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板倉仮設住宅 移設ものがたり part3 大工の声&今後の課題編

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課題編

総社に行ってきた大工たちの一部と、板倉仮設を設計した安藤邦廣先生とが、2018年10月に鶴岡で行われた、職人がつくる木の家ネットの総会で再会。そこでのやりとりや、そこに居なかった大工たちへの聞き書きから、感想よりも深い、今後に向けての課題が見えてきました。

(1) ハード面:再利用を前提とした仮設を広めるために
(2) 人材面:いざという時に動ける人材の育成とネットワークづくり
(3) 運営面:現場でのコミュニケーションを円滑にするには?
(4) 資材調達:緊急時に必要な資材が揃うためには?

さらに、12月21日には、このコンテンツの初稿ができたところで、移設に関わった大工たちと安藤邦廣さん、いわきでの仮設住宅群の現場管理に携わり、今回総社にいわきで解体した資材を送る差配をした金親丈史さんとでZOOMというインターネット会議システムで読み合わせを行いました。そこでの意見交換も、かなり入れた形で、構成しました。

お二人のプロフィールを簡単にご紹介させていただきます。

安藤 邦廣 さん

宮城県鳴子町生れ。筑波大学名誉教授。一級建築士。里山建築研究所主宰。日本の森林資源を活用するために通常の木造住宅の3倍もの木材を使う「板倉構法」を提案し続けている。東日本大震災後には、板倉の応急仮設住宅建設を提案した。(一社)日本板倉建築協会、(一社)日本茅葺き文化協会の代表理事。

金親 丈史 さん

秋田県秋田市生れ。筑波大学で安藤邦廣教授に師事。30代半ばで会津に移住し、建築設計、地域おこし、移住促進など、様々に活動。(一社)IORI倶楽部 事務局長、(一社)日本板倉建築協会 設立理事。福島で板倉の応急仮設住宅建設を実現させた裏方を務める。

(1) ハード面:再利用を前提とした仮設を広めるために

「再利用を前提に造る」ということ

仮設住宅でありながら、無垢のスギに囲まれた、気持ちのい空間を実現できていることは、造っている大工たちも、住み始めた人たちも太鼓判を押します。その心地よさは「これはもはや、仮設でなく、本設」というほど。それは、そのように意図していた通りのことでした。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) 仮設で終わるもの、という意識でつくってないんです。再利用されることを、最初から射程に入れていました。ストックになり得る仮設。だからこそ、金物接合に頼らない、板倉なんです。仮設は基礎を打たず、掘ったての木杭の上に組みます。それをまたバラして、次の敷地に持って行って、また組むためには、バラしやすい、伝統的な木組みのやり方が最適なのです。

土地買収や造成などは別として、仮設本体そのものにかけられる建築費用は、一戸あたり500万と、これは国の方で決まっています。これ以外に使用後の解体費用として50万の予算があり、合わせて1戸あたり550万となります。その予算の範囲の中で、できるだけいい住環境と、再利用可能性を、板倉仮設では実現しています。

綾部 孝司さん (綾部工務店・埼玉県) 柱の間に板を落とし込み、屋根をかけ、というところまでは早いんですが、その後、造作や外壁の板張り工程が多く、現場施工にかかる手間は、ほとんど一般住宅を施工するのと同じですよ。ハーフユニットの風呂場の板張りや、外壁など「面」を作るようなところは、一枚一枚板を張るのでなく、板をパネル化したものを取り付ければ、効率化をはかれるように思います。災害に向けて、板倉仮設の資材備蓄という視点から考えても、パネル化しておけば、ストックも可能になるのではないでしょうか。

綾部さんは、板倉仮設の部材を「災害への備え」としてストックしておくことに言及しています。プレハブの部材と違って、無垢の板材は、反ったり、痩せたりと行った経年変化が出るので、ストックに向かないのですが、パネル化すれば木材のあばれが落ち着くということもあるでしょう。構造材と板パネルを備蓄すれば、災害時にスピーディーに対応できそうです。一方で、備蓄が前提とならない状況あれば、こんな意見もあります。

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) 板材は全国どこでも流通しているものですから、現地の製材所経由で調達できるものでいいんじゃないかとも思うんです。特殊なものにしてしまうと、その製品をつくっているところからわざわざ入れなければならなくなりますから。

今回、造作材は内外ともいわきから持ってきていません。縁側の板の一部を持ってきただけです。

久良 大作さん (久良工務店・山口県) 木というのは、どこにでもある材料だから、現地調達できる。既製品を使わない良さは、そこにあると思う。

図面や施工マニュアルの整備を

いわきで初めて取り組んだ板倉仮設を、岡山に移設。いわきでの詳細な図面や工程マニュアルがあるわけでなく、モノとミッションが届けられる事となったため、現地の大工、全国から応援に駆けつけた大工が、福島での施工経験のあるわずかなメンバーの記憶を頼みに、試行錯誤をすることとなりました。

綾部 孝司さん (綾部工務店・埼玉県) 現場の話は聞いていましたが、図面を見ぬまま現地に乗り込みました。想像とは違うことなどもあり、細かいおさまりなど、決まっていない点も多く、判断や調整のために手が止まる場面も少なからずありました。

金田 克彦さん (大」建築・京都府) 大工は、図面さえあれば、なんとかやれちゃうんやけど、今回は、ざっくりとしたもの以外はなかったんで、大工たちがああでもない、こうでもない、と想像を膨らます時間が余計、かかったように思います。 軸組図、造作図、工程表、資材リスト、それに建て方や造作の要点。これからやってくんであれば、これだけの資料があったら、随分やりやすいと思いますよ。

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) いわきでも、図面ができ上がってからスタートするという時間的な余裕は全くなくて、走りながら考え、調達できる材料でつくってく、という感じでしたからね。どうやったか、という結果が表現されている図面がなかったんです。今後、板倉仮設を建てることになる被災地で使えるマニュアルをまとめていく必要あり、ですね。

プレハブとのあまりの差が
不公平感を生む?

大工の中には、板倉仮設住宅の良さを実感しているだけに「これでいいのだろうか」という疑問を募らせた人もいました。

藤田 大さん (淡路工舎・兵庫県) 板倉仮設に住む人は嬉しいだろうけれど、一方でプレハブ仮設に住まざるを得ない人もいる。木造仮設の良さは十分に分かるが「いいものを建てた」と満足するだけでなく、そこに格差を生んでしまう現実も考えなくてはいけないと思う。恒久住宅を建てるのが困難な年寄りや、身障者世帯が優先的に入るなら良いのだが。

「災害時には、弱者がより弱者になる」という構造があると聞きます。ここまでくると、建築の問題ではなく、行政の富の再配分の話になってきますが。もちろん「より大変な人にこそ、必要な支援が届く」ようであってほしいものです。

といって「だから、仮設住宅は全てプレハブでいいんだ」ということではありません。板倉仮設が最初に実現したいわきや会津若松の仮設住宅に入居したのは、楢葉町や大熊町といった、原発事故の影響により、帰還困難とされ、仮設供与期間の2年数ヶ月の間にそれがどうなっていくのか、先行きの見えにくい地域の方達でした。

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) 限られた予算と工期の中で「出来得る限り人間的かつ末長く使える住居」を提供することを目指して、板倉仮設は船出したのですが、その根底には「ピンチの時こそ、普段以上に手厚いサポートがあれば、その後の復活への気力が涵養される」との、思いがあったからです。仮設住宅の在り方として一般に思われている「人は、良い環境を施してしまうと、復活への意欲が損なわれる」の逆を行ったわけです。今後、板倉仮設住宅が、標準になることは無いでしょうけれど、選択肢の一つとして、可能性を残し、チャレンジしたい地域が現れたときは、その実現を支援できる体制を整えておくことは、大事だと思います。実現できた地域は「幸せな地域」であり、危急時に住民を大切に扱ってくれる地域として、内外に示すことになるのだと思います。

このような、被災後の傷心を和らげ、前を向く気力を取り戻せるような、そして再利用もできる仮設住宅が、国の仮設住宅建設予算の範囲内でもできるということを、多くの自治体に知って欲しいですし、平時にこそ、その施工プロセスを、施工者が学ぶ機会があれば、とも思います。

(2) 人材面:いざという時に動ける人材の育成とネットワークづくり

なるべく地元で、が基本

久良 大作さん (久良工務店・山口県) 福島で使われた仮設住宅を今度は岡山に移設。いかにもマスコミ受けしそうな話だが、解体、資材運送、建設と、トータルでいくらかかったのか。古民家再生には、新築と同じくらい費用がかかる。今回、構造材を再利用したことによるコストダウンは、福島から岡山という遠方への移設コストをカバーできたのか。そこにメリットがないのであればプロジェクト推進側の自己満足にすぎないのでは?

応援大工の中で、もっとも遠いマイケルは宮城から。関東や九州、四国からも応援がかけつけましたが、日当だけでなく、交通費や食費も総社もち。いわきから総社への24棟分の材の運搬費もしかり。はるか離れた土地に移築するために、仮設住宅本体以外にも出費がありました。いざという時に、今回のような遠くからの移設でなく、近隣からの移設が可能になれば、それはより良いことでしょう。そのためにも、各都道府県で、地元材を使い、地元の工務店が、復興住宅をも見据えた板倉応急仮設住宅を建設できる体制が広がっていくことが望まれるのは確かです。

で、今回の移設の収支ですが、詳細の取りまとめは今後、岡山県立大学の畠さんが研究成果として発表することになっていますが、ざっくり言えば、解体〜移設〜建設〜解体までの一式で一戸あたり550万という枠は超えてはいなかったそうです。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) 解体に2戸1棟あたり30人工、建て方に65人工。ここまでははっきりしています。これまでの経験上、板倉は木材費は大工手間が同じくらいかかりますが、総社では補足材以外の木材費はゼロ。造作までは集計しきれていませんが、木工事については、過剰で高いということはない。安く上がったと言っていいと思いますよ。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) プレハブでも木造でも、同じ500万なら、地元にお金が落ちる木造の方がいいよね

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) 実現された仮設住宅の価格が、高かったのか安かったのかについては、様々な要因が絡みますので、一概に評価を下すことはできません。ただ、再利用にあたっては、新築時に携った方々の熱意によってつぎ込まれた「有形無形の価値」もバトンされることは確かです。今回、総社に移設された板倉仮設についても、もし、ゼロベースでスタートしたとしたら、同様の工期と予算の中で同じクオリティーのものが実現できたかどうかわかりません。

外から応援が入る意味

もちろん、応急木造仮設住宅建設は、地元の大工が基本。とはいえ、完全に地元だけでこれを実現していくのは、なかなか、きびしいこと。なぜなら、地元には応急仮設住宅の建設以外にも、修繕が必要な現場がたくさんあるからです。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) 救助、救援、安全やライフラインの確保、避難所での生活や仮住まいの確保、地域の壊れた建物の補修、修復、再建についての相談など、地元の大工さんたちには、応急仮設住宅の建築工事以外にもやることが山ほどあって、大変そうでした。

高橋 憲人さん (大髙建築・兵庫県) 地元は自分たちも被災者でもあってたいへんだったので、外部からの応援が集ったのはよかったと思う。

綾部 孝司さん (綾部工務店・埼玉県) あそこ困ってるよ、みんなで行こうか。職人が直接つながる、そんなネットワークが昔からありました。それを復活させる時ではないでしょうか。

行く側になるか、来てもらう側になるか。いつそれが入れ替わっても不思議でない、自然災害の多い日本列島では「困った時はお互い様」。他所からの応援大工が地元の大工と混成チームを組み、地元の仕事を奪うことにならない範囲での必要な応援を、これからもしていく意義は、十分ありそうです。

動ける大工を育てる、つなげる

岡山県総社市でのこの板倉応急仮設の現場を経験した大工は80数名。次に同じような事態が起きた時に、この80数名は、被災地当事者としてであれ応援大工としてであれ「経験者」として動くことができます。また、今回は参加できなかったけれど、次には、と思っている大工もいることでしょう。そのような「応援大工」予備軍を作っておいてもいいのではないでしょうか

とはいえ「行きたい」「手伝いたい」というだけでは、被災地での現場は勤まりません。それなりの技術があり、チームワークの取り方を心得ている必要があります。そのためには人材育成が必要です。

金田 克彦さん (大」建築・京都府) こういう場こそ、プロでないとできない。きついようですが、中途半端な大工が来てもジャマなだけ。自分で適切に判断して作業を進めることのできる者でなければ、緊急時を乗り切ることはできないでしょう。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) こういうことをやってくためには、平時が大事なんです。次の災害が起きる前に、それができる体制をいかに作れるか

全木協では、木造応急仮設住宅建設講習会を各地で開いています。板倉仮設は全木協で講習している在来工法とは段取りが違いますから、たとえば、日本板倉建築協会が主催して、今回関わった大工が講師となって施工者のための実技講習会を開いては? 所定の講習を修了した人には協会が「板倉仮設認定大工」の資格を付与し、そして認定大工として登録した人には、メーリングリストなどでいざという時に人材募集の呼びかけが行くようにするのです。

全国をいくつかのブロックに分けて巡回講習会をすれば、その地区での講習会に参加した大工たちが、いざという時の「近県のチーム」を組むことができるようになるでしょう。そのチームで時々会合を持つなどして、知り合っておけば、災害時だけでなく平時にもネットワークができるかもしれません。このようにして、全国に散らばる「板倉仮設認定大工」がつながるゆるやかなネットワークが構築できれば、いざという時に、ある程度の段取りが分かった大工が、素早く集結することができるに違いありません。

職人養成学校で
カリキュラムに組み込む

板倉構法は、木と木を組んでつくりあげる伝統木造としては、規格化しやすく、取り組みやすい構法でもあります。静岡の日本建築専門学校、富山の職藝学院、金沢の職人学校、京都の京都建築専門学校など、全国には、大工職人を養成する学校がいくつかあります。そうした学校に、この「板倉仮設住宅建設実習」をカリキュラムに取り入れてもらうのもいいかもしれません。 現場で実際に働いている大工たちには及ばなくても、少なくともその手元として動けるようにはなるのではないでしょうか。大工としての社会的な使命に目覚めるきっかけにもなります。

あるいは、大工以外の働きが必要な場面もあるでしょう。人の出入りやアゴ(食事)アシ(交通手段)マクラ(宿)や資材管理など、ロジスティックやマネージメント面での業務のサポートが現場には不可欠です。東日本大震災後にいくつかの大学で取り組んだように、そういったボランティア活動を、学校の単位として認定してもらうよう仕組みを作ってもらってもよいでしょう。

和田 洋子さん(記録班) ((有)バジャン・岡山県) 時間もない、危険も伴う被災地でスムーズに作業を進めていくには、作業をこなせるだけの一定の技能、周囲と連携できる協調性、が必要になります。現場では自発的、積極的、主体的、能動的に行動できるよう、本職であっても学生であっても、一定の認定基準をクリアしておくことが必要な気がします。

平時に「板倉仮設」を周知し、講習会などを通じて人材を登録し、ネットワークすること。それが次の災害への備えとなることでしょう。

板倉仮設の良さとは何か? を打ち出す

話をpart1の復習に戻しますと、応急仮設住宅の選択肢としてプレハブしかなかったところに、東日本大震災後、全木協が立ち上がり、各都道府県と災害協定を締結したことで、木造という選択肢が加わりました。全木協で木造応急仮設住宅建設のための講習会を開いていますが、そこで講習しているのは、在来工法です。

板倉構法による仮設住宅は、在来工法の木造応急仮設住宅とは、違います。もっとも大きな違いは板倉構法では「ボルト以外の接合金物や接着剤は使わない」という点でしょう。だからこそ、構造材をバラして再利用することが容易です。

直せるように、再利用できるように造る、ゴミにならない材料で造る、というのが伝統木造の基本です。金物で材と材とを表面で接合すると、金物を留めつけるのに大量の釘を使い、解体することが難しくなります。

板倉仮設を各自治体における仮設住宅の選択肢の一つとして加えるためには「なぜ板倉仮設がお勧めなのか」ということを、説明できることも必要です。選ぶのは、各自治体ですから。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) 板倉構法では、大量の板材を使います。使用する木材は、同じ大きさの在来工法の3倍にもなります。山の森林蓄積が高まっている中、どんどん木を使っていくことは、山元にお金を還元し、山の健全な循環を促すことにつながります。

和田 洋子さん(記録班) ((有)バジャン・岡山県) 今、造っているものが、人の役に立つということだけでなく「これが二年経ったら、解体されて終わりでなく、またどこかで再利用されるんだ」ということで気持ちが強くもてるのではないかと思いました。

いわきや会津若松で建てた板倉仮設住宅のその後の再利用について、金親さんに訊ねて見ました。会津若松では、一度解体して基礎工事をやり直し、界壁を介して二戸で一棟だったのを、一棟一戸に改修して、災害復興住宅として再利用したほか、福島県内でトータル97棟(206戸)を建設した板倉仮設のうち、57棟を再利用。残り40棟の内、5棟は部材確保に使用、他は解体処分となったそうです。

応急仮設住宅のための費用として一戸あたり550万という予算には「解体して更地に戻す」ところまでが含まれており、その解体作業は多くの場合、各自治体での競争入札となります。再利用を前提にした解体は、解体廃棄の場合と比べ、どうしてもコスト的に不利となってしまいます、解体事業を落札できないがために、再利用ができなくなるとしたら、なんとも勿体無い話です。今後「再利用を前提とした応急仮設住宅」を支援する体制が、国や行政でもとられていくと良いですね。

地域の森林資源の有効活用。再利用を前提とした応急仮設住宅。板倉仮設のもつ「価値」や「可能性」を、よりわかりやすく説明する広報活動が必要です。ちょうど、これから「再利用」のための移設工事が福島県内では続くので、それが公開見学会となることもあるそうです。多くの自治体に関心を持ってもらうチャンスとなるといいですね。また、同じく木造仮設を進めていく全木協と対峙するのでなく、むしろ選択肢を広げる方向で協働していく可能性を探れないでしょうか。「選択肢の一つとして」板倉仮設住宅が周知されていくことを望みます。

(3) 運営面:現場でのコミュニケーションを円滑にするには?

マネージメント担当の
存在は不可欠!

移設プロジェクトの全貌を把握し、全体をとりまとめるマネージメント役がいなかったことが現場の苦労や混乱を招いたことは、part2 実録編でも述べました。

宮内 寿和さん (宮内建築・滋賀県) 木工事の段取りをする現場監督がいなかったから、大工が相談しおうてやってるような状態で、ロスや手戻りが多く、みんなイライラしながらやってました。終盤にそのしわ寄せが来て、みんな雨が降ろうと、夜遅くなろうと。かなり無理をして施工していました。足場から落ちた人間もいます。間に合わせ!となれば、大工は寝んと頑張ってしまう。しかも、自分の現場を置いて来ていてそう長い期間いられない大工連中は、入れ替わり立ち替わりやってくる。短い期間で大変なことを成し遂げなければならない現場だからこそ、そして無理できてしまう、してしまう大工たちばっかりだからこそ、無駄のない作業方法や無理のない工程管理での進行を把握する現場監督がいなくてはならなかったと思います。

混乱は建設現場だけでなく、県外からの応援の宿泊場所、朝昼晩の食数の確認などにも及びました。総社では、たまたま人集めをする声かけ役をしたマイケルが、その面倒を引き受けざるを得ない状況になりました。地元に戻るので彼が抜けると、その状況は混乱ごと後進に引き継がれ、引き渡し時期が迫る中、その困難はさらに大きなものとなりました。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) みんなに「来てよ」って呼びかけた以上、俺がマネージメントしなきゃという覚悟はあったけれど、本来その立場にない。そこは、やりづらかったかな。もっと大変だったのは、俺が三陸で元々入っていた用事で帰らなきゃならなくて、その後を引き継いだ大野さん。彼がいなかったら、終わらなかった。好意と責任感だけで引き受けてくれたことには、感謝あるのみです。

応急仮設住宅は、法律的には建築物を作るのではなく、完成品を納品する扱いになるため、設計側からの監理は入れないのだそうです。となると、請負側に、設計意図を熟知して現場を仕切れる現場監督の存在が不可欠となります。また、全国の応援大工からなる混成チームで災害復興支援をするようなことがあれば、応援大工たちの出入りや滞在中の環境整備のマネージメントもしなくてはなりません。それなりの専属でマネージメントできる人材をしっかりと確保しないと、今回のような無理な状況が生まれかねません。

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) 76棟の板倉仮設住宅を建設したいわきでは、木造に慣れている現場監督が4人つきました。そうでなければ回らなかったと思います。福島県では、東日本大震災以前から、地域材で地域型の住宅を造ろうという運動が動き始めていて、地域ゼネコン+設計者+大工のネットワークが各地でできていました。福島県が地域工務店に対して仮設住宅建設を公募できたのも、そうしたネットワークがすでにできていたからです。奥会津から板倉仮設住宅建設に名乗りをあげた佐久間建設工業も、そのような地域ネットワークの核となる、福島県三島町の地域ゼネコンです。総社市では市長のつるの一声で板倉の移設を決めましたが、それを受ける側となった総社市建設業協同組合にとってみれば板倉を見たこともないという中で「降って湧いたような話」で、対応に戸惑ったのも当然だったと思います。

今後、災害に見舞われて応急仮設住宅を作ることを迫られる自治体が「再利用のできる板倉で」と決断する時は、自治体のトップが決断をすることになります。しかし、その建設自体を請け負う地元の建設組合などが、板倉の施工法や工程、応援大工のマネジメントまでを含めた現場管理の組み立てが即座にできるとは限りません。まして、被災地地元の業者であれば、応急仮設住宅建設以外にも対応することがたくさんあって、そこを組み立てる余裕がないことは、容易に想像がつきます。「板倉仮設」を採用する自治体に、板倉応急仮設住宅建設をマネジメントのできる人材を、日本板倉建築協会から現場監督のアドバイザー的な立場で派遣するのも一つの解決策となるかもしれません。仮にその人件費が国の500万から出ないとしても、将来復興応援住宅につながることとして、自治体が支出するだけのメリットはありそうです。

工程管理の面で言えば、施工体制が整っていないのに、入居日だけが事前に入居予定者にアナウンスされていたことにも問題があったかもしれません。国、県からの応急仮設住宅の計画よりも先んじて、総社市として板倉仮設の誘致に動いた。そのスピーディーな対応が、早い入居につながった、という良い結果がほしいという意図もあり、それが現場に無理をさせることにつながったかもしれません。工期は、工事の進捗を左右する大きな因子なので、様々な立場の関係者間での十分な調整が必要です。「引渡し日」は一度公になってしまうと、一人歩きし始めるものですから、公表に際しては、慎重でなくてはなりません。

あふれかえる
板材の管理

ただでさえ材積が大きい板倉構法の家が、ほぼ同時に何棟も建設される現場には、資材があふれかえります。特に量や種類の多い板材が整理されていない状況は、大工の手が止まる要因となります。使う材の種類をなるべく減らし、寸法や仕様を規格化すること、現場で資材を使いやすく整理することは、限られた工期での完成が第一義となる中で、重要な課題でしょう。

丹羽 怜之さん (丹建築・三重県) 延々羽目板張りをしていましたが、材料となる板の種類が混ざってしまったり、無駄な動きもあったので、次回あるとしたら、資材の置き方なども合理的にできたらいいかなと思います。

綾部 孝司さん (綾部工務店・埼玉県) 後半に参加したこともあり、作業は皆が臨機応変に対応している様子でしたが、建て方前に落とし板材が養生もなく雨ざらしで直置きされていたため、幅反りし使えないものがあったり、構造材の溝を加工し直したりなど不要な手間がかかったと聞きました。現地調達の造作材や下地材も工程優先のためか大量の半端材が出てしまっていたことが気になりました。

増田 拓史さん (muku建築舎・三重県) 雨に祟られましたね。落とし込み板が濡れてしまったことで膨れて、柱の溝に入らず、溝のしゃくり直しからせんならなくて、大変でした。材を再利用するのであれば、送り出す側で運搬、保管に耐えられるパッキングをしてもらわんとね。あと、ほぐしたのと逆順に梱包を解いて行けばいいような、資材の番付をしておくといいと思いました。

バタバタした現場だからこそ
丁寧なコミュニケーションを

実力のある、個性豊かな応援大工たちが泊りがけで共同作業するという「濃い」日々。現場監督は不在な上に、親方衆が何人もいて、年輩大工から親方に連れられてきた弟子までいる、年齢も地域もバラバラの寄り合い所帯。しかも大工には「理解が早く、思い込みが強い」という人も少なくないようで・・・当然、行き違いも生じやすくなります。だからこそ、人の話に耳を傾けあう、対話が大事!ですね。そのあたりを分析してくれた大工もいました。

山本 耕平さん (杣工社・岡山県) 僕自身、大変参考になったのはやはりこまめなコミュニケーションの重要性です。大工に限らず、自分も含め人は妄想に走る傾向にあるようです。疑心暗鬼になり、パラドックスに気づかないままに相手を批判し攻撃的な言葉や姿勢で接し始める前に「おはよう」からはじめて、気にかかる部分も掘り下げて共有できるようになればずいぶんとストレスを感じない健康な現場になるなと思いました。
特に職人が修行のなかで纏いがちな重たい雰囲気は若手から意見を伺いにくい障壁のようなものになりがちのようです。自分も「話をするまでは怖い人だと思っていました」とよく言われるのには驚いています。自分を諭すように自分の仕事に反映しようと思います。

宮内 寿和さん (宮内建築・滋賀県) 現場には大工たちだけでなく、出入りする応援大工たち含め、安全に、スムーズに現場を回していくマネージメント体制が必要です。今回、それがなかったことが、しんどさとなって、それぞれが地元に帰った後の現場にも影響が出ています。「板倉仮設住宅」の仕様はあれでほぼいいと思います。災害時という緊急事態の中で対応しなければならないことだからこそ、そして、ただでさえ人材不足の中で大工たちを集めてやらなければならないことだからこそ、うまく回っていく体制づくりを、次の災害までに、日本板倉協会なりどこかでしっかりと、作っておく必要があると思います。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) 「災害の応援に来たんだから、大変な思いをするのはあたりまえでしょ」ではいけないと思います。自然には逆らえません。ここのところ、災害は日常的に起きる、というぐらいの頻度でありますし、それに随時対応していくしかないのです。だからこそ、関わる人が疲弊しないよう、スピーディーに、より効率的に動ける仕組みを、常日頃から作っていかないとね。

(4) 資材調達:緊急時に必要な資材が揃うためには?

木材はストックがむずかしい
フローでの対応を

プレハブ建築協会は鉄骨プレハブの仮設住宅用資材を常時一万戸分ストックしています。ならば、板倉仮設住宅の部材を各地である程度ストックしてはどうか?という議論もありましたが、日本板倉構法協会の安藤先生は次のように言っています。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) プレハブの資材と違って、木は自然素材だから、長期間保管すると狂いが生じやすいし、腐朽のリスクもあります。フローとして流通している材木で、いざとなればすぐに作れる体制を作っておくしかないんです。

四寸角の柱、一寸厚の本実の板材、という基本的な材料で組みあげることができるので、普段からそうした基本的な木材需要がコンスタントにあれば、板倉仮設の供給体制はできていく、ということなのです。特に、板倉では板材を多用しますから、板材のフローが潤沢にあることが、板倉仮設建設の道を開きます。

安藤 邦廣先生 (日本板倉建築協会 代表理事・茨城県) 福島に板倉仮設を建設した時は、板材の供給は徳島に依頼していましたが、全国に何箇所か、いざという時に板倉仮設に協力してもらえる製材所を増やして行きたいですね。

必ずしも住宅でなくても、これまではプレハブで作っていたような仮設の現場事務所、作業小屋、物置などを、普段から板倉構法でつくることも、板材需要の拡大とフローの増大につながるのではないでしょうか。

綾部 孝司さん (綾部工務店・埼玉県) パネル化するなどしてユニットで保管すれば、ストックも可能ではないでしょうか。人力でも積みやすく、現場へも納めやすいかたちを模索すると良いと思います。

災害発生時においても、家を失うほどの甚大な被害は、局所的であることが多いもの。市町村全ての自治体の倉庫に、少しずつ保管しておけば、近隣で甚大な被害を受けた場所に持ち寄ることで、ある程度カバーできるかもしれません。一箇所で大量にストックするよりも、網の目状に少量ずつ持ち合うことで、保管に関わるリスクを分散することができます。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) 東日本大震災の直後に、その頃僕がいた飯能市に、板倉の仮設住宅用に材をストックすることを提案して、市にワーキンググループまでできたんですよ。その後どうなったかはわかりませんが。飯能は西川材産地なので、そこで備蓄をし、3年何もなければ流通に回す。それだけでも、ものすごい量の材が動くはずなんです。災害時にこそ、地域資源を、ストックを生かす。それが災害の備えにも、地域資源や経済の循環にもつながるのではないでしょうか。行政と組んで、そういうアクションを形にできる仕組みづくりをしたいですね。

以上、2011年に福島県いわき市で応急仮設住宅として建設され、7年間供与され板倉仮設を、岡山県総社市に移設するプロジェクトに関わった大工たちの生の声から、行ってきた感想と、今後に向けての課題を抽出してみました。

金親 丈史さん (IORI倶楽部・福島県) 災害時という緊急事態に、全国から呼びかけに応えて職人が集まって来て、これだけのことを成し遂げた。それ自体がすごいことです。報道も少ないので、一般の国民はなかなかこのようなことが起きていることを知りませんので、今回のようなコンテンツが公開されることは、当事者として喜ばしいことと思っています。今後もこのような板倉仮設住宅について、公開できるものは公開していきながら、今後につなげていきたいと思います。

大工とは何か。その定義が次のようになる予感がします。医療、看護、と同じように、被災地で直接に力を発揮できる職業のひとつとして認識され、機能していく未来を、創っていきましょう。

1) 人に頼まれて、建物を建てたり修理したりする職能を持った人
2) 災害時に家を失った人の家を建てる人

最後に、この移設プロジェクトと職人がつくる木の家ネットの大工たちをつなげてくれたマイケルの言葉で締めたいと思います。長文のコンテンツを最後までお読みいただき、ありがとうございました。

マイケル 杉原敬さん (木工房瑞・宮城県) 自分が親方から受け継いだ技術が、普段の仕事に留まらず、住み慣れた土地を離れたり緊急時であったりしても必ず活かせるという事、そしてそれが暮らす人の命を守るという事に直結しているという事を今回、実感しました。

その時々、そこの環境に応じて最適な答えをその場で作り出す。お互いへの信頼と技術の中にある普遍性をつなぐ。それをずっと昔から繰り返して、培われてきた技術が、大工はじめ職人たちの中に息づいています。

災害列島と呼ばれる日本にあって次に命をつなぐためにも、このような技術とそれに向き合う心の伝承は決して絶やしてはならないと、強く思います。

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