2011年10月の宮城総会時、「原発いらない宣言」に賛同の挙手をする会員たち
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「原発はいりません」宣言

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職人がつくる木の家ネットは宣言します

いのちと共存できない
原発はいりません

2回にわたって特集を組みますが、今回は「原発はいらない」と私たちが思う理由についてお伝えします。

  • 01 いのちを損なうものを生み出し、それは何万年も消えないから
  • 02 差別の上に成り立つものだから
  • 03 平和利用といいながら、核兵器保有につながるから
  • 04 ひとたび事故が起きれば、住みなれた土地に住めなくなるから
  • 05 子どもたちの将来の健康をそこなうおそれが高いから
  • 06 大地、空、海、食べ物・・すべてを汚染するから
  • 07 答えの出ない悩みや、人と人との間の分断を生むから
  • 08 そもそも原発がなくても電気は足りるから
  • 09 自分たちの未来は自分たちでつくりたいから
  • 10 原発に依存しなくてもいい暮らしがあるから

次々号では、「原発がいらない暮らし」についてつくり手から集めたアイデアをたくさんご紹介したいと思います。

東日本大震災、そして、それに続く
福島第一発電所の原発事故

2011年は大地が揺れ、東日本の太平洋沿岸部が広い範囲にわたって津波に呑まれるという天災に加え、それによって引き起こされた原発事故で、人がつくり出した放射能が大地を汚し「これからの日本はどうなるのか」と問われる、厳しい年となりました。天災としての震災からの復興は、長い道のりになるとはいえ、始まりました。しかし、人災である放射能汚染からどう立ち直ればよいのか、2012年になった今もその答は出ていません。

そのような今だからこそ「これから、どうしたいのか」という一人ひとりの「意思」が、大切になってきています。「国が守ってくれるだろう」「事態は時間とともに収拾していくだろう」という意識のままでは、今あるいのちも、子どもたちに渡していく未来も保障されない。それどころか、流れに任せていては、子どもたちの未来を危うくし、私たちに恩恵を与えてくれる地球環境を汚し、傷つけていくばかり。そう気づいている人が増えてきています。

では、どこへ向かえばよいのでしょうか? 「こっちに行けば、安心」という道は、示されてはいません。これまであたりまえと思って来た、この社会の「自明性」を問い直し、人間にとって何が本当に大切なのか、その大切なものを守り、育むためにどんな道を選ぶのか、もういちど、一人ひとりが考えていかなくてはなりません。

技術科学で自然を制御できると思い込んできた現代社会。そこに生きる私たちでも「自然にはかなわない」ことに変わりはない。かなわないその自然に、生かされてもいる。その原点に、あの大津波は私たちを立ち返らせてくれたのではないでしょうか。その津波をもたらした海は、今が「夜明け前」。太陽がまだ見えない中、私たちは「未来への舟」を漕ぎ出すのです。どこへ? 誰と? どんな舟で? どのような航路で?

私たちの舟は、大きな鋼鉄艦ではなく、小回りの効く、タフな舟です。近くの山の木や土でできていて、今ほどたくさんのエネルギーを使わない頃から伝わる知恵や職人の手の技術で運航しています。舟の乗組員として、つくり手たちと住まう家族とが、ともにはたらいています。羅針盤となるのは「自然の中に生きていること」「今を未来につなげていくこと」。知恵と工夫を総動員し、それぞれの役割分担に応じて手や身体を動かす、そんな舟の暮らしは、私たちの楽しみであり喜びです。エネルギーはそうたくさん使いません。だからこそ「原発はいらない」と、自信と誇りをもって宣言します。

「原発」は原子力発電所という物質的な存在であると同時に、現在と未来、都市と地方、経済といのち、便利さとその下支えなど、さまざまな文脈における象徴的な存在でもありました。「原発はいらない」と宣言することは「原発(が象徴するもの)に頼り続けない道を探ること」にほかなりません。「職人がつくる木の家」という舟で、自然と人、人と人とが調和する未来に向かって漕ぎ出していきましょう。

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写真:raneko