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3.11後を生き抜くコミュニティーの力 牡鹿半島 福貴浦より

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生業の牡蠣の養殖のメドがついてきて、次は、流された集落の高台移転事業が始まります。といっても、ようやく移転先となる3カ所の高台の場所が決まって来たところということです。「遅いといえば遅いけれど、家より何より、牡蠣の養殖ができることで必死で、ここまで来るのも、長いようであっという間だった」と阿部さんは言います。そして、高台移転先の福貴浦の集落再建は、マイケルと仲間達に依頼しようという流れになってきています。今後の展望について、訊いてみました。

生業の見通しも立ち
ようやく高台集団移転に向けての造成へ

流された住まいの再建は?

バビ 家よりまず生業の復活が先!という感じが浜全体にあって、自分たちの住むところを考えるのは二の次だったな。

バビ 場所がなくて仮設住宅建設もなかなか進まず、みんなだんだんに避難所から親戚の家や倉庫などに移りながらしのいでいました。けれど、身を寄せるといっても、大所帯だとこれがなかなか大変で、若い世代は離れたところの借り上げや仮設に早くから移って、年寄りが一人、二人、親戚に身を寄せながら仮設住宅の完成を待つという感じでした。

バビ かつて家があった浜は、津波のおそれということで居住が制限されていて、漁業施設しか建てられません。住宅は高台に集団移転することになるわけだけれど、高台の造成も始まっていない状況です。始まるっていう予告は何回かあったんですけどねー

浜のすぐ裏は、切り立った山。山の上の宅地造成予定地をながめるバビちゃんとマイケル

これから、どのように進んで行くのでしょうか?

バビ 高台移転にむけて、福貴浦の中での合意形成はできていて、もともと納税の関係で3つに分かれていた地区ごとにまとまって、3カ所で造成することが決まっています。家のことまでまだ考えられていないけれど、一軒一軒バラバラにでなく、福貴浦全体の再建を、マイケルさんたちにお願いしたいと思ってます。コミュニティーはしっかりあるので、調和のとれた感じにしたいしね。

地元での生業を大事に、みんなで生きて行く その「あたりまえ」に希望がある

震災前後で気持ちの変化はありますか?

バビ 震災前は、遊びに行くっていえば、石巻の町に飲みに行ってましたが、震災後は家に居る時間がうんと増えましたね。震災直後は、道も悪いし、ガソリンもないし、しかたなく家に居るという感じだったけれど、だんだん、なにも町に行かなくても、地元に居ても楽しいじゃないか!と思えるように変化してきたかな。

バビ ここには、自分たちの生業がある、いっしょにやっていく仲間がいる。これまでやってきたことを大切にしながらみんなで生きていく、これまであたりまえだったことを、これからはあえて、そうやって生きてくことを自分たちで選んでるんだなって、思いますよ。

震災を経て新たに得たものも?

バビ 地元には若い世代もいるし、ボランティアさんたちだって来てくれる。いろいろな経験を積んで来た全国の人たちともたくさん知り合えて、そんな交流の中で、ますます、この地元で生業を大事にして生きてくんでいいんだな、と思えています。

バビ 震災後におぼえた、家にいるもうひとつの楽しみが「初音ミク」。震災後、5月中旬まで停電してたので、テレビも見れない。クルマから電源をとって、ケータイ見るのが唯一の情報源だったんだけれど、そんな中で、ミクにも出会いました。地元愛とインターネットって、逆のベクトルのようだけれど、両立するんですよね!

ボーカル音源ソフトによって生み出されたヴァーチャルシンガー「初音ミク」。大のミクファンであるバビちゃん愛用のスマホは、39,000台限定発売の「XperiaTM feat. HATSUNE MIKU」でした。

暮らしに合ったコミュニティーとして
移転先集落を再生したい

マイケルとの出会いは?

バビ 造成の話が出始めてきた2013年の夏、いつも「イマ、ココ プロジェクト。」でお世話になってるピースボートさんが雫石に大雨災害のボランティアに派遣することになって、福貴浦やほかの浜からも、仲間達が参加したんです。そこで、人を介してマイケルさんっていう人がいる、っていうことを知ったんだよね。

マイケル ぼくは福貴浦チームとは入れ違いで雫石に行ったんだけど、ぼくが「復興応援大工」として活動していきたい、ということを知ってたピースボートの人が、ぼくの話をしてくれてたんだよね。「それは会ってみたいな」っていうことになって、雫石から帰ってから、ぼくが福貴浦を訪ねることになったんです。

バビ 福貴浦に来てもらった時に、地域材で、その地域の暮らしに合った木の家を、というマイケルさんの話を聞いて、震災以来自分が思って来たことと重なる部分が多く、共感しましたね。自分たちの生業に合った家を建てられそう、高台に新しくできる集落がいい感じのコミュニティーになるかも、という期待が持ててきました。

どのように集団移転先の集落を作って行く?

マイケル ぼくは地元ではないし、一人では集落ひとつまとめて作るということは、とてもできない。石巻市内で佐々木工務店を引っ張っているしげちゃん(佐々木茂樹さん)とチームでなら、やれると思ってる。

バビ 福貴浦のみんなは、牡蠣養殖をベースにまとまっていこうという集落の想いをもってるから、マイケルやしげちゃんのチームにまとまって建ててもらえるということはいい話としてとらえています。外観が整うというのもある。けれど、それ以上に、自分たちで計画して自分たちらしい家を作ろう、ということの方が大きいかな。

■左:石巻にある佐々木工務店の作業場 ■右:ある浜で行われた上棟式。浜独特の縁起物

浜の生業に合った家に住みたい!

マイケルたちに頼もうと決めたのは何故?

バビ マイケルさんと出会って地元で生きて行くという想いの部分で意気投合したのがスタートだったけれど、決め手はしげちゃんだったよね。

マイケル 石巻市内で工務店を経営しているしげちゃんは、十三浜大室出身で、実家はわかめの養殖をしてる。ぼくと出会ってすぐ、ぼくの昔やったシゴトを見たいって、埼玉までクルマ飛ばして行って来たり、行動力があるんだよね。地域で木造をがんばってるだけでなく、震災後、地元の祭に「大室南部」神楽を復活する活動もしてきている。

 小さい頃に地元で子ども神楽をやっていた若い衆が言い出したことがきっかけとなって、石巻市内、県外、借り上げ住宅、仮設と、バラバラになっていた浜の人が、集まって稽古をしたり、祭りに一時的にも帰って来たりするようになって。十三浜の復興支援をするPARCICの日方里砂さんが教育委員会に働きかけるなどのサポートもあり、神楽復活へのパワーが地域再生のためにすごくプラスになっている。

バビ しげちゃんと初めて会った時「家に帰って来たら、まず、ウェットスーツのまんま、フロに直行したいですよね、だったら動線はこうで・・」なんて、話がツーカーで。「浜の生活を分かってる人だから、間違いない」って思いました。

■右:震災後にしげちゃんが仲間達と復活させた大室南部神楽。しげちゃんは左の弁慶の役を舞っている ■左上:仲間の被り物のひもを結んでいるしげちゃんこと佐々木茂樹さん ■左下:神楽は囃子方の先輩から学ぶ 「大室南部神楽保存会」のブログ

大室南部神楽保存会

心に空いた穴は、恐らく生涯埋まることはないかもしれない。ただ、この地に息づいていた全てをここで無に帰すことは絶対したくない。

こんな時だからこそ、娯楽を。地域に根付いた神楽を。この地で生きてきた人々が、自分たちの生きてきた人生が、次の世代に確かに芽吹いて息づいているのだと。今までしてきたことが決して無駄でなかったと証明してみせようじゃないか。

「おどげでもかだってねっけ、やってらいね」

こうなってしまったのはみんな一緒。仕方のないことだ。だから悲しむばかりでなく、ふざけたことでも言って、元気を出していかないとやってられないじゃないか

わたしたちは大真面目に「おどげだごど」をするつもりなのである。

参考リンク
■ 石巻市北上町十三浜「大室南部神楽保存会」
2012年4月28日「わげずだち(若い衆たち)」で神楽復活を話し合ったた夜の投稿「北園に集う」
■PARCIC 日方里砂さんによるレポート
「十三浜の伝統芸能 『南部神楽』地元の力で復興へスタート」
■埼玉県入間市「神楽乃朋友会」 梅津史紀氏によるレポート
「震災以降、ついに復活!地域手作りの温もり伝わる大室南部神楽」

大きなものから自立して 地元の循環に寄与する集落づくりを

集落ごと再生を依頼するメリットは?

バビ これまでずっと、自然の恵みと地域のコミュニティーで生かされてきた。だから家づくりも、その延長線で生きて行きたいと思ってます。

バビ だとしたら、ハウスメーカーにもってかれて、お金は遠くに飛んで行くなんて、つまらないじゃない? 一戸一戸てんでバラバラに住宅メーカーのカタログにあるような、この場所らしくないような家を作るなんて、もったいないよ。どうせなら、地元の木、地元の建設業にお金が循環するような家づくりがいい。

バビ 大きなものから、自立したい。マイケルさんと、そんな話で意気投合してます。家づくりだけでなく、エネルギーの面での自給も考えたいですね。震災後、ライフラインが途切れることのしんどさは、いやというほど体験してるからね。ソーラーで自家発電して、電気をシェアするなんていうエネルギー自給を考えるのもいいよね。きのうも停電したしな〜

おごご ちょっと乱入されてただきます!申し遅れましたが、私、バビちゃんちのビジュアル系猫の「おごご」と申します。帰って行ったボランティアさんからファンレターやプレゼントが届く、福貴浦の実力派看板猫にゃんですよ。・・・ちょっとひと言、いいですか?

マイケル ドキッ

おごご マイケルさんっ、責任重大ですね!

ボランティアさんに いつでも来てもらえるような家にしたい

阿部さんご自身の家について、夢がありますか?

バビ ボランティアさんにいつでも気軽に泊まってもらえるような「ゲストルーム」が欲しいなあ。そのうち、リピーターでよく来てくれるボランティアさんが家族をもつようになったら「第二のふるさと」として子連れで遊びに来てもらって、うちの「仮孫」になってもらいたい!ばあさん、喜ぶだろうな〜

おごご おごごからもリクエストにゃ!高台集落には出入り自由の猫ドアもつけてほしいにゃ〜・・・バビちゃんにもひと言、いい?

バビ ドキッ

おごご 自分で結婚して子どもつくる気はないの!?

バビ いいの、いいの、おごごが居るからさ〜 あとは自分用に、ミク三昧できる「オタクルーム」さえあれば(笑)

最後にこれからに向けてひとことずつ、お願いします!

集落内でのお金と時間の工面を!

バビ 漁師って気が荒いように世間では思われてるのかな。けど、福貴浦の人って、割とのんびりしててね。牡蠣の養殖が再開できて、ほっとしてて、家のことはようやくこれから、という感じです。高台の造成が始まらないことには実感ないのかもしれないけれど、それももう真近。といっても、いつからっていう予告が何回も延期になっていて、ほんとにいつからなのかはまだ未定です。まあ、だから今のうちに、集落内の話し合い、お金の工面など、着々とするべき準備をしていきたいと思います。

木の家ネットの仲間の応援にも期待!

マイケル 集落まるごとの再生となると、一棟一棟いいものを作るっていうだけでなく、全体のプランニング、コストやスケジュールの管理をしっかりやっていくことが必要。ぼくだけではやりきれないけれど、しげちゃんの佐々木工務店で元請けになってくれるなら、やれる。ぼくは、木組みや地元材料でそれをどう実現するか、という技術でのサポートや、上棟で木の家ネットはじめ仲間たちの応援を頼んだり、というところでがんばりたい。

おごご ぜひ私にも会いにきてにゃ〜

一週間以上からの漁村滞在型プログラム 「イマ、ココ プロジェクト。」

ピースボートいしのまきボランティアセンターでは、福貴浦はじめ、まだまだ人手が必要な浜エリアでの漁村滞在型プログラムを行っており、一週間以上からの滞在で、受け入れを仲介しています。牡蠣の収穫シーズンは4月いっぱいですが、種牡蠣のしこみ、わかめやほやの収穫など、浜エリアにはいつでも作業はたくさんあるそうです。「漁業の作業のお手伝いだけでなく、個人と個人とのつながりができることを大切にしています」とのことでした。思い切って、行ってみては?!

■左:「イマ、ココ プロジェクト。」のページには、受け入れ先の浜情報、体験記などが出ている。詳しくは、ピースボートいしのまきボランティアセンターのサイトでhttp://pbv.or.jp/ishinomaki-psen/imacoco/ ■右:ボランティアセンターの担当者の林陽子さんと富貴浦のおばば

「イマ、ココ プロジェクト。」の紹介文より

浜の人はよく、「ここには、海しかない」と言います。 あの日、海は多くのものを奪っていきました。大切な物も愛する人も。 それでも、海を離れずそこに生きる漁師の背中には、「ココ」で生きる覚悟があります。 だからこそ、彼らは陽気で強くてしなやかなのだと思います。 そして、何よりもそれでも「海」を愛しているのだと思います。 そんな彼らの生き様に出会える機会となってくれたら…

「今、共に」

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最後に、牡蠣を手にしたマイケルとバビちゃんのツーショット。地域の新しい風景をつくることを夢見る二人。