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設計士・米谷良章さん(米谷良章設計工房):設計を通して人とつながりたい

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コミュニティを再生するための、住民参加による団地再建

大阪事務所で担当したのが、7年間にわたって関わったある公営住宅の団地再生プロジェクトです。東京事務所でやってきた木造とは縁のない仕事でありながら、現代計画でもっとも心に残った仕事です。

その団地は建物の老朽化だけでなく、生活上の根深い問題を抱えていました。通常ですと老朽化した団地は行政主導で物理的に建て替えるだけなのですが、このケースでは、行政の福祉担当の人の頑張りで「この団地を建て替えることが住民の生活改善のきっかけともなるような方法をとれないだろうか?」というアプローチでスタートしています。そして、学者、行政、住人、設計者からなるグループを組み、ワークショップ形式であげてもらった住民の要望をもとに新しい団地を計画しようということになりました。

建築という行為は、それに関わる人たちの間のコミュニケーションを活発にする力を持っています。通常、大きなお金をはたいてすることですし、この団地の建て替えのように住民が身銭を切らない場合でも、これから住むところをどうするかを考えるとなれば、自然と興味が湧いていきます。ほかの何をやっても停滞していたコミュニティが動きだすきっかけとなり得るのです。

誰か一人が100点をとるより、みんなが70点とれることを目指そう

この団地再生計画での僕の役割は「住む人に自分の思いを語ってもらう」ことでした。住民との個別面談をし、入居世帯のみなさんとのワークショップに参加しました。まずはじめに、新しくできる住棟の中でどの世帯がどの住戸に住むかとを決める場所どりのワークショップをした上で、各世帯内に話を持ちかえって、家族内の間取りを決めてきてもらいます。それができたところで、上下階層に並ぶ世帯間で耐力壁や水回りの位置を揃えるための「縦列調整」をし、最後に共有部分をについてディスカッションします。

こうした一連のことを住民間の話し合いの中で進めていくことは、僕にとっては、貴重な体験となりました。たとえば、ワークショップでは「多数決はだめ。話し合いでみんなが納得するような答を出す」というルールで進めるのですが、いつだって声の大きい人とそうでない人がいる。声の大きい人がゴリ押ししそうだな、という情況であれば、声の小さい人の言うことを裏で聞いておいて、みんなのいる場で「ばあちゃん、ほんとはここがええんやて。なんとでけへんか。」と粘り強く調整をします。みんなの言うことをいっぺん噛んで、また出して、ということの繰り返しです。

「多数決でなく、全員が話し合いで納得する案を」ということは、今、僕自身が2世帯住宅の設計をする時などにも守るようにしています。まず、設計打合せは、家づくりにお金を出す人の都合だけでなく、家族全員が揃って参加できる日に設定します。そしていつも「誰かにとって100点の家でなく、みんなにとって70点ぐらいの家にしようよ」と言うようにしています。

家族の数だけ、処方箋がある

それぞれの世帯の居室部分については、その家族の希望の間取りを聞き取りして、描きます。一時間ほど家族の話を聞いて、その場でプランニングする。これも僕の役目でした。

一戸建てや民間のコーポラティブマンションでは、住まい手と資金を出す人は同じ人ですので、間取りや内装の程度は、施主の懐具合に合わせればよい訳ですが、このプロジェクトの資金は、国庫補助、自治体といった公的なものなので、間取りを住まい手の自由にするというのは、かなりの「ウルトラC」。公的な出所の建設費は平等に使うべき、しかも賃貸住宅なのだから、間取りまで自由にすべきではないという周囲からの批判も大分ありましたが、試行錯誤しながら続けました。

このプロジェクトでは、平等ということももちろん意識しないわけではないのですが、まずは目の前にいる個別の家族にとって最良の間取りを考えよう、という姿勢で臨みました。たとえば、公営住宅法には4帖半未満の部屋はつくらない、という「不文律」があるのですが、ある家族では、家族関係の実情に即して4帖という狭い居室を造りました。入居時には健常者であるにも関わらず、将来的に予測される障害にあわせて間取りを工夫した例もありました。このように「暮らしにハードを対応させる」やり方が100%正解だったとは断定できませんが、ほぼよかったとは思っており、良い経験となりました。

設計屋とは、処方箋を書くような仕事だと思っています。それぞれがかかえている病気や身体が違うのだから、万人に効く処方箋というものはありません。その家族に合った最良の形をさぐることを大事にしたいですね。

次にその処方箋を薬局にもっていくのですが、設計を処方箋としたら、施工者が薬局の薬剤師という役どころです。処方箋である図面をもっていくと、「ここは、この方が」と言ってくれます。「何もそこまでやらんでも」と思う時もありますが、職人さんとしての「粋」を感じる時はうれしいですね。

ちがった人間同士が、ひとつ屋根の下に。

ひとりひとりちがった人間同士が一つの屋根の下に住むということを調整し、なるべくみんなが幸せになれるようにする。これは、設計者としてとてもやりがいのある仕事です。どんな構法やデザインで家を建てるかということ以前に、そこに自分の関心があります。

僕が住居兼事務所にしているのは、11世帯からなる民間のコープラティブの一角です。自分で設計したのではなく、あくまでも一家族として参加しました。一度はそういう立場になってみないと、という思いもあってね。

8年ほど前に、11軒で建てたコーポラティブマンション「集楽」。今は、そこに自宅兼事務所がある。コンクリート打ち放しの空間を杉やヒバ、栂で内装した。

2年かけて、60回ワークショップを重ねて合意にこぎ着けました。最初はこだわる人、存在感の濃い人に話し合いを引っ張られがちですが、回数を重ねながら、だんだんに全体のバランスがよいところにランディングしていきます。じっくり回数を重ねての話し合いでものごとを決めて行くと、結論はこだわり屋さんが満足するような「ピュアなもの」にはならないんですが、それでこそ人間社会なのではないでしょうか。

話し合いを重ねて決めていくのは時間もかかるし面倒ではあるんですが、家族間の対話や、一緒に住む住民同士のコミュニティも育つし、ひとりひとりの中に「こんどできる建物を大事にしよう」という気持ちも芽生えるんですよね。それは、建物を長く、健全に維持していくためにはもっとも大事なものだと思います。

ぼくが住んでいるのは宝塚という都市部。そこに無理して小さなこだわりの一戸建てを建てるよりは、せまいところに密集して住むほかの家族とああでもない、こうでもないと対話しながらみんなで住む家をつくることを選んでよかった、と今でも思っています。

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