山が海にまでせまり、複雑に入り組んだリアス式海岸が続く。豊かな漁場として知られる。
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設計士・佐々木文彦さん(ササキ設計):老後を田舎で暮らす家


地元の山や大工技術を 地元で活かせる仕事がしたい。

漁業を継ぎたくなくて

ササキ設計、佐々木文彦さん。東京から仙台、仙台から北上町へとUターンして現在に至る。

佐々木さんは、宮城県桃生郡(現・石巻市)北上町の生まれ。三陸のリアス海岸の南にあたり、実家は代々アワビやウニ、わかめなどの養殖に携わっていた。「家を継ぐのがイヤで、東京に出て建築の勉強をしました。」

佐々木さんの事務所内には、アワビ漁に使う道具が置かれていた。佐々木さんは漁の権利を父親から受け継いでいる。

東京で古材を活かした商業建築や住宅を手がける設計事務所に勤めた。古材の調達を頼まれ、実家経由であたってみると、古くていい建物がたくさん残っている。気仙大工の流れを組む腕のいい大工の仕事も多い。地元にいた頃には気づかなかったよさが見えて来た。「アワビとウニで家を継ぐのでなく、ふるさとに帰れるかもしれない」という感触があった。

ネットワークで実現する、地域の家づくり

佐々木さんがヨーロッパを旅した時のスケッチ。

まずは仙台にUターン。地元の事務所・工場の施設を設計する事務所に勤務の後、独立開業。大工がつくる家の確認申請用の図面を書く仕事が多かった。そこで、木造住宅の構法やおさまりについて大工から多くを学び、吸収した。学校では教わらなかった世界だった。

北上川河口には、茅葺き屋根の材料となるヨシが群生する日本一のヨシ原が広がる。毎年ここで「茅刈りサミット」が開かれる。

ちょうどその頃、節のある杉の一等材、間伐材を有効利用した民家型構法を手がけるつくば大学の安藤邦廣さんと出会った。松島に四寸角の柱と一寸の板を用いた「板倉の家」をつくるにあたり、実施設計と現場監理を任された。「こうすれば地元の杉、地元の大工技術を活かした新しい家づくりができる。」方向性が見えてきた。

杜の家づくりネットワークで行った森林見学会の様子。

次に佐々木さんが始めたのは、ネットワークづくり。設計士だけでは、家づくりはできないからだ。地元の林業、製材、大工・左官職人、工務店などに「東北の風土で長い時間をかけて地域の環境になじむように培われて来た木造住宅の工法を見直そう」と声をかけ、「杜の家づくりネットワーク」をたちあげたのだ。山や製材所の見学、シンポジウム、住宅見学会などを定期的に行い、地産地消の木の家づくりを広めている。

地元での広がりを願う佐々木さん

杜の家づくりネットワークでは、木の家づくりに興味をもってもらえるようなフォーラムなどをたびたび開催している。

数年前、佐々木さんは本拠地を生まれ育った北上町に移した。「本当は、地元の人にこそ地産地消の家づくりをしてほしいんです。」とはいえ、仕事の依頼は、仙台の都市部に住む環境指向の家族や、伊藤さんや田中さんのような第二の人生を楽しみたい人から来ることが多く、まだまだ仙台と行ったり来たりの日々が続く。北上から車で2時間近くかかる現場も少なくない。「この間乗り換えた車の走行距離は36万キロでしたよ。」

ごく最近では、インターネットを通じて、近くに住む若夫婦からの依頼がぽつぽつと来始めてもいる。地元での木の家づくりがあたりまえになる日を夢見て、佐々木さんは走り続ける。


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子供人口が少なくなっていく中、地元住民で存続させた母校、相川中学校。佐々木さんが存続運動の事務局を担当し、Uターンした佐々木さんのこどもたちも通った。