磨き上げた職人技で、木を生かす:西岡建築一級建築士事務所 西岡健一さん

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紀伊半島の西側に位置し、みかんのだんだん畑が美しい山々に囲まれた湯浅町。西岡健一(にしおか・けんいち)さんは、この地で大工としてこつこつと実績を重ねてきた。新築の設計・施工から古民家、寺院の修繕まで、活躍の幅は年々広がっている。

「家は買うのではなく、建てるもの。人の手でつくっていくものやと思う」という信念のもと、使う木はすべて手刻みで、倉庫で天然乾燥させるなど、手をかけることを惜しまない。二代目として親から受け継いだ職人技を、自然からの資源を大切に生かしきる技として丁寧に磨く姿は、施主さんに安心感を与える存在として映っている。

西岡さんが、木材に、そして大工仕事に向き合う眼は、いつも真剣だ

木材はすべて、手刻みと天然乾燥

大工が木材に墨で印をつけ、のこぎりやかんなで加工していく手刻み。ひと世代前では当たり前の工法だったが、近年は機械によるプレカットが主流となり「今このあたりでやっているのは、かなり少なくなっているんじゃないかな」という西岡さん。続けている理由を尋ねると、「大工やから。手刻みは大工仕事の基本」と、シンプルな答えが返ってきた。真面目な性格が垣間見えた。

作業台に並べられた手道具たち

すべての木材を手刻みで加工する西岡さんは、乾燥材を購入するのではなく、自宅倉庫で天然乾燥させている。6メートル×10メートルのプレハブ倉庫には、スギ、ヒノキを中心に材木が所せましと積まれている。4〜6メートルの材木が多く、1棟~1棟半分はまかなえるという。1年以上乾燥させてから、加工する。

左:びっしりと積まれているが、西岡さんはどこに何を置いたか把握しているという 右:倉庫からあふれた木材も

そもそも木は、伐採してすぐの状態では水分が多すぎるため、木材として使うために乾燥が必要になる。乾燥の手法として、大きくは天然乾燥と人工乾燥(機械乾燥)がある。天然乾燥は、木材と木材の間に桟木と呼ばれる角材を挟んで積み、屋根下などにおいて自然の風で乾燥させる方法だ。木材の香りや色つやを残せるというメリットがあるが、乾燥に時間と手間ひまが大変掛かるといわれている。

対して人工乾燥は、大掛かりな設備が必要ではあるが、短時間で確実に乾燥させることができる。乾燥するための膨大なスペースもいらない。

西岡さんは「倉庫も広いわけやないし、必要な時に必要なだけ買うのが無駄がないのもわかるんやけど」としつつも天然乾燥にこだわるのは、手刻みのためだ。自分の手元で乾燥させることで、木材がどのように曲がったりねじれたりするのかわかるので、それを考慮した手刻みができるのだという。手刻みという職人技のすごみを存分に発揮するために、木材の乾燥にもきっちりと責任を持ちたい。そのこだわりが、家を建てた時、均整のとれた仕上がりにつながってくる。

倉庫の木材を眺めながら、「やっぱり、木を見たり触ったりするのって気持ちいいやん」とぽろり。注文が入った時だけでなく、普段から2週に一度は材木屋に通い詰める姿からも、木を愛する様子が伝わってくる。毎回購入するわけではないが、木を見る目を養い、いい材料を安く買うチャンスに巡り合う機会も増えるという。

西岡さんは、住宅の工事が多いため、使う頻度の高いスギやヒノキを、50~100本まとめて買うスタイルが多いという。まとめて買った中には「癖のあるやつ(木材)、使いづらいやつ(木材)がもちろんいて、それをどう生かすか、こねこね手を動かすのも楽しい」とも話してくれた。

西岡さんが木工事をした同町の新築物件にも、その姿勢は現れている。ここは、蔵の新築という珍しいスタイルの2階建ては、施主のTさんが絵を描くことからアトリエとしてのオーダーだった。施主さんは土壁や木組みなど、自然素材へのこだわりが強かった。壁を仕上げた左官屋さんの技にほれ込み、2階の土壁の一部を、荒壁の裏返しなし、むき出しの状態でとどめたほどだ。

左:熟練の左官屋が、竹木舞を編んで土壁を付けた 右:壁の一部をむき出しに、客人は必ず驚くという

さらに、「木は、知り合いの新宮市の製材所にあるものを使ってほしい」という要望もあった。その木は、艶があり美しい木目のシオジだが、製材所が廃業していたこともあり、一部には痛んでいる部分もあった。西岡さんは、丁寧に見極め、埋め木をすることで、眠っていたシオジの価値をよみがえらせたのだった。「全部使えないほど痛んでいたわけではないし、こういう時に使える技術でないと、何のための職人かわからん。手間暇かけて、いいものをつくる」と、まなざしはまっすぐだ。

埋め木をしたシオジは玄関ホールの床板となり、家族や客人をあたたかく招き入れる

木を単なる材料でなく山からのいただきものとして大切に使う手段として、また、施主の注文をきっちりと反映する手段として、職人技を磨く――。そのようにして建てた家は、「ぬくもりとか安心感が、他とは違うんとちゃうかな。人間は、本能的に、そういうものを求めていると思う」と西岡さんは信じている。

親父から受け継いだ職人技を、つないでいく

西岡さんは、父親で大工である故・修さんの背中を見て育ち、幼少期は作業場が遊び場だった。高校時代、そして関東で過ごした大学時代でさえ、長期休みには父親の右腕として大工仕事をするのが自然な流れだったという。手刻みで構造材を作る一方で、新建材を使う流れも出てきたころで「素直に親父のやり方を真似していた」と振り返る。

作業場は父親から受け継いだもの。父親考案の、木材を動かすレールも、現役で活躍中だ

転機が訪れたのは、大学卒業後。西岡さんはすぐに実家を継ぐつもりだったが、大学の恩師の紹介で、東京で文化財や木造建築の工務店・真木建設に勤めた。現場監督として2年働く中で、無垢材の古くなっても廃れない強さや、多様に変化するしなやかさを目の当たりにし、「うわ~、すごいなあと、圧倒された。特に、建築家の松井郁夫さんの家は素晴らしく気持ちよくて、木造で、自然素材でやりたいってのはそのころから自分の中にあった」と打ち明けてくれた。

その情熱を胸に20代半ばで実家に戻り、父親と一緒に仕事を始めた時は、方向性の違いからぶつかることが多かったという。しかし、「いまだに『お父さんにお世話になったから』と声をかけてくれる人は多い。地元で信頼を積み重ねてきたっちゅうことはよくわかる」とかみしめる。そして、今、西岡さんの中で生きている職人技は、父親から受け継いだもので、それが木材を美しくしなやかに仕上げているということも、実感している。そしてその技は、今年9年目になる弟子へとつながっていくのだ。

実直で丁寧な説明が、信頼につながる

自然素材の良さを提案する場として、西岡さんは作業場に併設する事務所を、モデルルームにしている。約8畳の空間は、床は半分がスギで半分がヒノキ、畳敷きのベンチも設けた。壁は、一面が漆喰で一面が珪藻土、天井には和紙を施した。施主さんを連れてきて、時間が経ったらどんなふうに色が変わるのか、傷や汚れはどれくらいつくのか、ダイレクトに伝えられる場となっている。西岡さんは「どんどん宣伝できるメーカーと違って、個人の大工は知ってもらう機会が圧倒的に少ないから、こういうのあったらわかりやすいかな、と思って」と話す。

床は、左側がヒノキで右側がスギ。色の変化の違いが一目でわかる

珪藻土と漆喰の壁は、手触りを比べることもできる

「ましてや木造とか自然素材はやたら金ばかりかかる、というイメージもある。でも、そうじゃないんや。材料を吟味したり、大工の工夫でいくらでもアレンジはできる。全部自然素材でなくて、部屋一室だけ、壁一面だけ取り入れるっていうやり方もある。施主さんには少しでも自然がある家で、人間らしい暮らしをしてほしい」と力を込める。

作業場の障子窓は、外から見ると円の形をしている。「遊び心かな」と西岡さん

4年前に西岡さんの設計・施工で新築住宅を建てたSさんは、子どもがいるので自然なものの中で暮らしたいという思いがあったが、具体的にどんなやり方があるのか全くわからなかったという。紹介で西岡さんに出会い、「こんな壁ができる、とか木で絵本やキッチン棚も作れる、とかたくさん提案してもらえて、すごくよかった」と大満足だ。構造材はヒノキがメインで、床と天井が兼用となり梁が見えるリビングには安心感がある。タモ材の床では子どもたちが寝転んだり絵本を読んだり、リラックスして過ごせるという。

左:木製の絵本棚は日々の暮らしにしっくりと馴染む 右:ストックから吟味した木材で作り上げた玄関脇の棚

Sさんいわく「真面目で、几帳面」という西岡さん。

大工という仕事を「山と人をつなぐ人間という自覚を持って、やっていきたい」と話してくれた。品質の高い木材を生産してくれる業者のために、少しでも高く買いたい一方で、予算に限りがある施主さんの要望にも応えたい。現状に満足せず、今後は、山に入って直接木を見たり、もっと生産者と近い取引をしたりしてみたいと、志は高い。そのために、こつこつと、自らの腕を磨き続けていく。

● 取 材 後 記 ●

「職人は、なんのために腕を磨くんだろう?」そんなことを考えた今回の取材だった。

美しいものを生み出すため? 伝統をつないでいくため? 木や土に触れるのが好きだから? 答えは、人それぞれだろう。

西岡さんの答えは、「山と人をつなぐ存在でありたいから」。作業場や現場で手を動かしていたとしても、想いは山にあるというのだ。視野が広く、志が高い姿にはほれぼれとしてしまった。

振り返れば、西岡さんが暮らす和歌山県湯浅町は、どこを向いても山、山、山―――。道は細くて曲がりくねり、斜面に建っている家も多かった。ここで生まれ育ち、山とともに暮らす西岡さんにとって、この志が自然と身についたことは容易にうかがえる。

私は実は、この町を訪れ、山々の斜面にへばりつくように連なった名産「有田みかん」のだんだん畑の風景に、心奪われた。5月の新緑というだけでなく、均整がとれ、なんとも美しい。栽培の歴史は古く、始まりは江戸時代と言われている。丁寧に、丁寧に続けてきた仕事だからこそ、何も発せずとも、訴えてくるものがあった。職人技にも通じるものがある、と感じた。

西岡建築一級建築士事務所 西岡健一さん(つくり手リスト)

取材・執筆・撮影:丹羽智佳子

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