂の屋根が見えてきます。土門拳が撮影した雪景色の写真が有名なロケーションです。

けっこうきつい登りの鎧坂。奥に見えるのは金堂

戦後すぐ、初めて訪れた室生寺の魅力の虜となった土門は、その時に室生寺の僧侶に言われた「雪化粧は格別」との言葉が忘れられず、何度も通いました。しかし、室生で雪が積もるほどになることはごく稀で、雪景色に巡り会うことができたのはそれから40年も経ってから。橋向こうの橋本屋旅館に長逗留して雪待ちをして、ようやくの雪でした。脳出血の後遺症で車椅子生活となった土門が、弟子に背負われ、左手でシャッターを切った写真が写真集『古寺巡礼』に収められています。素晴らしい写真なので、ぜひ本を手にとって見てみてください!

土門拳『古寺巡礼』

社寺は屋根で決まる!
杮葺き、檜皮葺きの優美な屋根

鎧坂を登りきると、正面に金堂、左手に弥勒堂。宮村さんが語り始めました。「社寺はとにかく、屋根を見てください。大工がいちばん精魂傾けるところですから!」ここで見た金堂と弥勒堂は薄い板を少しずつずらしながら、何層にも重ねた「杮(こけら)葺き」。ここから五重塔に向かって上がっていく途中にある本堂は「檜皮(ひわだ)葺き」。杮は杉をうすく剥いだ板、檜皮は檜の荒皮を剥いだ7〜8年後に下から再生してくる二番皮を材料とした屋根材です。

左:檜皮葺きの弥勒堂(重文) 右:杮葺きの金堂(国宝)

いまや寺院の屋根の主流は瓦ですが、杮葺きや檜皮葺きも、エコで表現力のあるなかなかユニークな素材です。 どちらもが植物性ですし、檜皮に至っては、伐採すらしないで得られる、再生可能な資源です。土を焼いて瓦にするように火で加工する必要もなく、素材そのままで屋根材になります。重量も瓦よりはるかに軽く、切って大きさを調整するのも簡単で、止め着けるのも竹釘で済みます。単位面積あたりの施工の手間はかかりますが、重厚にも流麗にも、複雑な曲線美を格調高く表現できる、すぐれた屋根材です。天皇・貴族の家は檜皮葺き、寺院は瓦葺き、庶民の家は茅葺きというのが長いこと一般的だったそうです。

室生の山の森に溶け込む五重塔

さらに登っていくと、本堂の左奥の林の中に、室生寺の象徴とでもいうべき、五重塔が木々に溶け込むようにしてスッと立っています。奈良時代にあたる800年頃の建立で、法隆寺に次いで古い、そして、屋外にあるものとしては日本で最小の五重塔です。森深い山道沿いに立つ塔は、地面から空に向かってそびえているようなる法隆寺や興福寺、薬師寺などと比べると、森の大木がそのまま塔になったような印象を受けます。場所はうんと遠いのですが、出羽の羽黒山の五重塔に近いような、山深い中にひっそりと在る雰囲気を感じます。

塔の上部は、水煙が最上部に載った九輪ではなく、宝瓶(ほうびょう)とよばれる壷状の飾りを宝蓋(ほうがい)という八角形の傘ようなものが守っている形をとっています。創建当時、修円というお坊さんが、室生の龍神をこの壷の中に封じ込めたのだそうです。「軒の線がガタついてるの、分かります?」との宮村さんの投げかけに、塔を見上げては「ほんまや〜」「うーん、たしかに、だいぶズレとる」などと口々に言い合う、マニアックな一団の談義がひとしきり落ち着いたところで、奥の院をめざします。

奥の院へと続く急坂を登る

奥の院までは、山道についた急な階段を、ひたすらのぼります。「一年分の運動した〜」と音をあげる人が多く居ましたが、これは、翌日の吉野の山行きのほんの序章に過ぎないのでありました!

左:奥の院の手前、急斜面に立つ常灯堂 右:檜皮にする皮を剥かれた檜

途中、表皮が剥かれて赤茶色の肌が見えている檜が何本かありました。「『原皮師(もとかわし)』が檜皮を取った跡です。跡を継ぐ人が少なく、存亡の危機なんですけれどね」と宮村さんが教えてくれました。日本の建築技術は多くの自然素材に支えられていますが、自然素材を建築に用いるための技術をもった職人さんがいなければ、日本の建築技術そのものが成り立たなくなります。新しい世代の原皮師が育ってくることを、切に願います。

奥の院でおみくじ引いたら、おんなじ番号の凶だった宮内建築の女子大工 関岡舞美さんと事務局の持留ヨハナ(シャッフル不足!?)

11月2日(初日)
美榛苑での宴会と分科会

室生寺から宿泊先のある榛原の「美榛苑」までは、クルマでほんの15分ほど。到着して受付でチェックインを済ませて、ひとっ風呂浴びて、宿のお湯で旅の疲れを癒します。トローッとした、やさしい感じの、なかなかいいお湯でした。

LINEでの報告で現場を把握
社寺建築 不動舎のコミュニケーション

夕飯前に、宮村さんを囲んで、見て来たばかりの室生寺や、翌々日に見学する薬師寺について、さまざまな感想や質問をする時間をとりました。いろいろ出た中でいちばん興味深かったのは、宮村さんのところの業態の話です。宮村さんが率いる不動舎は、大和社寺の施工部隊として、近畿一円で仕事をしています。トップは50代の宮村さんですが、いくつかある施工チームは平均年齢が20代とうんと若く、それぞれの現場は若い棟梁が執りしきっています。

宮村さんは親方として、それぞれの現場を監修したり、問題が起きた現場にかけつけたり、新たに修復する現場の方針を決めるための調査や話し合いをしたりと、複数の現場間を飛び回っています。現場は奈良、大阪、京都、三重、和歌山と近畿一円にまたがっているので、宮村さんは、連日何時間もクルマに乗っているそうです。「シゴトの組立を考えるのは、移動中ですよ」と宮村さん。

「そして若い子を使いながら、複数の現場をうまくまわしていくコツとして宮村さんがあげたのが「LINEの活用」です。LINEとは、スマートフォンを使って、文字や写真で気軽にやりとりができて無料通話もできるネットサービスです。「各チームから、ほぼリアルタイムでLINEで送られてくる写真で、現場の状況はつねに把握しています。今の施工状況を確認して、次の適切な段取りをすること、そして問題が起きてしまった時には素早く対処できることが、仕事の秘訣です」と宮村さんが言うと「社寺建築の現場でLINEが使われているとは!」と、メールのやりとりもノソノソ?・・な一部のメンバーは、ひたすら目を丸くしていました。

宴会の席で新旧代表の交代を発表
新代表に大江忍さん

左:運営委員のみなさま、ありがとうございました! 右:木の家ネット創立以来代表をつとめた加藤長光さん

午後7時。お膳の用意が整い、みんなが楽しみにしていた宴会が始まりました。毎年、ひと順繰りするのに2時間はかかる、ひとりひとりの近況報告に入る前に、木の家ネット代表の秋田の加藤長光さんから、代表と運営委員の交代について、大事なお知らせがありました。

「10年ひと区切りと言いますが、干支がひとめぐりしてしまいました。今後は大江忍さんを新しい代表として、木の家ネットもリフレッシュをはかりたいと思います」と、の加藤さんの挨拶で、愛知の大江忍さんが、みんなの拍手とともに、新代表に就任しました。大江さんは、木の家ネットよりひと足先に立ち上がったNPO法人緑の列島ネットワークの代表理事であり、ここ4年間ほどは国土交通省による「伝統的構法の設計法作成および性能検証実験」の事務局を取り仕切ってきました。自身も愛知県日進市でナチュラルパートナーズという工務店の社長であり、木組土壁や石場建てなどの伝統的な家づくりを数多く手がけてきています。

総会に参加していた運営委員も、新旧の代表二人の横に並んで挨拶。新しい運営委員は、新代表の大江さんが「次の世代の木の家ネットにふさわしい人選をして、あらためて発表します」とのことでした。事務局は相変わらずモチドメデザイン事務所が、新代表、新運営委員のみなさんに支えていただきながら、新たな気持ちで臨みたいと思いますので、みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

場をなごませた
鼻笛の電撃ライブ

ギターを弾いているのが、木の家ネットに鼻笛を広めた池山琢馬さん。ギターをかきならしながら、手放しで吹けるように工夫した鼻笛も吹いています!

新旧交代挨拶の後は、誕生月の早い順からマイクをまわしての近況報告。合間には池山琢馬さんが率いる「鼻笛バンド」が、日高保さん持参のキーボードの伴奏つきで生演奏を披露。それにしても驚くのは、木の家ネットに鼻笛人口の多いこと! 総会のたびに、増殖しているようです。コツをつかめば、鼻唄感覚で簡単に演奏できるのが、鼻笛のよいところ。「上を向いて歩こう」「Let It Be」など、おなじみのナンバーが飛び出し、いっそう和やかなムードとなり、時間いっぱいまで楽しい交流が続きました。


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室生寺金堂の前で記念写真。撮影の時に、その場に居なかった人が右上の丸の中に写っています。