天然木曽ヒノキの美林。樹齢は300年程度と推定されている。
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緑を絶やさないために

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注)木曽の木材業界では、天然木曽ヒノキ材を「木曽檜」、人工的に植栽されたヒノキ材を「きそひのき」とし、それぞれを漢字とひらがなで表記することによって区別して扱っています。本欄では、「木曽檜」材を産出する天然木曽ヒノキ林について言及しています。

江戸時代の禁伐政策がもたらした
樹齢300年の美林

今年10月、平成17年6月に伊勢神宮の式年遷宮に使われるご神木が伐採された木曽・赤沢の森を3年ぶりに訪れてきました。林内ではベニマンサクやシロモジが色づき始め、山はこれから一年でもっとも美しい時期を迎えようとしていました。そして森の奥、「千本立ち」や「奥千本」と名付けられた天然木曽ヒノキの林では、胸高直径(地表から1m20cmくらいのところの直径)が60cmを超え、樹高も30mに達する樹齢300年のヒノキがまさに林立している姿を見ることができました。これだけのヒノキの大木が1カ所にひしめいているのは木曽、そして岐阜県東濃地方の裏木曽くらいのものです。まっすぐなヒノキの林は、まさに森閑とした空気を醸し出していて、見ているこちらの心持ちも自然と静まってくるような気がしました。

木曽では1500年代から1600年代にかけて木材生産が本格化しました。特に豊臣秀吉や徳川家康の時代には城郭や神社仏閣の建築用材として、それこそ禿山に近い状態になるまで伐採が進んだと推定されています。現在のヒノキ林はその跡地にもたらされた種が発芽し、長い時間をかけて育ってきたものだと言われています。ですので、大きなものの樹齢はだいたい300年くらいで共通していて、最高で400年程度まで。それ以上のものはありません。

木曽で現在のような美林が形成されたのは、江戸時代に尾張藩が厳しい山林保護政策を敷いたことに由来しています。1665年(寛文5年)に設けられた巣山・留山制度では、鷹狩用の鷹を保護する目的で山林への立ち入りが禁止(巣山)されるとともに、山林資源を保護するために伐採が禁止(留山)されました。さらに1707年(宝永5年)にはヒノキ、サワラ、コウヤマキ、アスナロの4樹種が禁伐になり、その後ネズコもこれに加えられました。これら5種類の「停止木(ちょうじぼく)」がいわゆる「木曽五木」です。当時は「ヒノキ1本、首ひとつ」といわれるほど、留山の禁伐が厳格に運用されたといいます。こうした厳しい保護政策によって、木曽ヒノキの美林がもたらされたわけです。

将来は「木曽アスナロ」の森になる?

ヒノキの枝葉が上空をさえぎっているため、林内は薄暗い。

このように大切に守られてきた木曽ヒノキですが、戦後の復興時や高度経済成長期に盛んに伐採されたことや昭和39年にこの地を襲った伊勢湾台風による風倒被害などによって、資源量は激減しています。青森ヒバ、秋田スギと並んで日本三大美林と称され、建築用材としては最高級品に位置づけられる木曽ヒノキもそう遠くない将来、一部の保護林を除いて姿を消すことになるでしょう。それらの保護林もそれぞれの木が寿命を全うすることで失われる運命にあります。

それではヒノキがなくなった後はどうなるのでしょうか。正確に予想することはできませんが、今の状態からすると、木曽五木のひとつであるアスナロの一大群落が形成されるのではないかという見方があります。アスナロは別名をヒバといい、三大美林のひとつ、青森ヒバと同じ仲間です。この木はごくわずかしか光が入らないところでも育つことができる「陰樹」で、ヒノキの高木に頭上をさえぎられた地表近くの暗いところでも旺盛な成長を示しています。もちろん、周囲のヒノキを母樹とするヒノキの幼木もあるにはあるのですが、成長のために光が必要な「陽樹」であるヒノキは育ちが悪く、アスナロに圧倒されています。

このようなヒノキやアスナロの性質を考えてみると、もともとこの地で天然ヒノキ林が形成されたのは、秀吉や家康の時代の強度伐採で林内にあまねく日差しが注がれるようになったからだと考えることもできます。それらのヒノキが成長し、日差しが葉でさえぎられるようになった結果、ヒノキの成育には適さない環境がもたらされたというのは皮肉な話ですが、これは今に始まったことではなく、かなり前から木曽の山はそのような状態になっていたのかもしれません。というのは、千本立ちや奥千本の森では、そこそこの大きさに育っていてもいいはずのヒノキの後継樹が見当たらないのです。過去には、あるいは現在も、いま立っているヒノキから種が落ちているはずですが、それが育たなかったというのは、早くから将来的にこの地では天然林のヒノキ林がなくなる運命が決定付けられていたのだとも言えるでしょう。そう考えると、江戸時代の禁伐政策が、林業的利用を考慮して適切な抜き伐りに道を開いていれば、ヒノキ林を永続的に循環させる環境を整えることもできたのにと思わなくもありません。

アスナロは地表近くで長い年月を耐えた後、上木が伐採されたり自然に倒れたりして陽が差し込むと、ぐいぐいと上に向かって育ち始めます。これから何百年かが経過した後の世では、「木曽ヒバ」が三大美林のひとつに数えられるようになっているかもしれません。

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地表近くではアスナロがヒノキの大木(中央後方)を取り囲むように繁茂している。