ビオフォルム環境デザイン室設計による里山長屋。様々な設計・施工の工夫だけでなく、ゆるやかな共同生活という住まい方が、総合的なエコ生活につながっている。
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原発のいらない家づくり&暮らし方

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電気だって、自給できるかも!?

どれくらいある?
「電気ならでは仕事」

[ その1 照明 ]

あかりを灯すのは、電気本来の仕事ですが、それも大分抑えることができるという提案をもらいました。一級建築士事務所恒河沙の寺川千佳子さんからは、センサーLED電球のオススメがありました。

  • 40W相当の明るさで消費電力が5.2Wのセンサー付LED電球を見つけ、廊下、トイレ、洗面所の電球を取り替えました。人が近づくだけで点灯し(時々は猫でも点いてますけど)、消し忘れがなく、消費電力が少なく、日中は点灯しない優れもの。今すぐに、どこの家でもこの恩恵を受けられます。

林美樹さんは「天窓や高い位置に窓をつけることなどで、日のあるうちの明るさはかなり改善できます」と家の中を暗くしない工夫を紹介しつつ、「障子越しのやわらかい光、漆喰に反射する光など、明るすぎないからこそ楽しめる陰影があります。なにも、家じゅうをくまなく明るくする必要はないのでは?」と陰翳礼讃の提案もしています。

[ その2 電子機器、AV機器 ]

コンピュータなどのネットワーク機器、テレビやオーディオ機器は、どうしても電気が必要です。コンピュータはデスクトップよりはノートパソコンの方がより消費電力は小さいものです。そう大きな電力でないので、自作のソーラーキットでもまかなうことができます。

木の家ネットの事務局の仕事小屋では、ソーラーパネルで蓄電した電気をパソコンに使っています。

[ その3 生活家電 ]

炊飯器、湯沸し電気ポット、電子レンジなどはなくてもいけそうですが、現代の生活にどうしても必要で残るのは、冷蔵庫と洗濯機でしょうか。この分くらいの電力をまかなえるといいのですが。

非電化製品カタログ(クリックすると、別ウインドウが開きます)

冷蔵庫には非電化冷蔵庫というものもあるようです。室内には置けないようですが、もっと実用化されてくるとおもしろいですね。

[ その4 そんなにいらない? ]

自動販売機は冷たい飲み物は冷やし、あたたかい飲み物はあたため、また一日じゅう電気もついています。その消費電力は、一台あたりひとつの家庭に匹敵するほどとも言われています。そんなになくても、いいですよね。

必要な電気を自分たちの手で!
?藤野電力の取り組み

必要最低限の電気を自分たちの手でつくろうとしている神奈川県相模原市緑区(旧藤野町)の「藤野電力」という地域活動グループの小山宮佳江さんと吉岡直樹さんに、ビオフォルム環境デザイン室の山田さんに紹介していただいて、会ってきました。

小山宮佳江さん(左)と吉岡直樹さん(右)
  • 藤野電力は、小さな地域やまち単位で世の中をよく変えていこうという『トランジションタウン藤野』の活動のひとつとして始まったものです。ひとりひとりでは難しくても、日本全体のシステムを変えるのは無理でも、近くの仲間とならできることがあるのではないかと、3.11をきっかけに、エネルギーの問題にも取り組み始めました

まずはじめに、3.11で停電になった時に「太陽光パネルで自家発電していたからしのげた」という人にそのやり方を聞いて学ぶ、というところから、藤野電力の活動は始まりました。今では、4万円程度の材料費で家庭の照明の一部や携帯の充電、パソコンの電源などをまかなう規模の太陽光パネルとつくった電気を蓄電するバッテリーの「ミニ太陽光発電システム」をつくる「ワークショップ」を各地で開催し、電気の一部であっても自給自足できる家庭を増やしています。

山梨県北杜市での出張ワークショップの様子(藤野電力のWebサイトより)

これまでは、日当たりのよい大きな屋根を持つ一戸建てに住む人だけが太陽光パネルを載せて、発電した電気を電力会社へ売電するというシステムがほとんどでした。そういった条件に恵まれなかった個人は、その地域の電力会社が決めた発電方法でつくられた電気を黙って買うしか選択肢がなかったのです。長野県上田市の市民グループは太陽光発電ができない個人のために「屋根オーナー」の広い屋根面にのせた太陽光パネルに出資する「パネルオーナー」を募集する「相乗り君」事業を始めました。電力会社に売電をすることで、出資を回収し、自然エネルギーの割合を増やしていくことに貢献するという発想です。

ソーラーパネルを設置できないマンション住まいの人や、日当たりの悪い場所に住んでいる人でも主体的に参加できるのがメリット
  • それも確かに自然エネルギーの割合を増やしているということで、ひとつありかなとは思いますが、自分たちがやっている藤野電力では『オフグリッド』、つまり既存の電力会社のシステムと接続しないことにこだわっています。電力会社の大きなシステムに組み込まれず、自分で発電した電気を蓄電して自家消費する、自給自足をめざしたいですね。

自家菜園で野菜をつくるような感覚で、自家発電するのだそうです。100%の自給は無理であっても、一部を自給することを通して電気を大事に使う気持ちが生まれ、エネルギーをつくったり使ったりすること対する意識が主体的なものに変容していく。それが大事なんだというお話でした。

最低限の電力を自給でまかなえる可能性についてお聞きすると「バッテリーの性能のイノベーションを待っているところです」ということでした。今は蓄電のためのバッテリーは車用のものを転用していますが、高価な上に重たく、何個もつなげることができません。リサイクルもむずかしいのが現状です。自家発電する人が増えてくればそうした難点も改善されてくるはずです。「たとえばプロパン屋さんのように、地域でつくった電力をバッテリーで宅配できたら、楽しいですね」

  • 太陽光は各家庭での自家発電ですが、今、地域で取り組もうとしているのは、小水力発電です。地域の公民館や街灯の電気を自給できたら、それを通じて、地域がもっと楽しく変わってくると思います。

このような電力自給の動きは、藤野電力の出張ワークショップを通して、「葉山電力」「町田電力」「幕山電力」など、全国各地に電力自給をめざす地域活動として広がっています。

また、経済界でも「エネルギーの自由市場の創設」という動きも出てきているようです。国全体としては大きな電力会社から電気を「買う」しかないシステムからなかなか抜け出られなくても、地域単位でエネルギーの自給自足や、地場産業としての展開が出てきたら、元気が出てきそうです。

  • 自転車発電はどうでしょうか?朝15分から30分、新聞読みつつペダルを漕いだら、メタボ対策にもなりそう。優秀な蓄電装置の開発が必要かな

なんていう元気なアイデアを出してくれたのは、日高さんです。実現できたら、楽しいですよね。

ものづくりを、暮らしを
自分たちの手に取り戻す

最後に、具体的な提案ではないのですが、寄せられた意見の中で、意識のもちようについてのコメントがありましたので、ご紹介します。まずは、杉原建築の杉原敬さんです。

  • 私が生まれる前から原子力発電所は動いていたようですし、その他たくさんの発電所から送られてくる「電気」で身の回りのいろいろなものが動いていました。このメールを打っているパソコンも然り、この部屋の照明も然り、自分が今日刻んだ木材も、電動工具を使いました。

    これらを使う事は「悪」ではないのでしょうけれど、本来であれば、その行為をなしとげるために「身体や心を動かす」という生き物としての必然を、必要のないものにしてしまいました。想いを伝えたい人の前に訪れることなく、相手の生活時間を配慮することもなく、言葉を運んでくれるE-Mail。燃料を確保して火をおこし、火加減をしなくても、希望の温度まで食べ物を温めてくれる電子レンジ。硬い木でもスムーズに切ったり削ったりして、思い通りに木を刻める電動工具。

    そうした便利な道具を使う事で忘れてしまう事もあると思うのです。言葉は人の心を動かすという事。食べ物は体を養い、そのためにいろいろ工夫があったこと。労働は言葉や歌を生み出し、そこに自分がいるという実感をもてていたということ。「原発に頼らない」家づくりというよりは、いつでもものづくりの原点に帰れるつくり手でありたい。それが結果として「原発は必要ない」ことにつながるのではないでしょうか。

手や口や目や、人が身体を使ってしてきた多くのことを、なんでも機械に肩代わりさせるようになれば、それによって失われていくものもあります。便利な機械を使うとしても、いつもそのことは意識して、かつて身体を使ってしてきたその行為の原点に戻れるようにしておきたいものです。

かとう建築事務所の加藤由里子さんは、次のように書きました。

  • 原発事故以前は、暮らし、生活とは常に最新の技術を追求した製品を求め、便利、快適な生活を求める事を当たり前と思っていました。でも良く考えてみると自分がなにも考えず、ただメディア情報に流されていて、人間そのものの特性と言うか生きていく力みたいなものを軽視していたように感じます。過度の便利、快適、ステイタスを追い求めず、頭で考え、体で感じ、体を使い、自分のエネルギーを燃やしてみる事も考えに入れてみてはどうでしょうか。少しは不便さの中に身を置いてみた中から智恵を出し、自分流の暮らしにつなげていけたらな?と思います。

エネルギー供給や快適さ、便利さを「おまかせ」にしてきた結果が「原発を必要とする社会」であるのかもしれません。「国民の生活」が「原発なしには成り立たないから」原発は再稼働するのだといいます。しかし、私達が望む「国民の生活」とは、本当にそのようなものでしょうか?

「原発」が 生きものや自然を損なうようなリスクを前提とすることを知ってしまった今、目をつぶったままではいられない。そんな原発から生まれる電力を、私たちは望んでいないのに、選べもしないのに「国民の生活を守るために再稼働」と言われてしまうことに、違和感を覚えます。といっても、国全体の流れを一気に変えることはなかなかできません。各地域で小さな単位であっても「別の道」を探り、それが少しずつ軌道に乗っていく、そんな小さなところから広がっていくしかないのかもしれません。

埼玉県に建てられた低エネの家。内外土壁真壁の2階と、断熱性向上と漆喰保護のため杉板で覆った1階を持ち、断熱材は屋根だけに入っている。低エネルギーで建てられた土に還る家。お施主さんはTV、電子レンジ、電気炊飯器、食洗機は使わず、車も持たずに必要な時に借りる暮らしをされている。エアコン用のコンセントも穴も無い。施工:綾部工務店

木の家づくりも、つくり手と施主との一対一の関係でしか広がっていかないものです。そのようなペースでしか進んでいけないことにもどかしさもありますが、そうやって「別のライフスタイル」を実践する家族が少しずつ増えていくことは、ゆっくりではあっても、確実に社会を変えていくことにつながると信じています。このコンテンツを読んでいるあなたが、これからするかもしれない家づくりについて、考えてくだされば、そこが出発点となります。

少しずつでも着実に変えていこう。そういう思いが、木の家ネットのつくり手ひとりひとりの中にも、藤野電力のように自分たちで道を切り開こうとする人のなかにも見えます。いらないものは、いらない。足ることを知るシンプルな生活。そして、そのために必要なものは、自ら選んだ方法でつくりだす。そのような主体的な選択こそが、心から原発と決別することにつながるのではないでしょうか。

最後に、社会学者の宮台真司さんの言葉を紹介します

  • 任せておいて文句をいう社会から、引き受けて考える社会へ
  • 原発をやめようではなく、原発をやめられない社会をやめよう
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藤野電力のメンバーの力も借りて、2012年3月に藤野に自邸を建てた大野さん。 指差しているのが、東京電力から完全に切り離された、藤野電力による照明のスイッチ。