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つくり手の声:木の家の良さって?


BJ (Blogジョッキー):持留ヨハナエリザベート

「つくり手ブログ」を木の家ネットで始めて一年ちょっと。トップページの右にある「つくり手ブログ一覧」では、日々、更新のあるブログのリストが並び、特徴あるブログを回遊して見ることができるのも、木の家ネットのひとつの魅力となっています。ふだんはそれぞれに思うことを書いているのですが、今回は初めての試みとして、「木の家の良さって何?」というお題つくり手メンバーに出してみました。ブログをもっていないつくり手を含め、16人から熱い回答が寄せられました。ひとりひとりの回答に分け入っていただく前に、「回答総覧BJ」に、おつきあいください。 (06.01.27)

※ つくり手ブログに新たにアップされた2つの記事についての紹介記事を追加しました。(06.02.14)

そもそも木の家とは

「木の家のよさ」本題のお答えに入る前に、「ここでいう本当の木の家は・・」ということを書いているつくり手が多いのにおどろきました。「木を使っていればいいというのではない、木を活かした家づくりであってこそ、木の良さだって発揮される!」というのも、ごもっとも。たとえば「木は腐る・・・だからよいのです」という不思議なタイトルで書いている松田俊介さん(八ヶ岳家造りの会 木の香)は「(土台や柱の下部が腐らないようにするには)木を(防腐剤に浸けるなどで)変化させるのではなく、木をどう活かすかに掛かっていると思います。やっぱり日本の気候風土に合わない木は使うべきではなく、活かす事など出来ません・・木を使うと木を活かす・ではだいぶ違います。最近は木を使っている家は増えましたが木を活かす家造りはどれだけあるのでしょうか??」と鋭く投げかけています。

木を活かした使い方をする家づくりは?・・となるとやっぱり、木造軸組、木組み、真壁、無垢材だよね、というのが、みなさんの共通認識のようです。「こういうのはそうではない」「こういうのがいいんだ」というたくさんの言葉から、拾ってみました。

【どんな木でないか】 ・接着剤ではりあわせた合板や集成材など、「工業製品」になってしまった木 ・そうでなくても、防腐剤など薬品づけの木

【で、どんな木なのか】 ・ひとつひとつに個性がある自然な木 ・素足で触れて気持ちのいい無垢材 ・その土地の風土に合った、近くの山の木

【どんなつくり方でないか】 ・壁式の2×4 ・柱や構造体が隠れて木が見えなくなる大壁工法 ・工場で同じにつくる、大工の目や手のいらない、量産品

【で、どんなつくり方なのか】 ・柱や梁を伝統的な継手や仕口の木組み籠状に組んだ木造軸組 ・柱や桁・梁の木組が見える真壁工法 ・大工の目と技量で一本一本の木の個性を活かす一品生産。

そして、木を活かす現場から、大工の綾部孝司さん(綾部工務店)はこう書いています。「現在刻み作業中です。木の家は木に備わっている性質をうまく組み合わせてつくります。大工は木を見た時にそれが梁に使えるものか、柱に使えるものか、荷重を受けることができるか、雨に濡れても大丈夫か、ヒビはどの深さまで入っているか、アテ(内部応力に癖のある木など)の程度はどうか、捻れる木かどうか、木味が良いか、美しいか、、、、、、様々なことを木に直接触れて判断します。人が十人十色であるように、木にも個性が満ちあふれています。」木の良さを活かすつくり方、奥が深いですね。

森で育った木が、家になる

宮越喜彦さん(木住研)は家づくりに使う木を伐採する現場を見学した時のことをこう書いています。「今日、植えた木は、子供や孫のため。今日、伐った木はお父さん、あるいはお祖父さんの植えた木。そんな話を木を伐採する山の現場でよく聞きます。伐採した切り株を見て、年輪を数えると、70数本。これはお祖父さんが植え育てた木なのでしょうね。」森の木のいのちをいただいている。森に手をかけ、木を育ててくれた人がいる。そのおかげで、木の家が建つ、というわけです。

宮越さんはさらに、木の一生を、伐採されて終わるものではなく、家となり、人が住まうことまで含めてとらえています。建前の時に林立する柱について、こう書いています。「棟梁の手元に届いた材木は、墨付けをし、鋸や鑿で刻み、鉋で仕上げて木の家の骨組みが加工されていきます。建て方は、その骨組みを現場で組み上げることです。大黒柱が立ち、通し柱が立っていく姿を見ると、伐採の時に山で見たあの光景と重るように思えます。」

家になったその先は? ということを書いているのは、さっきもでてきた松田さん。「なぜ腐るのが良いのでしょうか、それは土から産まれた物は最後には土に還る、そしてまた木や植物となり成長する。このサイクルがず?と続くからです。逆に言いますと腐るべき物が腐らなかったら、自然は循環できなくなるからです」

土に生まれ、育った木が人の住まいとなり、また土に還る。この長い長い循環の一部として「木の家」があるという感覚。持留和也さん(持留デザイン事務所)はこう書いています。「木の家をつくり、そこに住むというのは、現代社会的な時間の流れとは別の世界に生きるということなのだと思います。何百万年も前の生物の死骸から生まれた石油や、鉄などを原材料として、ほんの数ヶ月の工期で出来上がる家と、一-三世代分の時間で成長した木を使い、半年から一年ちかくをかけてじっくりとつくられる木の家。(中略)地質学級に長かったり、IT的に短かったりするのではなく、生物的なスケールの時間を丁寧に生きること。木の家は、そういった手触りのあるゆったりとした時間の流れを住む人に教えてくれているようです」と。

そして木が土に還ったその土もまた、木の家の壁に使われる・・。大江忍さん(ほるくす)は「日本の木の家(民家)において、不可欠なのが、土壁です。家全体の素材の質量からいうと、木材よりも、土の量の方が多いかもしれません」という書き出しで、土壁の魅力について語っています。土と木と家。地球の長い歴史から見れば、木と土の家はほんのわずかな間大地から屹立し、また大地に還るのです。発つ鳥、跡をにごさず。人間が暮らした痕跡を土に還らないゴミとして残すことのないよう、ありたいものですね。


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