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設計士・寺川千佳子さん(恒河舎):お母さんは無垢の木の家のゴールキーパー

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脳性マヒだった息子の発達を助けてくれた保育園が、木の園舎だった

ヨハナ 木の家をつくることにしたのは、どうしてですか?

片岡 もともと私も主人も百姓の家の出で、木造の家で育ったという原体験がねっこにはあるのですが、建てるなら木の家!と確信したのは3人の子の保育園体験でした。その保育園は「ももの木保育園」といって、さくら・さくらんぼ保育園の創設者、斉藤公子先生の保育論に感銘をうけて、つくられたところです。

脳中枢の9割が6歳未満に発達するといわれ、あとあと脳が知的に発達するためには、この時期に触覚、視覚などの感覚神経と、手や足などを動かす運動神経との両方を最大限に使うことが大事なんだそうです。斉藤先生は「小さいころから体力、気力を養っていれば知力は自然に伸びる」と、土、水あそび、動物とのふれあい、お絵描きなどの活動を通してこどもたちが自然の中でのびのびとたくましく過ごす保育をされています。

「ももの木保育園」も、自然の中で思いっきり遊べるところです。太陽の下でめいっぱい遊べる、水をじゃーじゃー流しても怒られない、土のところにすぐ出ていけてどろんこ遊びし放題。そうやって育つ子は、意思をもてる。自分の好きなものはこれ、したいことはこれ、と言える子に育つんですね。勉強は左脳のはたらきがメインですが、それは感覚や身体を十分にはたらかせて右脳を育てた上で伸ばしてやればいい。だから、保育園の間は字が読めなくていい、と言うんです。むしろお話や読み聴かせを、想像力をはたらかせて聞くだけでいいんです。小学校にあがるための勉強をしないかわりに、足腰をうんと鍛えます。大人でも息があがるような山の上まで歩いていったり、山の中で基地つくったり、存分に遊んでいます。

「リズム体操」という斉藤先生が編み出した独特の体操があります。これは生物がアメーバーから両生類、爬虫類、そして哺乳類に進化する過程で、それぞれの体の動きを複雑化させる過程をたどりながら、リズムに合わせて体を動かす運動で、その動きが脳に刺激を与えて、障害のある子供の可能性も導き出すことがNHKの番組やBBC放送でも放映されています。体操筋肉の動きをつかさどる脳の部分(運動野)が受けた損傷が原因で、そのまま放っておけば歩けなくなるおそれのある脳性マヒの子でも、こうした保育の中で感覚神経と運動神経を十分に発達させることができるのだということを、斉藤先生は実践を通して証明してこられました。

この斉藤先生の保育を実践する「ももの木保育園」に長女を通わせはじめたのは、産休後職場復帰の時に「おもしろそうな保育園ができて、渡りに船」というぐらいの気持ちだったのですが、いちばん下の子の時にここでなくては、という事態が起きました。・・・ほかでもない我が子が、脳性マヒかもしれないということが分かったのです。

「ももの木保育園」ではその頃に限って、子供が4ヶ月になると幼児検診を受けに京都の病院まで出かけていました。4ヶ月頃までは「原始反応」が残っているため、押したり吊るしたりしてみることで脳性マヒの早期発見ができるので、診てもらいに行っていたのです。その京都の病院では、脳性マヒの子供たちの見分け方を研究しているドイツのボイタ先生の教えを受けた女医さんたちが、保健婦さんを指導して「京都では、脳性マヒで歩けない子を作らない」とがんばっていました。

当時の私は、ほかのお母さんたちと連れ立って観光気分で京都まで出かけたのですが、そこで「あなたのお子さんは脳性マヒの可能性が高い」と告げられ、一転どん底でした。それでも「運動をすることで筋肉の動きを正常にすることができますよ」と教えられ、上の子たちを両親に預け、息子と二人、体操を習うために京都の病院に1ヶ月間母子入院しました。

その後、「ももの木保育園」に戻り、リズム体操やボイタの体操を1日4回、1回30分を続け、小学校入学時には、何の障害も残らない正常な体になっていました。その息子も今年から大学生。親元を離れていく息子に、今日も小言を言い続けていますが、思う存分小言を言えるのも、あのときの京都の幼児検診と毎日の体操のお蔭です。

保育園の園舎は木と漆喰でできていて、寄せ棟の木組みが見えているようなつくり。大きなガラス戸はいつもあいていて、デッキを通じてそのまま外に出られるようになっています。床はヒノキ。その床で寝っ転がったり、這い回ったりと、子どもたちは全身を使って発達していくのです。毎日息子と通い、まだ歩けないうちから床を這い回る体操をいっしょに続けていて、その肌触り、やわらかさ、気持ち良さに「床は木の床がいい!」と、私も身体で実感しました。

園のこどもたちはいつも裸足、まだ自分でトイレにいけない子たちは排泄したという感覚を肌で感じるためにあえてオムツをつけません。泥んこまみれの子がどんどんあがってくるわ、おしっこやうんちはするわ、ですから、床は常に汚れ、汚れれば保母さんがふき取っています。そんな様子を見ていて、「ヒノキの床は、汚れても、またきれいになるのね。」と、安心して汚すことができる事に気がつきました。思いっきり身体を動かしてもケガもしないし「汚れるから」と止めることもなくていい。

そんな体験から、家を建てるなら、子ともたちにとってすぐに外に出て遊べるような家であること、暴れても怒られないことを保証してあげたいと、心底思うようになりました。そして、つくるなら「ももの木保育園のような」木と漆喰の家、と決めていましたね。

一家のゴールキーパーのお母さんの居場所

寺川 下のお子さんの卒園後も片岡さんは、縁の下の力持ちとして、ボランティアで保育園の運営にかかわり、資金集めのためのコンサートや舞台の企画などに携わっています。人と人とのつながりを大事に、精力的に活動しているので人の出入りも多いお宅ですから、その中心にいるお母さんが家事をこなしながら人と応対したり、子どもの面倒を見たりと、家族や家に来ている人たちの「ゴールキーパー」として目配り、心配りできる「お母さんのホームポジション」をつくりました。それが、台所のカウンターです。



ここにいれば、夕飯の支度をしながら、ダイニングでお茶を飲むお友達と応対もできるし、ただいま〜と帰ってくるこどもたちの気配も分かります。ホームポジションから一歩引っ込んだところにはお母さん専用の事務机があり、洗濯物と炊事との両方を気にしながらちょっとしたパソコン仕事ができます。

そうやって忙しく動き回っているお母さんの目に映る風景がステキであるように、ということも心がけました。台所のカウンターは、この家の絶景ポイントですし、事務机コーナーに腰を下ろした時には小さな中庭が目に入ります。長く家にいて、家族を守っている人がいちばんいい景色を見ていれば、気持ちがよくなるし、そのことが家族にもいい影響を与えると思うのです。

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