完成したばかりの自邸のリビングにて
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工務店・直井徹男さん(エコロジーライフ花):発信しつづける工務店、人が育つ工務店

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あたりまえが、あたりまえでなくなっていた

ところが、新建材がまだなかった直井さんの祖父の時代にはごくあたりまえだった無垢の木の家づくりは、直井さんが社会に出る昭和50年代には、すでに遠いものになっていた。「卒業後、大森の工務店に設計監理の仕事で就職して、建築の一通りを学んだんですが、無垢の家づくりとはほど遠いものでした。独立したらじいちゃんがしていたような家づくりをしたいという思いが一層強くなっていきました」

雑誌「住宅建築」などで、無垢の木の家づくりへの憧れをいだいていた直井さんだったが、いざ独立してみてそういった仕事をしようとすると、どこから手を付けてよいか分からない。「材木屋さんが扱ってるのは外材なお防カビ処理した材や集成材ばかりだし、つきあいのある大工は面をつくるなら合板を張るのがあたりまえという仕事しかしていないんです」化学処理されていない材木をはじめとする自然素材、そしてそれを扱える大工を探すところから開拓していかなければならなかった。

エコ花で自然素材の塗料、
壁紙、断熱材を仕入れる

子どものアトピーに苦しんだ時に始めた情報収集や勉強のおかげで、化学物質を使わないで家づくりをするのに必要な自然素材には、そう難なく出会えた。「エコ花は、自然素材の建材屋というもうひとつの顔をもってるんですよ」ヒバ油の防蟻材、亜麻仁油原料の塗料、拭き漆、未晒の蜜蝋ワックス、柿渋、ベンガラ、羊毛断熱材、月桃紙やウッドチップでできた壁紙、でんぷん糊など。エコ花は創業当時から自然素材の製造元や輸入販売代理店などと直接つながり、仕入れた自然系の建材を同業者に売ったり、直井建築工房で買い取ったりしていた。

エコロジーライフ花で扱っている建材の一部(クリックすると、詳細ページが開きます)

意外なことに、そうした脇役となる建材よりも、家づくりの主役となる無垢材との出会う方が難しかった。「直井建築工房を立ち上げた当初は今のような工務店の形態ではなく、設計事務所としてスタートしていましたから、当時つきあいのある大工や工務店に施工を頼んでいました。手配を任せておくと、防カビ剤を使った材木になっちゃうんです」それは材木店にそういった材料しか並んでいないからだ。「どこに行ったら無垢材があるんだ?と、途方もない気持ちでしたね」

南会津「きこりの店」で無垢材に出会う

「ちょうどその頃、ぼく一人で南会津の方に釣りに行ったら雪に降られてしまって、その前から気になっていた『きこりの店』という看板の店に入ってみたんです。外に木のコネ鉢など木製品が並んでいて、土産物屋かなと思っていたんですが、なんと、径30cmの桜の丸太2mがごろんとしていて15000円って値札がついてるんですよ」その店は、福島県南会津の舘岩町で木材の伐採、製材から施工、家具製作まで手がける「オグラ」の出店だったのだ。

オグラが経営するきこりの店(オグラWebサイトより・クリックすると別ウインドウが開きます)

「とにかく広葉樹の丸太はあるわ、それまで製材品しかしらなかったスギやアカマツ桧の原木があるわ、防カビ処理とは無縁の本物の無垢の木がごろごろしてるんです」しかも店内の貼り紙には「製材します」とまである。「『こっちで刻んで、納めるよ』と言うので、アカマツ、桧、栗の土台を買い求めました」

きこりの店では、木挽き職人の林さんから木取りを学ぶ「丸太講座」なども開催していた。「はまりましたね〜。小さい頃から憧れていた『じいちゃんのような仕事』がそこにまさにあるんですから。木に完全に惚れてしまいました。いい無垢の板なんか買ってしまうと、現場に使ってしまうのが惜しくなるぐらい」直井さんが釣りではない目当てをもって南会津に通う日々が続いた。

施工できる大工にも出会えた!

練馬区の豊島園の近くで施工した次の現場では、思い切って家の構造材をまるごとオグラに発注した。「家一軒の構造材全部で100万しないんです。『無垢の国産材なんて高くて手が届かない』と思い込んでいたんで、びっくりしました。それだけではありません。館岩村では継手・仕口に金物を一切使わない木組みの技術がまだまだあたりまえで、刻み加工も請け負ってくれるとのことで、早速頼むことにしました」

直井建築工房の南会津の拠点、舘岩の家・工房

「それまで東京で頼んでいた大工は『無垢の仕事? やれないことないけど、いまどきそんなの大変だよ、合わないよ〜』と言われ続けていたのと逆で、館岩の大工さんは「無垢の仕事しかしたことないよ」と言うんですよ。そして、腕がよく、丁寧な仕事をする。望んでいた出会いがいっぺんにやって来た!という感じでした」

南会津とリレー方式が
若い大工の育成にもつながる

それからは館岩村の地場の材を、館岩村の大工が刻み、東京近郊で組み上げるというリレー方式が直井建築工房のスタンダードとなっていった。8年前、直井さんは館岩村に土地を買い、直井建築工房の刻み場「舘岩の家・工房」を作った。「舘岩村出身で当時50代だった橘健作棟梁が直井建築工房の専属となってくれたのを皮切りに、館岩村出身の大工が多く仕事してくれています。刻みの時は地元に帰り、造作工事になるとエコ花のビルの上の宿舎に住み込むというスタイルでやっています」

エコ花の若い大工。左から坂田さん、斉藤さん、平田さん

直井建築工房には若い大工社員が5人いる。プレハブメーカーで働いていたが飽き足らず、25歳で直井建築工房に転職した大工は、館岩村のベテラン棟梁に大工技術を教わり、もう自分で棟梁を張れるように成長している。「そうやって技術継承がなされ、うちで若い子が育っていく。それが何よりの喜びだし、夢です」と直井さんは顔をほころばせる。

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舘岩の家・工房。右奥の建物は刻み場