鈴木家の大きな屋根。もと茅葺屋根だったのを、瓦屋根に吹き替えた。
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設計士・菊池憲夫さん(金ケ崎建築設計舎):古民家を住み継ぐ

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家守りに来る時間が楽しくなりました。

菊地憲夫さん。金ヶ崎設計舎は、息子さんと二人で運営している。

岩手県金ヶ崎町の建築士、金ヶ崎設計舎の菊地憲夫さんが手がけた古民家再生の家を訪ねた現場レポートをお届けします。

濠と屋敷林に囲まれた鈴木家

鈴木さんの奥様と、菊地さん。玄関ホールは、身体の大きな菊地さんが小さく見えてしまうほどに大きな空間。

岩手県、陸中折居駅前で待ち合わせた菊地さんの車について、田畑の広がる風景を走ると、こんもりとした屋敷林が見えて来た。メインの道から折れて森に近づくと、立派な門。手前には水路が。「屋敷を守る濠が、三方にまわっているんです。お城のお堀と同じです」近所から「栗林」と呼ばれるこの家は、先祖代々このあたりの豪農であった鈴木家の屋敷。創建は安政五年(1858年)というから、150年も前の建物だ。2002年、この建物を菊地さんが改修、水沢市景観賞を受賞した。

かつての土間だったところにできた洋室。天井の高さが活かされている。

門をくぐると、よく手の入った庭を前景に、母屋があった。屋根がとても大きい。それが玄関土間ではそのまま天井の高さになっている。ご当家の奥様が出迎えてくださった。巨人の館に普通サイズの人があらわれたように見えた。

稲藁でひもをつくる時にかけていた跡だろう、との事。長年にわたって柱にしっかりと食い込んでいる。

広く見える玄関ホールは、かつての土間のそれでもほんの一部。以前はこの大屋根の下の右半分全体が土間で、室内での農作業や奥のかまどで煮炊きなどの作業をここでした。家が休息の場所である以前に労働の場所だったことが分かる。土間にある柱には「丑ツナギ」「嫁ゴ隠シ」など、往時がしのばれる呼び名がついている。

古い家は、守る人がいてこそ残る

長い、長い、縁側。

今回の改修では、この土間部分にダイニングキッチンと風呂トイレ、洋室を設けた。かつては土間に太い梁と柱だけのだだっ広い空間だったところに、板の間の床と天井ができ、食事をつくったりくつろいだりがしやすくなった。「普段は北上市内に住んでいて、この家を維持するために休みの日などに来ています。居心地がよくなって、来るのが楽しみになりました。」と鈴木さん。

モダンな印象に生まれ変わった、玄関ホール。

これだけの屋敷を維持管理するのは大変なことだ。昔のように使用人がいたり、近所の人が手伝いに来てくれたりするわけではない。通って来ては、庭木の手入れ、落ち葉の掃除、雪対策などをする。人が来ることで、雨戸が開け放たれ、風が通る。そうしたはたらきで、家が保たれている。

「先祖から受け継いだものですから、それを次の世代へ渡していくのが役目。大変ですが、この代でやめるわけには・・」と鈴木さんは言う。「古民家」と呼ばれる、今なお朽ち果てずにある家は、守る人がいてこそ、残って来たのだ。「だからこそ、この代で家を守る人が居やすい家を、と考えます。そこが民家を歴史的に保存する場合との違いですね。」と菊地さんは言う。

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障子や襖で仕切られただけの、ひと続きの広い空間。