藤森照信さん(右)と。
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工務店・山本兵一さん(大兵工務店):蔵の街の再生をめざして


数寄家、宮大工と、日本の伝統建築の技術に精通する山本さんだが、個性的な作風がとても人気のある建築家、藤森照信さんともコラボレートしている。藤森さんが東京ガスのSUMIKA Projectの一環として設計した「コールハウス」の施工は、大兵工務店が請け負った。

宇都宮市にあるコールハウス。焼き杉を乱尺張りにした外観。
(左)1階の「九間の間」。自然木を活かした柱と、漆喰の塗り壁が特徴的 (右)山本さんがおどろいた銅板の仕上げ。歪んで映し出される風景がおもしろい。

焼き杉の外壁、暖炉風のガスストーブを中心に据えた九間の居間、梯子でしか上れない空中茶室などをもりこんだ基本計画を実現できる宇都宮近在の工務店として、話は大兵工務店に舞い込んできた。山本さんは、墨付け、刻みから漆喰塗りの手配や焼き杉加工に至るまで、工事全体を請け負った。

「長野県まで杉板を焼きに行ったり、東京ガスさんの社員さんと一緒になって壁の漆喰を塗ったり、普段できない経験をいろいろさせていただきました。伝統技術を自由な発想で用いることもできる!ことを、勉強しましたね。」たとえば、きれいに貼った板金の表面にわざと凹凸をつけてまったく別な雰囲気を出したり、素人が仕上げても味わいが出るような仕上げにすることで本来、技術のある職人の手がそれなりにかかる漆喰塗り壁をワークショップ形式で実現したり…「これまでの私の経験や発想になかったことですね。」ちなみに「コールハウス」も、日本漆喰協会 第4回作品賞を受賞しており、大兵工務店は2年連続の受賞となった。

地元栃木の町並みを未来につなげていきたいという思い、数寄家や社寺建築の技術、伝統技術を新しい発想で活かす可能性…。山本さんの中にはたくさんの引き出しがある。工場を訪ねてみて、山本さんの頭の中の構造を少し垣間みた気がした。広い工場には、作業場、材料のストック場などが点在している。感心したのは、材料のストック場所が充実していて、もののありかが山本さんにはすべて把握できていることだ。

「この柱は吉野のもの。JAS認定の期限切れでたまたま安く放出するのを買っておきました」「この板は、知り合いの山からこんなのが出たよと連絡をもらい、とりあえず引き取って、挽いて自然乾燥させています」仕事が入ってから材を買うのではなく「これはいつか使えるかも」というものを入手し、ストックしておいて「この現場なら、あれを使えるかな」と、発想しているようなのだ。

材だけではない。石や竹、古建具におよぶまで膨大なストックがあり、そのすべてが山本さんの頭の中ではきちんと整理されている。技術や経験といった目には見えないものも、同じように山本さんの頭の引き出しに、整然とおさまっているに違いない。施主のニーズやライフスタイルを思い浮かべながら、これは、という要素を選び、組み合わせていくようにして、現実の建物を計画していくのだろう。大兵工務店の加工場の随所に「掃除をしよう」「整理整頓」という標語が貼ってあり、それがきちんと実行されているのも印象的だった。

山本さんのアタマの中には必要なものがいつでも引き出せる「引き出し」があるにちがいない。
(左)整然と並ぶ金具や材料。(右)すっきりと掃除の行き届いた、気持ちのいい加工場。
「うだちの会」の会員。(写真は「うだちの会」のWebサイトより)

山本さんの夢は、地元栃木が、蔵の街として再生されること。そのために、歴史的な集落・街並を住民が暮らしながら保存する「伝統的建造物群保存地区」として申請するための運動を展開する一方で、建築関係の仲間たちと「うだちの会」を立ち上げ、古い民家の再生に必要な伝統技術の研鑽を積む会を月一回、開催している。

現在、点として残っている蔵造りの家々が、線となり、街並となるまでには、一軒一軒を丹念に保存、再生する積み重ねが必要で、それには数十年という歳月を要するだろう。山本さんの息子さんも外での修業から戻り、お父様とともに工務店の中心となって活躍している。山本さんの意思は、確実に次世代に受け継がれていくだろう。栃木の街が毎年少しずつ「小江戸」としてよみがえっていくのが、楽しみだ。


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(左)とちぎ秋祭り山車巡行では、「うだちの会」で倭町2丁目 神武天皇の山車を曵く。(右)山車の上から見下ろした光景