木は生き物、いかし切る術を

大河原木材 株式会社
大河原 章吉さん

埼玉県飯能市は、江戸城下町に材をおさめたことで有名な「西川材」の産地。昭和4年から続く大河原木材は、木造住宅や神社仏閣の材を提供するなど歴史を守ってきた。加えて社長の大河原章吉さんは、別組織としてプレカットや家具を扱う工場やペレット製造経営にも手腕を発揮し、「西川材」のブランド化をけん引してきた存在だ。50代で大学院生となり、木材を「生物資材」ととらえて研究してきた経緯から、「木の良さを生かし、あまねく使い切るための実験を、70過ぎた今も続けている感じだね」と笑う。

西川材は、飯能市を中心とした「西川地域」が褐色森林土の温暖でスギ、ヒノキの生育に適していることから「東の吉野材」とも言われ、良質の材木として名が通ってきた。製材所は平成元年には110工場あり、地場産業の一翼を担っていた。どこも家族経営で、大河原木材もその一つだった。西川材を、住宅用の注文材を中心に加工し、地元や東京の大工に提供してきた。天然乾燥する昔ながらの手法だ。

次男として生まれた章吉さんは、英語や海外など新しい世界に興味がある少年だった。大学で経済学を学びながら、カナダに留学もした。長男が早くに亡くなっていたため、卒業後は千葉の材木問屋で1年修業した後、家業に入った。時代はバブル真っ只中で、仕事の幅も広がり、県内外の仏閣用構造材も製材するようになった。

西川材がずらりと並ぶ大河原木材の作業場

ところがバブルがはじけ、輸入材が増加し、昭和の終わりには国産材の需要が一気に厳しくなったという。他産地が大規模化を進める中、西川材は産地規模から大量生産が難しい。「何か手を打たなければ」と、地域の4社と森林組合が数年議論を重ね、一体となって協同組合「フォレスト西川」を立ち上げたのは平成6年のことだった。

大河原木材の倉庫は、トラス式の木造建物。木の香りが漂う

名産地での挑戦

大河原木材は家族経営の製材所として天然乾燥の注文材をつくりつつ、組合では機械乾燥を取り入れ、合理化を進めるという「二刀流」に挑戦。組合には営業担当も配置し、消費者ニーズを意識した製品開発という従来の製材業とは全く異なる方針を掲げ、大河原さんは組合長として采配を振るってきた。その間、家業は親戚に任せたという。

西川材の危機を感じつつも、「ここは首都圏のマーケットに近いという強みがある。需要の変化に合わせられれば生き残っていける」と大河原さんは前向きにとらえ、需要を調査しながら様々な商品を展開してきた。補助事業でプレカット機械を導入した構造材を皮切りに階段材料、壁床板、木製の建具などだ。

プレカット材はそれまで付き合いがなかった工務店に供給できるようになり「ここ数年でようやく経営の安定が見えてきた」と大河原さん。手ごたえを感じ平成28年には株式会社化した。

近年の主力製品は、子供向けのいすや机だ。小さくてかわいらしく無垢のぬくもりがあり、首都圏の幼稚園などに出荷している。子どもを自然に触れさせたいという「木育」ニーズは高まり、「今注目されている持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の考え方の『地域の森を守ろう』や『持続可能』という意識も、受け入れられやすい」と消費者動向の変化を実感している。

大河原さんにとって、フォレスト西川の目指すところが「求められる製品を木で作り喜んでもらう」である一方、家業の製材業は「木が持っている違いを見極めて生かす」と対照性を感じている。「プレカットをやったからこそ、手刻みが一番木を生かせるし、面白いって思えるんだ。感覚的で、奥が深い」と笑顔を見せる。

「木をもっと学びたい」50代で大学院進学

組合でさまざまな木造製品を企画、開発する中で、常に課題として立ちはだかったのは、木材の持つ個体差だ。1本1本ばらつきがあり、その1本の中でさえも、中心材と辺材、節回りなど部分によって、湿度、曲がり、強度など個体差がある。まったく同じ材を切り出し組み立てることができない。大河原さんは、木の素材としての特性をしっかり学びたいという気持ちから、50代での受験勉強を経て大学院に進学。研究生活は8年に及び、出した結論は「木は生物資材であり、工業製品と同じく扱ってはいけない。あまねく活用することでまだまだ需要喚起できる」ということだ。

「生物資材」とはどういうことか。大学院では木の個性や部分による性質の違いを科学的に分析し、その違いによってどんなものに使うといいのかを突き詰めていった。同じスギでも、産地によって違いが出ることも数字で証明した。その答えは、伝統工法の大工が当たり前にやってきた木1本1本の特性を見極め、適材適所で配置するということを裏打ちするものだったという。

木をいかす技術として、大河原さんは大工技術を高く評価している

大河原さんは近年、消費者から家を建てる時に「空間を広く取りたいので柱を細く」「建具を薄く軽くしてほしい」などデザインや使い勝手を優先する声を聞いてきた。対して大工は「反りが出るから」など不具合を見通しいい顔をしない。大工の感覚には“木を生物資材として生かす”視点があり、それは工業製品に慣れた現代の消費者とは離れているということを大河原さんは再認識。大工への尊敬が増したとともに、「消費者のニーズはもちろん聞くが、木を扱う以上、生物資材という感覚を持っていこう」という自分のビジネスの軸が出来上がったという。

その思いを体現したのが、大河原木材の敷地内にある木造の研修棟。伝統工法を採用した2階建ての建物だ。「木は呼吸している、木は経年変化すると口で言ってもなかなか実感してもらえない。その空間に入って、深呼吸してもらうのが一番」と話す。社員といっても現代の一消費者であり工業製品の感覚を持っているため、この研修棟で木の生物資材としての特性を理解し、感覚として身に着けることが目的だ。森づくりや地域づくりなど大河原さんが関わる団体も利用するが「気持ちよい空間だから、話が弾むって好評だよ」と誇らしげだ。

疲れたら檜の風呂で一休み

木をあまねく使い切る

加えて、木材の廃棄にも注目した。木1本を重量換算すると建築材料として使うのはたったの25%。7割以上は活用されていないということにショックを受けた。

「例えれば、高級マグロの一番おいしい刺身が木材でいう建築材。マグロは刺身以外にも炊いたりあら汁にしたりして綺麗に食べきるし、それでお金もとれる。材木も大切に使い切れないだろうか」と考えた。大量生産が難しい西川材にとって、関連産業で収益を確保できるのは理想的だ。さかのぼれば樹皮や枝葉は燃料や屋根材にしてすべて使い切っていたことも、「何とかしたい、できるはず」という気持ちに火をつけた。

 研究は樹皮の活用へと進み、近年のバーベキューやキャンプの盛り上がりからアウトドア燃料として使うアイデアを得た。すでに地元で樹皮のペレット化をしていた企業「もくねん」と話が盛り上がり、2年前に経営に大河原さんが入って燃料として炭の商品開発を進めてきた。「二刀流」から、「三刀流」へのさらなる挑戦だ。

 樹皮のペレットを炭にしたオリジナル燃料は、バーベキューはもちろん、ダイニングテーブルの上で陶板を温めてチーズやソーセージを焼いたりと多彩に楽しめる。炭は遠赤外線を発生するので「焼き鳥も野菜もぐっとおいしくなる」と自信を見せる。木をあまねく使い切る取り組みの一歩として、この12月から本格販売を予定している。

大河原さん作成、木をあまねく使い切るイメージ

炭とセット販売する予定の特注コンロ

「わからないことをクリアーにしていくのが好き」という大河原さんは、商品開発に行き詰った時、経営に悩んだ時、どんどん「わかる人に聞く」という。「50年同じ業界にいるから、幸いなことにこういうときはこの人に聞くってのが見えている。一人じゃなにもできないこともよくわかっている」と話す。アイデアが人とのつながりで変化していったり、実際に形になったりと新しい世界が見えることに、喜びを感じている。

オリジナル燃料の製造は、県内の授産施設に委託することになった。効率化、機械化で大量生産するのではなく、ニーズに合わせた生産を適正な形で実現したいというイメージが、人の紹介によって実現した。「障害を持つ本人や親御さんの励みになっているようで、こちらとしてもとてもありがたい。自分も、知らなかった世界に触れて勉強になっている」と実感している。

世界を広げたその先に

次の新しい世界はなんと、大河原木材の移転と敷地拡大だ。在庫が多くなったことに加え、フォレスト西川の作業場と敷地が離れているため不便だったことから隣接している敷地を購入した。来年には稼働をスタートする予定になっている。

移転により、材木を運搬する手間の省略に期待が高まる

これまで、西川地域の山林から、製材業の過去と現在、木造建築、首都圏の消費者のニーズまで、世界をどんどん広げきた大河原さん。

未来についての展望を尋ねると「日本は少子高齢化で、家を建てるペースもこれから変化していくだろう。大量生産の必要性がなくなるから、手間暇かけていいものをつくる昔ながらの大工が求められるんじゃないかと思っている。全部手刻みじゃなくても、単純なところはプレカットに任せてもらえたらコストも抑えられる。海外からのニーズも出てくるんじゃないかな」と答えた。

近年のウッドショックによる影響を「日本の林業を見直すチャンスでもある。西川材の場合は1本の木を総合的に使い、関連産業の収益を山に還元できれば、まだまだ面白い展開があると思う」と話す。

西川材が保管されている奥に、美しい緑の木々が覗いている

手を伸ばして広げた世界がつながり、還っていく先は、緑豊かな山。そこでは、丁寧に育てられた木々が次世代での活躍を待っている。

大河原木材 大河原章吉さん(つくり手リスト)

取材・執筆・撮影:丹羽智佳子、一部写真提供:大河原木材

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