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緑の日本であり続けるために


植林が放棄された禿山が25,000haも

林業とは木を植えて育て、大きく育った木を伐採して収入を得る産業です。伐採した後は、苗木を植え、あるいは自然に発芽した木を育てて新しい森をつくっていきます。木が育って家の材料になるまでには少なくとも40?50年はかかり、100年や200年という途方もなく長い時間をかけて木を育てている林業地もあります。ですから、自分は祖父や父が植えた木を伐り、子や孫のために木を植えるというのが林業では当たり前のことになります。こうしたサイクルが繰り返されることによって、林業は産業として継続することができるのです。

シカに樹皮を剥ぎ取られたため、枯れてしまったヒノキの苗木

ところが最近、多くの森が伐採された後に木が植えられず、禿山のままで放置されています。林野庁の調査によると、伐採されてから3年以上経っても木が植えられていない森が全国に25,000haもあるといいます。東京ドームの広さが5ha弱ですから、その5,000個分以上もの広さの森が伐りっぱなしになっているわけです。もちろん、中には周囲の木々から落ちた種が自然に発芽し、次世代の木が育ちつつあるところもあるでしょう。しかし、せっかく発芽しても、まだ小さなうちにシカなどの野生生物に食いちぎられてしまい、何年経っても禿山のままになっているところもたくさんあるのです。

なぜ、このようなことが起きているのでしょうか。それは国産の木材(国産材)の売れ行きが悪く、木を売った利益では植林して森をつくる費用がまかなえなくなっているためです。それどころか、立ち木を伐採して丸太を生産し、市場で売ってみたら、あまりに価格が安かったために伐採や運搬にかかった経費も出ず、赤字になったという話さえ聞かれます。そうなると、赤字を出してまで植林はできないという人が出てきても不思議ではありません。

40〜50年かけて育てた木を伐っても赤字?

伐採収入では植林の費用がまかなえないという事態が生じていることについて、実際の収支例を見てみましょう。下の図は宮崎県内でスギ林1haを伐採した際の木材販売収入と再造林の経費、差し引きの収支がどうなったのかの例です(樹齢は推定で40〜50年程度。丸太を販売する際には、市場で競りや入札にかけて売る場合と、製材工場などに直接売る場合との2つの方法がありますが、この例は後者です)。

立ち木の売上げでは植林・育林費用まで捻出できないために再造林されない山が増えている

この例では、丸太の販売額から諸経費を差し引いた収入が70万円で、伐採跡地に植林する経費が83万9,000円ですから、差し引き13万9,000円の赤字となってしまいます。ですが、植林経費に対する補助金が活用できるので、最終的な収支は32万6,000円の黒字となります。ただし、植林した場合には翌年から下刈り(夏場に草を刈って苗木の成長を助けること)をしたり、ある程度の太さに育ったら枝打ちをしたりといった木を育てる作業をしなければなりません。そのための費用はカウントされていませんから、そうした作業を行ううちに、せっかく得た利益も使い果たしてしまい、結局は赤字になってしまうことが予想されます。 40〜50年もかけて育てた木を売ってもこの有様では、経済行為として成り立つはずがありません。植林が見合わされるのにはこのような事情があるのです。中には立ち木と土地とがまとめて伐採業者に売り払われ、経営が完全に放棄されてしまうケースさえあります。土地の値段は二束三文ですから、業者も伐採を目的に買ってはくれますが、後の植林まで行う余裕はありません。結局、伐りっ放しにしてしまうわけです。

50年前と同じ立木価格。でも人件費は20倍。これじゃあ、やっていけない・・

林業の採算が悪化している最大の原因は国産材価格の低迷です。立ち木(立木=りゅうぼく)や丸太の価格がどのように推移しているのかを関連する指標と比較しながら見てみましょう。

※日本不動産研究所が発表している最新の立木価格は2004年3月末時点のもので、スギは4,407円とさらに値下がりしています。本文は他の指標と比較する関係で、2003年の価格を取り上げました。 ※「立木価格」とは文字通り山に生えている立ち木の価格です。通常は市場価逆算方式といって、丸太の販売価格から伐採経費や市場に出荷されるまでの運搬費などを差し引いた残額(森林所有者の手取額)として求めます。

2003年3月末時点のスギの立木価格は全国平均で4,801円(1m3当たり)と、過去最高値を記録した1980年の1/5程度にまで落ち込んでいるのがお分かりいただけます(前月号で徳島の林業家、和田善行さんも触れています)。スギの立木価格が5,000円を下回ったのは1955年以来、実に48年ぶりのことです。つまり、今のスギ立木価格は半世紀ほども前と同じ程度ということになります。

ところが、木を伐採したり、搬出したりする作業にかかる人件費はこの半世紀で大幅に上昇しました。伐採搬出作業に携わる労働者の平均賃金(日当)をみると、55年は523円でしたが、2003年は12,110円と実に20倍以上です。価格が同じで人件費が20倍では採算が悪化するわけです。スギ立木1m3の販売価格で何人の労働者を雇えるかを試算すると(立木価格÷労働者賃金)、55年は8.6人を雇えたものが、価格ピークの80年でも2.6人しか雇えず、2000年は0.7人と1人を下回り、03年はとうとう0.4人しか雇えないということになってしまいました。

丸太1本の価格は1,000円くらい

さて、同じグラフでスギ丸太の2003年の価格は、10.5cm角や12cm角の柱を1本製材できる中丸太が14,300円/m3となっています。これも立木価格と同様に大幅に値下がりしていて、過去最高値(1980年)の3分の1以下にまで落ち込んでしまいました。製材品の価格もスギの柱(10.5cm角)が03年は42,400円/m3と、80年の6割程度に落ち込んでいます。

木材の価格は一般に1m3単位で表されますが、丸太や柱が1本当たりだとどれくらいの価格になるのかを、2003年のデータで見ておきましょう。丸太の場合、1m3とは長さ4m、末口直径16cmの丸太ほぼ10本分に当たります。ですから、1本の価格は「14,300円÷10」で、わずか1,430円となります。一方、柱の場合は、表に載されている長さ3m、太さ10.5cmのものが30本でほぼ1m3になりますから、1本の価格は「42,400円÷30本」で1,400円くらいです。いずれもみなさんの想像よりもかなり安いのではないでしょうか。よく「木は高いから」といった言い方がされますが、40年も50年もかけて育てられた木から生産された丸太や柱がこの程度の価格なら、むしろ安いと思われるのではないでしょうか。

なお、このデータでは丸太1本と柱1本の価格がほぼ同じになっていましたが、丸太は柱の原料ですから、ちょっとおかしいですね。これはこの表に掲載されている価格があくまでも全国平均であるため、特に丸太の場合、品質が多少良いものの価格や、比較的高値で取り引きされる産地の価格も混ざりがちなためです。実際、2003年の14,300円/m3はちょっと高い感じです。並クラスの丸太価格は、それよりもやや安い10,000円?12,000円/m3くらいと考えた方が実勢に近いと思います。そうなると、1本の価格は1,000円程度ということになります。

一方、柱の価格も全国平均であるのは同じですが、丸太に比べて広い範囲で流通するため、地域による価格差はそれほど生じません。ただ、ここで取り上げているのは丸太も柱も、「並材」と呼ばれる普通の品質のものです。米なら魚沼産コシヒカリ、肉なら松坂牛といったブランドがあるように、木材の場合も吉野スギや秋田スギといった高級ブランドがあります。それらの高級品になると、柱1本が10,000円以上もするものもあります。また、実際の取引価格は数量や決済方法でも変わってきます。このあたりの流通事情についてはまた別の機会にレポートしたいと思います。

それではなぜこれほど国産材が安くなってしまったのか。あるいは、それほど値下がりしたにもかからわらず、国産材の需要が低迷しているのはなぜなのか。次ページで考えて見ましょう。


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