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設計士・岩波正さん(三和総合設計):なんで木の家がいいのか、とことん考える

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総合的に考える
自分で触って感じる

構造設計家の増田先生がね「なぜ木の家がいいのか」という答えは、総合的に考えてはじめてでてくる、とおっしゃるんです。住まい手のこと、山のこと、環境のこと、ゴミのこと・・・さまざまな面からたくさん考えていくと、やっぱり木の家がいい。強度だけ考えたら、2×4の壁の方が強いかもしれない。値段だけ考えたら、プレハブ住宅の方がいいかもしれない。手軽だ、安い、早いという評価になる場合、その尺度以外ではかった時によくないことが多いものです。だから、単発でくらべていても分からない。つねに総合的に考えなければいけないんです。

総合的に、というのは、なにも理論だけでない。実際に体験することも含みます。事務所の奥に木工室があるんですが、ときどき自分で木を削ったり、余った材料でなんかつくったりします。体験してはじめて木のよさに気づくんですよ。たとえば桧。実際に自分で削ってみると、ほぞの加工しても、素直できれいに刻めるんですよ。いい香りがするしね。大工さんが桧を木の王様のように言うけど、たしかにすぐれているな、と実感しますよ。かたや、杉は冬目と夏目との差がすごくきつくて、仕事しにくい。赤いのもあれば、節のまわりが加工しにくいの、といろいろバラバラだし、やわらかいからノミの手入れがよっぽどよくないとダメ。でも、それでも杉って桧とくらべると優等生じゃないけど、かわいいな、みたいな愛着がわくんです。香りもほのかでね。それとくらべると、外材は薬くさいだけで香りもなにもない。どの木の構造耐力はいくつ、とかいう話だけじゃないんですよね。

体験してみると「あ、これなんやな」と分かるんです、そうやって分かることって、あたりまえだけど「自分がやらへんかったら」分からないんです。大工さんはそうやって、ずーっと材料を触って、加工していろいろなことを経験的な知恵として体得してきている。その集積が木の家づくりだとしたら、設計する人間でも、それを知っているといないとではやはり違うと思いますよ。

まっすぐな世の中になれば
木の家づくりが広がっていくはず

三和綜合設計による木の家

総合的に考えたら、木の家がいいはずなのに、木の家づくりがなかなか広がっていかない。それを阻害する社会的な要因があるんです。たとえば、木の家は70年、80年もつ。つまり、息子の代まではもつわけですが、肝腎の息子は東京に出ていったきり帰ってこない。だったら、20年しかもたない家でいいか。その方が安いし・・。そんなことで変な家が建ってしまうのです。長寿命の家がいいに決まっている、長男は必ず帰ってくるんだから、という時代と価値観があまりにも違うんですよね。

息子が家を出たきり帰ってこない。自由に職業も住むところも選べる。そのこと自体は、なにかをあきらめてでも帰ってこなければならなかった世の中よりはいいのかもしれません。でも、だからといって、長持ちする家を考えなくていい、ということではないんです。環境的にみても、家はもっと社会的な財産と考えていい。息子が住まなくても、中古住宅として誰かが住み継ぐ。それでもいいはず。だけれど、相続や譲渡をめぐる法律や税金面で、それを阻む要因がいくつもあるのが現状です。相続税を払うために、家の解体費用を払ってでも土地を換金しなければいけない、家の財産としての評価は土地とくらべて低いなど、さまざまなケースがありますよね。

ほんとうにまっすぐな世の中になってくれば、木の家がつくりやすくなると信じています。それを阻害している要因を取り除き、しやすくする仕組みをつくる。本当はそこまでやっていかなければいけないでしょう。でもそれが全部よくならないと木の家はつくれない、と言っていてもしかたないので、コツコツと、身の回りから家づくりを通して世の中をよくしていきたいものです。

200年もつ木の民家から見たら
人間は通過者や

自然素材生活

岩波さんの自宅に設置されている温度、湿度計測機。中古のパソコンを使って、24時間記録を取り続けている。感覚ではなく、具体的なデータを元に話をするための工夫のひとつ。

滋賀県の北の方にいる宮大工さんが、ぼくも大分影響受けた人ですけど、こんなこと言ってました「昔ながらの木と土でつくった民家なら、200年もつ。そう考えると人間なんて木の家に対して通過者に過ぎないんだ」と。早く、安くて、便利なのが何よりいいとか、長い歴史の中で、このたった50年の間に世の中がおかしくなった。50年といえば、民家ひとつの寿命にも満たない短い間ですよ。今になって、それがおかしかったな、と気がつきはじめたところなんじゃないでしょうか。

じゃあ、どうしたらいいのか。木のことを知る、土のことを知る。化学製品とくらべてどうそれがいいというのかを突き詰めて考える。「木だからいい。自然素材だからいい」でとまらずに徹底的に考えることや、と思います。安いから、今までやってきたから、ではダメなんです。プレハブや鉄骨RCがなかった頃はそれでもよかったかもしれない。でも、木のかわりにいろいろな構法が出てきたあとに、ほんとに残っていくには、ちゃんとよさが意識されていないと弱いでしょう。

民家の頃の木の家はよかったけれど、今の木造住宅は、木も細いし、手間いらずの新建材とのごちゃまぜだし、はっきり言ってあまり「良くはなくなっていた」んです。そんな程度の家だったら、もっと安く、いいのができる、といって押されてきたのが今までの木造住宅の流れでないでしょうか。昔の民家より質が劣ってしまった、高度経済成長に急いで大量に建てられた木造住宅をこの程度のまま残そうというのではダメなんです。木の家の何がよかったのか。何が今の社会には合わないのか、もう一度洗い直す。そして先につなげられることを見つける。気候風土、素材、環境など、いろいろな応援団がいいます。それを味方につけて、現代に合う木の家をつくっていくことですね。

参考図書


「自動車の社会的費用」

宇沢 弘文著
1979年 岩波新書 B47
700


「ブライアン・ウィリアムス
  ー日本を描いて20年」

ブライアン・ウィリアムス著
1992年 ふたば書房
特装版15,000
※普及版3,500のみ

三和綜合設計株式会社:http://www.biwa.ne.jp/~sanwa-ss/ 木考塾:http://www.mediawars.ne.jp/~mokkou/ ひとときネット:http://www.ex.biwa.ne.jp/~hitotoki/

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