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日本人の暮らしと木

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■木曽桧の薄板を曲げる

長野県の木曽地方では、昔から木曽桧をはじめとする豊富な木材資源を活用して、さまざまな職人技が発達してきました。薄く削った桧の板を曲げて円形や楕円形の容器をつくる「曲げ物」もそのひとつです。3年ほど前に木曽路の奈良井宿で永井今朝雄さんという曲げ物職人に会い、曲げ物にまつわる話をいろいろと聞かせてもらったことがあります。永井さんは曲げ物職人の3代目で、この道に入ったのは昭和25?26年といい、もう50年以上も曲げ物づくりに携わっています。家業のかたわら、民宿も経営されていて、宿泊者は曲げ物づくりを体験することもできます(要予約)。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町並みの一角にあるお店は、古い宿場町らしいつくりの木造2階建てで、間口に比べて奥行きが深く、永井さんの仕事場も街道に面した民宿用のスペースから奥に入った一室にありました。

曲げ物に使われる桧の板は厚さが1?2mmくらいのごく薄いものです。合わせ目のところはさらに薄くて厚紙くらいの厚さしかありません。いまは製材所から仕入れていますが、昔は地元の営林署(現森林管理署)から丸太を仕入れて自分で削り出していました。板は柾目板にするので、年輪に対して直角に刃を入れて丸太を放射状に割ります(割った木がみかんの房のような形になるので「みかん割り」といいます)。そうやって適当な大きさにしてから専用の刃物で削り出していきます。手作業で削ると「へぎ目」という不規則で微妙な目が浮き出て味わい深い表情になります。今でも「へぎ目を」という注文がたまにあり、そういうときは自分で削ります。曲げ物の上板や底板にする丸い板も昔は自分で削りました。「真四角の板の角を3?4回も削れば面が取れた。15回もやれば丸にしちゃう。今はとてもできないがね」

曲げた板の合わせ目はいったん糊で留めてから、細いノミで小さな穴を穿ち、桜(ヤマザクラ)の皮を通してしっかりと固定します。昔はご飯粒をすりつぶしてつくる「そくい」という糊を使っていましたが、今は木工ボンドです。桜の皮は専門の業者から仕入れることもありますが、自分でも山に採取しに行きます。時期は7月から8月。特に8月は「8月のはじけカンバ(桜の異名)というくらい剥けやすい」といいます。ただ、8月になると、どの木も葉が青々と茂り、遠目にはどれが桜なのか見分けがつきません。そこで春先の花が咲いているときによく見ておいて、だいたいの検討をつけておきます。直径10cmくらいの木の皮が厚さ的にちょうどよく、1本の木を伐り倒して丸ごと皮を剥きます。切り株からは新しい芽がいくつも出てくるので、また何年かすれば皮を採取することができます。剥いた皮は表と裏の両側から少しずつ削って薄くしていき、ちょうどよい厚さに仕上げていきます。

■東京の蕎麦屋を支えた木曽の曲げ物

永井さんが一番よくつくったのは蕎麦屋で使われる碗蓋やざる受けです。注文先は東京。戦後復興の時代、東京では数多くの蕎麦屋が開業し、木曽の曲げ物を注文しました。「正月から8月のお盆まではざる受けばかりつくり、お盆を過ぎたら蓋をつくっていた。ざる受けは1カ月に行李5つ分くらいつくった。ひとつの行李に100個だから500個。蓋は1カ月に1000個はつくった。年末近くになると年越し蕎麦に間に合わせるために大忙し。東京の漆器屋さんが品物を自分で取りに来て背負って帰っていった」。ところが、プラスチックが登場すると、蕎麦屋向けの仕事は急減します。「一発でやられましたね。最初はプラスチックもすぐ割れるものばかりだったが、だんだん丈夫な物が出てきて、漆をかけられるものまで出た。桧の方は値段が高くなる一方なので、蕎麦屋がみんな安いプラスチックに替えてしまった」。結局、碗蓋やざる受けづくりが忙しかったのは昭和55年ごろまでだったそうです。

いま奈良井宿には永井さんのほかにもまだ何人か曲げ物職人がいて、中には漆塗りまでを家族で一貫生産しているところもあるようです。奈良井宿には彼らの作品が置かれている店が何軒かあり、メンパ(曲げ物でつくったお弁当箱)やざる蕎麦用の容器セットなどが売られています。往時に比べると人数はかなり減ってしまったのでしょうが、それでも今もその技は確実に受け継がれているのです。実は私も永井さんのところで実際に曲げ物づくりを体験してみました。つくったのは柄杓です。永井さんに教えてもらいながら桧の板を曲げて重ねあわせ、鑿でうがった穴に桜の皮を通して固定しました。できあがった柄杓はとてもとても軽く、柄をささえ持った感じはふわりとしたものでした。薄く削った桧だからこその軽やかさなのでしょう。そういえば店先で見た漆塗りのメンパも、黒光りする見かけからすると意外なほどの軽さでした。中にご飯を入れると、その重みだけが手に伝わるような感じだろうと思います。使う人にやさしいそんな曲げ物づくりの技がひっそりと息づいている。そこが木曽という地域の奥深さなのだろうなと思ったものでした。

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