ズラリならんだマツイ電動工具シリーズ
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込み栓角ノミ 復活!松井鉄工所訪問記

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「手刻みの伝統建築に必要な、ニッチで高性能な電動工具をつくる会社」として大工の間で人気のある松井鉄工所。けれど、じつは、船舶のためのディーゼルエンジンをつくっている会社なのです。なぜ、電動工具を手がけるようになったのでしょうか?

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出迎えていただいた、松井鉄工所の松井庸介 専務取締役

港に近いロケーションで
船舶用のディーゼルエンジンを作る

左に外宮、右に内宮をのぞむ伊勢西インターを通り過ぎ、伊勢インターで高速をおり、海岸線に沿って松阪へとのびる南勢バイパスを走ります。外宮から流れる清流、五十鈴川が伊勢湾へと流れ込む河口近く、もうすぐそこは海!という場所に、松井鉄工所はありました。

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港に近い立地にある松井鉄工所の主力製品は、船舶用のディーゼルエンジン。船のエンジンは、自動車とちがって、ひとたび海に出れば、何日もの間、24時間フル稼働。重油を燃料とし、低速で継続的に運転し続けます。洋上でなにか不具合が起きても、技術者がかけつけられるわけではありません。それだけに製品の確かさや堅牢性が求められます。

作る製品も、作る機械も巨大

工場内は撮影禁止だったため、写真ではお伝えできないのが残念ですが、巨大な岩のような、6気筒の大きなピストンが上下する大きなエンジンが並んでいました。そして、船舶用以外にも、JRの列車用のエンジンや、発電装置なども。

そのような大きな製品を作るための機械類も巨大で、旋盤、切削、研磨などさまざまな工程を担う工作機械が立ち並びます。作業する人が手で操作するもの以外にも コンピュータ制御で複雑な機械を設計図どおりに自動運転で作り出す大型の「NC工作機械」もありました。

技術継承のために
手仕事の余地をあえて残す

「すべてを自動化してしまうと、技術者に技術が継承されません。だからこそ、わざと手で操作する工程を残しているんです」「手はすごいですよ。何ミクロンの差を、指先で触って感じることができる」などと、説明を受けました。それが伝統建築の電動工具づくりを手がけ始めた松井鉄工所の姿勢をあらわしているようで、印象的でした。

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設計課の中村文彦さん

巨大な工場の中に
電動工具を作る一角が

大工が使う木工用電動工具を作る部門も、この巨大な工場の中にありました。全体の床面積からすれば、ほんの一角ですが、よく日のあたる場所に、細かい部品の入った引き出しや組み立てをする作業台が並んでいます。直前まで見て歩いたエンジンや発電機を作るエリアと比べると、巨人サイズと人間サイズぐらいのスケール感の差がありました。

作業スペースはそう広くありません。「リョービやマキタといった工具メーカーでは最小のロットが数百台で、それを切るようになると廃番にせざるを得ない。けれど、うちでは10数台という小ロットで、金型ではなく木型を使って製作しています。だからこそ、小回りが利き、需要の絶対数は少なくとも必要とする人には不可欠な製品づくりに取り組める面があるのです」とのこと。

「鎧張りを省力化できる工具がほしい!」
という地元の大工のニーズに応えて

では、なぜ、いつ頃から松井鉄工所では、電動工具の生産を始めたのでしょうか?「マツイ電動工具シリーズ」の立ち上げに関わった技術部 品質管理課の久世隆彦さんにシリーズ誕生の経緯について、お話を伺いました。

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松井鉄工所 技術部 品質管理課の久世隆彦さん

「1980年代半ば、船舶不況が深刻になった頃、会社の技術を生かしてほかのことができないか、全社員がアイデアを出すことになったんです。その時の従業員の一人が、たまたまいっしょに飲んでいた地元の伊勢の大工から『鎧張りのための桟加工をする機械を作ってくれたらなあ』という声を訊いたんです。それが、電動工具部門の始まりにつながりました」

鎧張りとは、横板張りをする際に、上下隣り合う板を、上の板の端が下の板の外側になるように重ねて張っていくやり方で、もともとは 鋼船や木製ボートの外板の張り方に由来しています。伊勢神宮の門前の「おかげ横丁」はじめ、伊勢には、鎧張りの家がたくさんあり、独特の陰影や重厚感を醸し出しています。

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鎧張りの外壁(松井鉄工所の商品パンフレットより)。線で囲んだ部分が、のこぎり歯状に加工が必要な縦桟

ところが、この鎧張りをするための縦桟を手加工するのには、大変な手間がかかります。大工から提案をもらった従業員は「地元伊勢の大工たちのニーズに応え、鎧張の桟加工を省力化する電動工具を作る」企画を社に提出しました。船舶エンジンを設計し、実際につくる技術力がある。工作機械もある。環境は整っています。社として取り組むことが決まり、大工の作業場を訪ねて工程を観察し、設計、開発が始まりました。

その結果、面倒だった桟加工が簡単にできる「スライドソー」の開発に成功。4mの材に18カ所の桟加工をするのが、わずか3分でできるようになりました。手加工の場合は、墨付けを含め約5日間に対し、約1日で加工できますしかも、ガイドにあわせて木をずらしていきながら操作するだけで、特別な技術がなくてもできるので「手伝いのじいちゃん、ばあちゃんにでも任せられる」ようになったのです。

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松井鉄工所の最初の電動工具製品「スライドソー」。詳しくはこちら

伝統建築のための
「マツイ電動工具シリーズ」を続々と

「伊勢の顔」である鎧張りも、桟加工に手間がかかりすぎれば、コスト面から次第にすたれてしまいかねません。松井鉄工所が地域の特色ある建築文化を維持することに貢献した度合いは大きかったといえるでしょう。

その後、大工たちの声を聞きながら格天井や組子加工用の桟加工ができる「ラジアル21」「丸太はつり機」「幅広カンナ」「兜アリ加工機」など、「マツイ電動工具」シリーズとして、伝統建築のための電動工具に特化したニッチな製品を毎年1〜2機種ずつ出し続けてきています。

伊勢神宮やそのまわりの伝統建築にかかわる仕事が地場産業となっている伊勢という地域のニーズに、高い技術力で応えるというこの松井鉄工所の方向性が、伝統建築に携わる、少数ではあっても高いニーズをもった大工たちにとっては、大きな助けとなっています。

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訪問時に並べられていた「マツイ電動工具シリーズ」

松井鉄工所にとっての
雇用対策でもある

船舶のディーゼルエンジンを作って来た松井鉄工所が、小ロット生産での電動工具部門を維持しているのは、外部からのニーズだけでない社内的な理由もあります。

船舶関係の仕事は、ひとつひとつが大きな仕事なので、世の中の景気などによって受注する仕事量にどうしても波ができます。「会社としては、そうした仕事と仕事の谷間にも手がけられる仕事を確保しておきたい面もあるのです。定期的に新製品の企画製作をすることが、社員の創造性や手仕事を発揮できる場ともなり、開発や製作技術レベルの維持にもつながっています」とのこと。

長いタームで動く、受注生産の船舶用ディーゼルエンジンと、企画制作を手がけ小ロットでニーズに応えた製品開発をする電動工具と。電動工具部門の売上は、総売上の5%ほどとのこと。一見すると分野がかけ離れているようであり、仕事の発生のしかたも売上規模も違う二つの部門は、松井鉄工所の雇用の安定や技術レベルの確保を支える両輪となっているのです。

現場の声に耳を傾ける
松井鉄工所の姿勢

松井鉄工所のWebサイトの電動工具部門のページでは、次のように社の姿勢を明記しています。「日本には木工技術という優秀な伝統技術があります。当社は、お客様の要望に常に耳を傾けることにより、更に省力化が可能な電動工具・木工機械を自社開発し広く全国のユーザーにお届けしています」

また「製品にして欲しい物や加工方法等の情報がありましたらご連絡ください」と、フォームも開いています。木の家ネットの大工たちが廃番になった込み栓角ノミ復活を、松井鉄工所に頼もうと考えたのも、松井鉄工所のこれまでの製品づくりや、使い手の意見に耳を傾ける姿勢を知っていたからです。

一度ボツになった
込み栓角ノミ復活企画が再浮上

「込み栓角ノミを復活してほしい、という要望は、はじめはこのフォーム経由で送ってみたんです。営業部の山本節さんからは『リョービの込み栓角ノミが廃番となった後、いちどは企画会議にのぼったが、採算面で合わないだろうということで見送りました』との返事があり、途方にくれました」と、今回の「込み栓角ノミの復活」の端緒を開いた木の家ネットのメンバー小田貴之さんは振り返ります。

それでも諦めきれず、小田さんは木の家ネットのメーリングリストに呼びかけました。「ひとりではない、多くの大工が望んでいるということを伝えよう」と多くの大工が賛同し、手刻みに必要な電動工具の廃番復活を訴えるコンテンツの公開や署名集めへとつながっていきました。

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営業部の山本節さん

そして、次に小田さんが松井鉄工所にコンタクトをとった時には、多くの大工たちの署名を携えていました。「これだけの人が必要としている。署名の数のインパクトは大きかったですね。じゃあ、作ろうと、社内の流れが変わりましたね」いちどは企画会議でボツになった込み栓角ノミ復活が、再浮上した経緯について、山本さんはこう語ってくれました。

次ページでは、試作機をさわってみた大工たちの感想をお届けします

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