三重県志摩市、海と太陽がまぶしいこの地域で、120年あまり大工を営んできた東原建築工房。四代目の達也さんと五代目の大地さんは、受け継がれてきた手刻み・石場建てなどの伝統構法を活かし、現代のエッセンスを加えている。修行中の大地さんが初めて棟梁を努めた「いかだ丸太の家」が各種の建築賞を受賞。風土に根ざし、施主や地域住民と共に進める家づくりは、志摩の自然に寄り添う豊かな暮らしを実現している。

達也さんによると、地元の志摩市阿児町立神には「立神大工(たてがみだいく)」という言葉があり、古くから職人の里であったと伝えられている。江戸時代から多くの職人が活躍し神戸や大阪にも進出、大和の国長谷寺にも携わったといわれている。

「木も竹も土も身近にある、あるもので家をつくるという考え方は当たり前にある」と達也さん。同時に、この地は台風など自然災害も多く、自然を敬う姿勢も身についてきた。

現在は親子で、木の家を中心に設計・施工を行っている。
木組み土壁の住宅を、手刻みの石場建てで建てる。さらに増改築や修繕などを丁寧にこなす日々だ。

自宅脇に構えた作業場は、先代の實さん(三代目)の代から増築を重ねてきた。それでも手狭で、小屋組み材などは作業場横の屋外で加工することもあるというダイナミックさ。太陽と雨風を得て天然乾燥材となって行くそうだ。裏山にある竹林は、土壁の竹小舞にも使われている。

先代の實さんは、地元で大工修行の後、大阪に出て夜間は専門学校で学び、建築士免許を取得したという努力家。帰ってきてすぐに伊勢湾台風(1959年)があり、「災害復旧にも尽力し、丁寧にやってくれたと、今でも地元の方に言ってもらえています」(達也さん)。

その背中を見てきた達也さんも大地さんも、志摩市で育ち、大学時代を関東で過ごした後、Uターンして大工となった。父親は家族であり、親方でもあるという環境。ふたりとも口を揃えて「小さいころから大工になると自然に感じていた」という。

都市への人口流出が進み、市外に働きに行く大工職人も多くなった昨今、地域で、手刻みの大工仕事をしている東原親子は、稀有な存在だ。大地さんに至っては「携わった新築はすべて手刻みの石場建て、施主さんに恵まれています」と話す。

親子での役割分担は特になく、設計も施工も、打ち合わせも2人で相談しながら進めていく。達也さんだけが指導するのではなく、刻みや建前など仕事に合わせて先輩職人を招いてその仕事を学び、木の家ネットの仲間の現場に参加するなど、大地さんはさまざまなやり方を吸収している。

二人とも穏やかな性格だからか、「ぶつかることはほとんどない」という関係性だ。

達也さんは「今まで取り組んだことのない仕事でも、見たり触れたり調べたりして『こんな感じやな』と、工夫して自分の手でかたちにできるのが、職人の醍醐味」と笑う。

四代目の達也さん

大地さんは「施主さん家族も職人さんも、ご近所の方も、みんなで家づくりができるってのが楽しいですし、そういうやり方を続けていきたいです」と話す。

五代目の大地さん

在学時には技能五輪への出場や、木の家ネットメンバーの綾部工務店でインターンシップの経験を積み、木造の伝統構法を学んできた。木造BIMや限界耐力計算についても学びを深めている。「もちろん大工の腕も磨きながら、親父ができない分野も頑張りたいという気持ちもあります。それに、どんな勉強も普段の大工仕事に必ずつながってきますから」という。

大地さんは小学校3年生の誕生日に大工道具をねだり、工業高校3年生の時、地元の薬師堂再建で初めて、実際の墨付けをしたという。薬師堂は、夏に毎年盆踊りが開かれる場所で、平成22年に火事により燃えてしまったお堂を、3坪程に小さく再建することになったものだ。

この小さな薬師堂が、今取り組んでいる「みんなで家づくり」の大きなきっかけとなった。地元の人たちと一緒に、石場建ての地盤を固めるヨイトマケを行い、土壁の竹小舞や荒壁土は地山のものを使っている。大学進学を機に一度志摩を離れた大地さんも、夏休みなどを活かし地元の小学生たちと一緒に汗を流した。木の家ネットの仲間の池山さんや高橋さんに学んだワークショップが活かされている。

みんなの場所を、みんなでつくる。

志摩の自然を拝借し、生かしていく。

そんな家づくりの心地よさが受け入れられたのか、当時の小学生の親御さんや地域の住民、観光協会の職員などが、その後、施主さんとなり、新築の石場建てを依頼するようになった。

これまで手掛けた石場建ての家は、3坪から18坪とコンパクトなものが多い。達也さんは「施主さんは、予算はもちろんありますがそれよりも『薬師堂みたいな家がいい』『自分や家族でつくりたい』などの要望を優先することが多いかもしれませんね。大工にとってもやりがいのある仕事なんで、本当にありがたい」と話す。

達也さんは、大学時代に都会の先進的な建物にも触れる中、卒論では「志摩地域の風土と建築」をテーマに取り組んだ。「新しいものだけが本当に良いものなのか、地域で育まれた住まいや暮らしに関心があった」と振り返る。

気候風土適応住宅と、昔からの暮らし方

そんな思いを抱えて大工をする中で、一人の施主さんとの出会いがあった。竹内さんの新築物件「いかだ丸太の家」(2020年竣工)を、国土交通省のサステナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)として申請。達也さんは「これまで自分の感じていたものを、一つの形にすることが出来た」と言う。

「省エネ法改正が進む中、法の「気候風土適応住宅」の制度は、地域の木の家づくりに大きな意味をもっている。それは国が定めた基準を満たせない物件への救済措置だけではなく、地域が育ててきた自然と共生する住み方暮らし方といった建築文化に通じています」と話す。

竹内さんの家は、6坪の三和土土間の団らんスペースを中心に、両脇にそれぞれ6坪の居間、4坪のダイニングなどを配した設計だ。設計は愛知県の六浦基晴(m5_architecte)さんが担当した。

東原さんは設計の六浦さんや施主の竹内さんと話すうち、「志摩らしい建物を建てたい」という思いを共有する。浮かんだのは、地元では当たり前の存在である「いかだ丸太」だった。いかだ丸太とは、志摩でさかんな真珠の養殖いかだに使われる材木のことで、県産のひのきの間伐材を丸太のままで使う。気候風土適応住宅への親和性も感じた。

この丸太を、「シザーストラス」として小屋組みに用いた。建築家アントニン・レーモンドが好んだ構造で、この建物の特徴の一つとなっている。レーモンド事務所で学んだ建築家・津端修一さんが自邸に採用した方式で、達也さんは「施主さんの恩師でもある津端さんの自然な暮らしを大切にする姿を重ね合わせ、レーモンドスタイルを提案しました」と振り返る。

断熱材には、志摩産のもみ殻を用いた。竹内さん夫妻が知り合いの農家から分けてもらったもみ殻を、ドラム缶で燻炭とし、袋詰めして床下に敷き詰めた。天井には、乾燥したもみ殻を充填し突き固めた。すべて手作業だったという。

建具は、雨戸、よしずを張った網戸、木製ガラス戸、障子の4層すべてに古建具を再利用した。夫妻が解体される家を回って100枚近く集めた中から厳選したという。それぞれの建具は状態が異なるので、大工は調整に苦労したという。

また、家の中心にある竹内さん夫妻が愛情をこめて叩きに叩いた土間は、夏は南北の掃き出し窓を開け放つことで心地よい風が吹き抜ける。三和土(たたき)には地元の海水を使い、志摩特産の真珠の貝殻も埋め込み、さらに志摩らしさをあらわした。片隅には薪ストーブを置き、冬の暖を確保する。普段の煮炊きも薪ストーブが活躍する。

アートに精通し自らも油絵などを描く竹内さんは「志摩クリエイターズオフィス」というアーティスト集団を主催、この空間がその仲間と語らう場となっている。

仲間らは建設時から、土壁塗りや三和土(たたき)などのワークショップに訪れ、一緒に汗を流した。その数はなんと50人以上にも上ったという。竹内さんは「この家はひとつの作品。来る人来る人に、こんな暮らしいいね、憧れだねとうらやましがられるの」と微笑む。

達也さんは、「こういうワークショップ形式の建て方や自然と共に丁寧に暮らす住まい方は、確かに手間ひまがかかりますが、人の心を豊かにしてくれます。物質的な豊かさとは、また違いますよね」と実感する。

この家は、第40回三重県建築賞に加え、ウッドデザイン賞2021、第53回中部建築賞の受賞など、多くの評価を得ることとなった。

竹内さんは、この「いかだ丸太の家」の前に、敷地内にある築80年の平屋の古民家の改修を東原さんに依頼していた。先代の實さんと達也さん、学生の大地さんと三代で取り組んだ。この建物は日本各地で要職を歴任した猪子氏の終の棲家で、昭和時代に何度かリフォームがされていたが、空き家となり廃墟となりかけていた。壊れたサッシを木製建具に戻したり、朽ちたシステムキッチンを外して土間を復活させたりと「建築当時の復元」を念頭に進めていった。

のちに登録文化財となる旧猪子家住宅

竹内さんは東原さんを、「住む人のことを思って、要望に必ず応えてくれるすごい大工さん。特に猪子邸の改修は、設計図もないのに美しく復元してくれて、その技量に驚きました。本当に、よう作ってくれました」と話す。

その言葉に達也さんは「いやいや、よう任せてくれました」と笑顔で応える。

2つの物件がある敷地は、なだらかな起伏の土地にツバキや栗など四季を感じられる木々が並ぶ自然林だ。緑が太陽の光をやわらげ、小鳥のさえずりが耳に心地よい。時折、海風も届き、豊かな自然を存分に味わえる。

大地さんは、「職人と施主さん、家族や仲間とみんなでつくる家づくりは、本当にやりがいがあります。つくるのは家ですが、人と人の間で動くことを大切に、大工をしていきたいです」と、まっすぐに未来を見つめていた。

東原建築工房 東原達也さん、大地さん(つくり手リスト)

取材・執筆・写真:丹羽智佳子(一部写真、岩咲滋雨、六浦基晴(m5_architecte)、朴の木写真室)

背景

日本政府は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を目指すことを宣言しました。2021年4月には、2030年度の新たな温室効果ガス排出削減目標として、2013年度から46%削減することを目指し、さらに 50%の高みに向けて挑戦を続けるとの方針も示しました。この新たな削減目標は政府の中期目標として位置づけられ、国内のエネルギー需要の約3割、エネルギー起源 CO2 排出量の約1/3を占める建築物分野においても、省エネルギーの徹底を図ることが求められています。

そのような現状を踏まえ、環境について長年にわたり様々な活動をされてきた篠建築工房の篠節子さんに、脱炭素社会への道筋と気候風土適応住宅の寄与についてお話を伺いました。

篠建築工房 篠節子さんの主な活動

・脱炭素推進協議会幹事会幹事
・行政庁認定指針検討SWG委員
・サステナブル建築物等先導事業評価委員
・東京建築士会環境委員会委員長
・日本建築学会伝統的木造の温熱環境と
 省エネルギー特別研究委員会委員
・建築士会連合会環境部会副部会長
・JIA環境部会 伝統木造RU主査など

我が国の目指す脱炭素社会の実現は、持続可能な社会をつくる上で大事なことです。しかし、その実現には様々な多くの課題があることも事実です。

現在は建物の断熱性能と暮らしにおけるエネルギー消費量について、決められた省エネ基準への適合について建築士から建築主に対し説明をする「説明義務制度」が施行されており、2025年には、戸建住宅などの小規模な住宅においても省エネ基準への適合義務化が予定されています。

一方で、地域の気候及び風土に応じた伝統的木造住宅などを気候風土適応住宅として定義し、外皮基準の規定を適用しないことと、一次エネルギー消費基準についての緩和措置が設けられています。現時点ではあくまで特例としての取り扱いであり、それらの住宅が持つ様々な特徴を本質的に評価するという仕組みにはなっていません。関係する告示第786号には気候風土適応住宅として認定されるための一部の仕様が規定されており、2021年3月にはその告示内容を含む解説書が発行されています。


脱炭素社会の実現へ向けた気候風土適応住宅の寄与

脱炭素社会の実現のためにはカーボンニュートラルの視点で考えることが有効です。多様な手法を用い温室効果ガスの発生を抑制するとともに、温室効果ガスの貯蔵能力を有する木材の利用拡大を図り、吸収源である森林の健全な育成を継続かつ並行して行うことが必要です。カーボンニュートラルを最もシンプルかつ確実に実現する道筋として、次の三つの持続可能な開発の目標に沿ったものが考えられます。

「自然にかえせる量の資源しか取らない」「地下より地上のエネルギーを選ぶ」「生物の多様性を保護する」

このような目標は正に日本で脈々と続いてきた気候風土に応じた住宅、また今後も継承すべき気候風土適応住宅の自然に寄り添う建築的な考えに一致しています。

3つの持続可能な開発の目標

気候風土適応住宅は、日本の地域の文化を守り、地場の山の木(大都会では国産の山の木)の利用から建設段階での建設材料の運搬、建設資材の製造、木材の乾燥、建設時の廃棄物処理、居住段階における住まい手の暮らし方、長寿命化を目的とした住まいの改修、そして居住後の解体時の廃棄までを含むライフサイクル全体に渡って環境負荷低減に効果的であり、極力温室効果ガスの削減を実践している住宅です。

山から、長い居住期間を経たのちの、解体までのLCAの図

住宅を脱化石燃料と地域の文化の視点で捉え、「脱炭素」「地域性」「日本の文化」という観点から、材料や工法を分類すると、気候風土適応住宅に備わる特徴が脱炭素社会に様々に寄与できることがわかります。

3つの観点で捉えた気候風土適応住宅

気候風土適応住宅の特徴である、地域資源を用い、資源を活かす工法を採用することは、本質的な脱炭素へ向かう重要な手法となります。
地域に根ざした工法として気候風土適応住宅は、生産から廃棄に至るまで地域での環境負荷を抑え、地域文化の継承に寄与しながら、地域経済の持続に貢献します。

環境負荷から考える材料と工法

3つの観点、使用する材料や工法の視点から判断すると、気候風土適応住宅は脱炭素社会にふさわしい住宅といえます。三角形の上に行くほど地上の材料が増え、気候風土に適応した要素が多くなり、同時に建築的な環境負荷が減少します。
この図は公的なものではなく、建築士会連合会環境部会にて2021年11月以降に共有化された気候風土適応住宅の位置付けと継承とともに地域型住宅という名のもとにカーボンニュートラルに近づく住宅として考えたものです。

化石燃料に過多に頼らず地上のものである自然素材で造り、日本の各地の文化に沿って地域性を取り入れた気候風土適応住宅は、持続可能な脱炭素社会にふさわしい住宅と考えられることがお分かりになっていただけると思います。

動画では、気候風土適応住宅の特徴や関連事項、気候風土に応じた要素を用いた保育園の事例についてお話ししています。子どもの頃の原体験を通じ、気候風土適応住宅を知るきっかけになることを願っています。
収録:2021年11月


篠建築工房 篠節子さんによる解説

気候風土適応住宅の位置付け -篠節子-

世の中には色々な住宅がありますが、脱炭素や地域性、日本の文化といった視点で考えた時に「三角形のピラミッドの図」を使って説明すると、それぞれの住宅の違いが理解しやすいと私は考えています。

ピラミッドの図の上の狭い部分は「気候風土適応住宅」です。そのすぐ下に「地域型住宅」、さらにその下に在来木造の一般の住宅があり、一番下の広く大きな部分には「RC造」や「鉄骨造」の住宅があります。

この図は、あくまでもこれは私の考えで、公的に国が言っているものではありません

「気候風土適応住宅」の場合、構造材が地元の材料で大工の手刻みで、建具なども職人の技術でつくることが多いですね。室内側の壁が真壁であることが多いのも特徴の一つです。

国が主導して行っている「サステナブル建築物等先導事業」では、「気候風土適応住宅」のお手本になるような質の優れた住宅が建てられるよう、支援しています。

2021年の4月から始まった「建築主への建築士からの説明義務制度」ですが、おそらくこれが2025年からは適合義務化となります。「気候風土適応住宅」というのは、省エネ性能だけではなく、省エネに値するような素晴らしいものたくさん兼ね備えているものだと位置付けられています

建築物省エネ法告示786号の一項による認定だけでは建てられないものもあるでしょう。ですから地域独自の基準である二項を使って、その地域らしいものをつくっていくことが大事になります。

なかなか二項の地域独自の基準づくりをすることまでできない場合もあるでしょう。しかし、それぞれの地域において「国産材を使う」とか「地域の職人がつくる」ということをしていくことによって、その地域も活性化していくはずです。

「気候風土適応住宅」が扱うのは、自然素材であって地上のものです。日本の文化を継承し、地域性を備えたものですから、脱炭素社会において相応しい住宅ということになります。

「気候風土適応住宅」を増やすためには、若い職人を私たちが育てていくことが大切です。それと、これから住宅をつくろうと思う方に、「気候風土適応住宅」の良さを分かっていただくことも重要です。

「伝統そのものではなく、ちょっと違うデザインがいいわ」という方には、地域の大手工務店がつくる「地域型住宅」を検討していただくのが良いと思っています。


告示第786号と所管行政庁への要望

告示第786号の1項では気候風土適応住宅に備わる要素の全国統一の仕様を定めており、2項では各地域の気候風土に沿って所管行政庁が基準を設定します。それぞれの地域における気候・風土・文化を踏まえた工夫の活用により、優れた居住環境の確保を図る伝統的構法による住まいづくりの重要性の観点から、地域の所管行政庁が2項の基準を作る仕組みです。2025年の適合義務化は目前に迫っており、全国で2項の基準づくりが急がれていますが、国の施策であるにも関わらず2項の基準づくりは進んでいません。告示786号の1項ができ、「気候風土適応住宅」の解説が発表されたことでかえってそれまで実務者の基準づくりへの提案に対応していた行政庁が独自の基準づくりに消極的になったというのが実情です。

国交省の発表資料では気候風土適応住宅における所管行政庁の取り組み状況として、「4行政庁が令和3年4月より独自基準の運用を開始」と紹介されていますが、熊本県が独自の基準を作り、熊本県に4つの所管行政庁があるということです。所管行政庁は全国に451あります。関東地方では、埼玉県内に43の特定行政庁があります。埼玉建築士会は「彩の国気候風土適応住宅の要件案」を一昨年の8月末に県へ提出しました。何度も打合せや調整をしていますが要件策定には至っていません。そこに、国の脱炭素社会への実現のため2025年には省エネ基準の「義務化」が行われることから、県も要件策定に向けて庁内での検討を進め、実務者との意見交換をしているところです。また、所管行政庁を34持つ東京では、東京建築士会の環境委員会の中に気候風土WGを立ち上げ3年間にわたり東京の気候風土について活動をしています。この活動を元に東京都に気候風土適応住宅についての意見交換を申し込んでいますが、まだその機会を持てていません。

実際、全国451の所管行政庁全てが各々に基準づくりをするというのは現実的ではありません。各都道府県が管轄内の所管行政庁を束ねて気候風土適応住宅の基準作りの策定をしていただくのが望ましく、そのために国としても促進をしていただくことが必要です。一方で行政職員の方々は、解説書を読んでいるとしても気候風土適応住宅についての専門家ではありません。よって基準づくりにはそれぞれの地域の実務者や関係団体がその地域の気候と風土に適した住宅の知恵を出した議論の上に行政への協力と連携をすすめていく道筋が必要と考えます。促進を図るための第一ステップとして、都道府県・所管行政庁の職員に向けた気候風土適応住宅の理解を深めるための講習会、見学会等の開催について建築士会や関係団体が協力組織となり企画・提案を行い、その支援を国として国交省に前向きにご検討していただくことを希望します。

次回の気候風土適応住宅特集コンテンツでは、気候風土適応住宅に備わる要素と会員事例の紹介を予定しています。

木の家づくりとSDGsとはクロスする

木の家ネットのつくり手は、無垢の木を使って、地域の気候風土に適応した家づくりをしています。どのような素材を選び、どう使うのか、何を大切にして家づくりをするのか。そのひとつひとつの問いと向き合い「自分さえ、今さえよければ」とか「経済効率至上」ではなく、自然との共生、資源や経済の地域内循環、長寿命の家づくり、環境の持続可能性などにつながる選択を、する姿勢は、昨今注目されているSDGsの考え方と重なる部分がたくさんあります。今回の特集では、木の家づくりとSDGsについて埼玉県川越市で綾部工務店を営み、主に木組み・土壁・石場建ての家づくりを手がけている綾部孝司さんに語っていただきました。ビデオを収録したのは、綾部工務店で設計施工した「雑木の庭に建つ石場建ての家」。(一社)環境共生住宅推進協議会で毎年実施する「サスティナブル先導事業(気候風土適応型)」平成28年度の採択事例にもなっている「気候風土適応住宅」です。

職人がつくる木の家ネットの運営委員であると同時に、「木の家ネット・埼玉」の中心メンバーのひとりとして「くむんだー」による木育活動や、埼玉県建築士会との恊働による埼玉県における気候風土適応住宅の基準づくりのための特定行政庁や県へのはたらきかけなども積極的に行なっている綾部さんは、早くから国連が提唱するSDGsに注目してきました。「環境負荷を少なく、自然の恵みを活かし、次世代にもつながる家づくり。ふだんから考え、実践していることが、SDGsで掲げている目標の達成にも寄与している。あたりまえにやってきたことの意義を再認識し、その意義を意識的に発信していくことが、大事」というメッセージを肉声で伝えるために、映像で出演してくださいました。

SDGsとは?


SDGsで掲げる17の目標

SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)とは、持続可能な世界をつくっていくために考えられた17の目標です。2015年9月「国連持続可能な開発サミット」において「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」がで全会一致で採決されました。

「誰一人取り残さない no one will be left behind」という理念のもと、今の世界に蔓延している貧困や格差、環境問題などを、世界中の人がそれぞれの立場で解決していこう、という全世界共通の目標です。それは、環境にダメージを与える、社会的な格差をつくるような経済行為はしてはいけないというストッパーともなるものです。


世界共通で使われているSDGsのロゴデザイン。
1-韓国語 2-ロシア語 3-中国語 
6-フランス語 7-スペイン語 8-ドイツ語  9-アラビア語
12-英語 13-日本語 14-イタリア語 15-英語

SDGs 経済活動と環境や経済との関係

SDGsが登場する前までは、持続可能性は環境・社会・経済という並列な「3本柱」によって支えられると考えられてきました。しかし、SDGsでは「正常な環境や社会があってこそ、経済活動がなりたつ」としています。持続可能な環境というベースの上に健全な社会が成り立ち、その上ではじめて経済活動は展開され得るのです。

2002年 持続可能な開発に関する世界首脳会議
(ヨハネスブルク・サミット)
持続可能性を構成する「3本柱」としての社会・環境・経済
2015年、SDGsが採択された国連持続可能な開発サミット
3つの要素は並列ではなく、社会は経済の、環境は社会の前提条件であると定義された。

木の家づくりを通してどのようにSDGsの達成に関われるか?

SDGsは、全世界の人が向かうべき目標として掲げられています。開発途上国だけでなく先進国も含めで全ての国の、政府、自治体、企業、NGO、学校など、すべての立場の人が、それぞれの立場や地域から取り組むことが求められています。

では、私たち木の家ネットのつくり手は、無垢の木を使った気候風土に適応する住宅を造ることを通して、どのようにSDGsの17の目標の達成に関われるのでしょうか?

17の目標のうち、私たちが実践していることと内容が近いものを5つ取り上げてみました。

3-すべての人に健康と福祉を

7-エネルギーをみんなに そしてクリーンに

11-住み続けられるまちづくりを

12-つくる責任 つかう責任

15-陸の豊かさも守ろう

3:すべての人に健康と福祉を

気候風土に適応した家づくりでは、無垢の木や土、草、石など、できる限り自然素材を使います。自然素材は「呼吸をする」ともいわれ、多孔質であるため、吸放湿性にすぐれ、室内の湿度を適度に保ちます。また、目にやさしく、音の反射もやわらかく、手触りや足あたり、香りもよく、五感を癒す作用があります。自然素材がつくる室内空間で、人は心身ともに健やかに暮らすことができます。

7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに

外界の自然を遮断するのでなく、ゆるやかにつながり、季節に応じて太陽光や風、庭の樹木など自然の恩恵を活用します。軒の出を深くすることで、高度の高い夏の強い陽射しはカットし、冬の低い陽射しは家の奥まで取り込む。落葉する庭木を植えることで、夏には木陰を、葉を落とす冬には縁側に陽だまりをつくる。エネルギーを消費する以前に、知恵を使って夏冬の暑さ寒さをやわらげることは、省エネにつながります。

11:住み続けられるまちづくりを

地震、台風、洪水など、自然災害の発生の頻度は増え、災害も甚大化しています。日本の建築には古来、自然の力に対抗するよりは、受け流し、やり過ごすしくみがあります。木組みの軸組は、木のめりこみで傾くことがあっても、おこせば復元できます。落ちた土壁は塗り直すことが可能です。雨に濡れた無垢材の柱は乾けば元通りになります。「壊れないこと」よりも「直せるように造ること」の方が、結果的には補修をしながら長く住み続けられることにつながるのです。

12 つくる責任 つかう責任

経済性を優先するなら、家の寿命は長すぎない方が、ふたたび新築する機会がめぐってくるからいい、というような発想は、SDGs的ではありません。長く使い続けてもらえるように、かつ使わなくなった時にゴミにならないようにつくるのが、つくる者としての責任です。メンテナンスをしながら長く住み継いでいけるような、長寿命な家づくりをするのが基本ですが、木組みであればこそ、解体することになっても材を再利用することも可能です。今主流の新建材の家は、解体後、燃えないゴミとして埋め立てるほかなく、環境負荷が高いですが、無垢の木の家は、最終的に燃料にすることができます。

15:陸のゆたかさも守ろう

気候風土に適応した家づくりでは、地域材を多く使います。地域材を使うことは、山の手入れをしたり植林したりする費用を還元することになり、それによって山を健全に維持することができます。山の手入れがなされなければ、自然災害の被害も大きくなってしまいます。家づくりに上流の山の地域材を使うことが、その流域の安全を守ることにもつながるのです。

以上のように、私たちが実践している無垢の木の家づくりは、結果的に、SDGsでめざしている目標の達成に寄与しています。SDGsという言葉が一般的になるずっと前から、私たちはあたりまえのこととして、このような意識をもって仕事をしてきました。

無垢の木の家づくりを志される方には、あなたのその選択が、SDGsの目標を達成するための大きな一歩ともなることをお伝えします。

社会全体がSDGsの目標達成に向けて動いていく中で、このような家づくりの意義をより広く知らしめ、こうした家をつくり続けることができるよう、位置付けていくことも大切です。そのためには、地域の行政へのはたらきかけも必要です。

この動きを全国に

2021年4月から、つくり手は住まい手に、造る家の省エネ性能について説明する義務を負うこととなります。その際に、今回ご紹介したような家づくりをしているつくり手のみなさんは、外皮性能をあげて「省エネ基準」を達成する方法ではなく、自然の恵みを活用しさまざまな工夫で省エネを実現する「気候風土適応住宅」であることを説明していくことになります。どんな家が「気候風土適応住宅」となるのかについては、それぞれの地域の気候風土に合った基準をつくるのが望ましく、地域の特定行政庁で要件を決めることになっています。そして、なにがその地域の「気候風土適応住宅」の要件としてふさわしいのかは、実務者と各特定行政庁とのやりとりの中で練り上げていくことが求められています。
たとえば、埼玉県では、2020年の8月27日、一社)埼玉建築士会のメンバーで木の家ネット会員でもある2名が代表して、無垢材と相性のよい真壁づくりを要件としていくことを提案した「埼玉県における気候風土適応住宅の提案書」を提出するとともに、実務者から見た持続可能な社会づくりについてプレゼンをしました。

埼玉県都市整備部建築安全課に気候風土適応住宅の提案書を提出

全国各地のつくり手のみなさん。SDGsにも貢献できる、地域の無垢の木を使い、そこの気候候風土にかなう家づくりを全国各地で継続していくために、地元の特定行政庁に足を運び、はたらきかけをしていきましょう。

SDGsなんて、きれいごと?

SDGs が呼びかけているのは理想であり「きれいごと」である。「実現できればいいけど、それはきれいごとだから。」と言われて理想を抑えて忖度してきたこれまでの社会を変えるために、「きれいごとを揶揄することから行動することへ」変えていき、「きれいごとで勝負できる社会」を実現しなければならない。

単なる世代交代のバトンではなく「質の高いバトン」を次世代に渡していく。学校でこのアイコンを知った子どもたちからは、「不平等をなくしたい」「困った人を助ける仕事をしたい」といった夢を描く子どもが出てくるだろう。この SDGs アイコン日本語版が、きっと人生の指針になっていくだろう。各ゴールのアイコンに添えられた日本語が、より良い世界に向かって力を合わせていくための羅針盤(コンパス)になってくれたらと願う。

SDGsアイコン 日本語版制作チームの一員
川廷 昌弘さん

出典:SDGs は国連初のコミュニケーション・デザイン〜SDGs アイコン日本語版の制作プロセスから考察する(KEIO SFC JOURNAL Vol.19 No.1 2019)

気候風土に適応した住宅をつくることが、SDGsの達成にもつながること、ご理解いただけましたでしょうか? 今回の特集では、SDGsとの関わりに焦点をあててご紹介しましたが、木の家ネットのコンテンツで「気候風土適応住宅」の要点についてわかりやすくまとめたコンテンツもありますので、そちらもあわせて、ぜひご覧ください!

気候風土適応住宅の魅力

内容
1.建築物の省エネとは??
2.「気候風土適応住宅」の構成要素
3.気候風土適応住宅の生産体制
4.気候風土適応住宅の価値

[ 気候風土適応住宅の魅力 ] コンテンツへ

人間の経済活動や暮らしには、エネルギーを使います。現代社会では、その多くを石油・ガスなどの化石燃料に依存しています。しかし、これらの資源も無尽蔵ではなく、かつ化石燃料の多用が地球環境に負荷をもかけている現状もあります。そこで今、「省エネ」が、人間の経済活動や暮らしと地球環境との折り合いをつけながら持続可能な未来をつくっていくために国際的に共通課題として世界各国に求められています。日本でも、産業や暮らしの各分野での「省エネ」への取り組みをしており、「建築物の省エネ」もその重要な一翼をになっています。2020年の新春特集として「建築物の省エネ」にむけたアプローチとして木の家ネットで推奨する「気候風土適応住宅」について、お届けします。省エネを実現しつつ、それ以上の豊かな価値を多様にもたらす気候風土適応住宅の魅力を、たっぷりと感じていただければ幸いです。

1.建築物の省エネとは??

「建築物の省エネ」について「室内と外部環境との関係」に着目すると、大きく二つの方向性があります。ひとつは「内|外」タイプ。これは、内と外にしっかりと境界をつくって、外界の影響を最小限にした室内を、高性能な冷暖房機械で空調する建築手法です。決め手となるのは、家と外とを遮断する「外皮」。高性能な断熱材や窓ガラスを用いて外皮性能をアップすることで、省エネを実現します。一般的に「省エネ住宅」といわれているのは、このタイプです。

左:「内|外」タイプ(外皮性能型)と右:「内⇆外」タイプ(気候風土適応住宅)

もうひとつは、これからお話する「内⇆外」タイプ 気候風土適応住宅です。室内と外の環境とは遮断せず、ゆるやかにつながる建築手法です。その土地の気候風土の陽射しや風などを取り入れ、外部の自然環境を積極的に活用し、使用エネルギーを低くおさえた暮らしを実現します。空調機器も高性能な断熱材や建材がなかった頃からある、昔ながらの伝統木造住宅は、このような知恵や工夫の結晶です。木の家ネットの多くのつくり手は、このような地域の気候風土にあった自然な暮らしができるような家づくりを志向し、実践しています。

気候風土適応住宅が
省エネを実現するポイント

1. 陽射しや風など、自然の恵みを生かす
2. 「和の住まい」を今の暮らしに
合った形で継承
3. 長寿命。製造エネルギーも小さく、自然に還る素材でゴミにならない。
地域内循環。広義の省エネ要素がたくさん!

「内|外」タイプ(外皮性能型)も、現代的な住宅を施工する上で水道光熱費を抑えるのに有効な方法ですが、自然との共生、日本の住文化や職人技術の継承、製造〜廃棄までのサイクルの長さなどを考えると、「内⇆外」タイプ(気候風土適応住宅)こそが、より広い意味での省エネになっているのではないかと私たちは考えています。

以前に木の家ネットの特集記事で使ったマーク。
日射や通風を活用した家。

職人がつくる木の家ネットがつくった「地域独自の気候風土適応住宅を!」のチラシ。クリックすると、PDFファイルがダウンロードできます。

昨今、開発は持続可能性と両立すべきものであるという「SDGs」が取り沙汰されていますが、「気候風土適応住宅」の実践は「SDGs」のいくつかの要素にもあたるとも考えられます。家づくりを通して、持続可能な社会をつくっていると確信できることは、私たちにとっても住まい手にとっても、嬉しいことです。

関係ありそうなピースを抜き出してみました。

:エネルギーをみんなに そしてクリーンに
11:住み続けられる まちづくりを
12:つくる責任 つかう責任
13:気候変動に具体的な対案を
15:陸の豊かさも守ろう

SDGsとは?

持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)とは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っている。(外務省のWebサイトより

以下に、一般的な省エネ住宅と気候風土適応住宅とについて、項目ごとに対比させてみました。理解の助けになれば幸いです。

「内|外」タイプ(外皮性能型)「内⇆外」タイプ(気候風土適応住宅)
大壁づくりが主土塗り真壁づくりなど
建具工業製品の高性能なサッシ地場産の木製建具
開口部窓は小さくなりがち南面等に大きな開口
建材木質系、工業系建材を多用無垢の地場産材、土や紙など
断熱材性能の高い化学系木質繊維由来など、自然素材
冷暖房高性能機器で空調陽射しや風を活用+薪ストーブなども

気候風土適応住宅 誕生の背景

国際的な省エネ目標を建築物においても達成するために、新築において外皮性能基準の達成を義務化する方向での議論が2015年ごろから進んでいた。しかし、これでは土壁など日本の伝統的な「和の住まい」がなくなる!という声があがり、国交省では、地域の職人・技術・文化を大事にし、外皮性能によらない形で省エネに寄与する伝統木造住宅を「気候風土適応住宅」として、外皮性能基準の適用除外にすることを決めた。

2.「気候風土適応住宅」の構成要素

「気候風土適応住宅」は、季節の暑さ寒さに応じて省エネを実現するたくさんの知恵と工夫でできています。さまざまな要素がありますが、いくつか項目に分けてご紹介しましょう。写真は、サスティナブル建築物先導事業(気候風土適応型)」採択事例の竣工物件のうち、木の家ネットのつくり手が関わったもの寄せていただきました。(写真の出典は記号で示し、凡例を文末にまとめました)

省エネ性能の「説明義務」

2020年に外皮性能基準の適合義務化に追加されるのは、300平米以上の非住宅建物のみ。小規模住宅については、設計者が施主に対して、その家がどのように省エネにつながるものかを説明することが、義務付けられます。その根拠は「外皮性能」でも、別の方法でもかまいません。この特集が「気候風土適応住宅」による省エネ手法の説明に役立つことを願っています。

1. 深い軒で、日射調整

軒を深く出すことで、高い夏のギラギラした日射しは室内に入れずにカットし、低い冬のぽかぽかした日射しは室内に取り込むことができます。「気候風土適応住宅」では、太陽高度を意識した軒の出し方の設計ひとつで太陽エネルギーを電気や温水に変換することなく、活用するのです。(このように直接ありがたく使うことを「ダイレクトゲイン」といいます)

2. 建具・窓・床下通気などで、
自然な風を利用

「気候風土適応住宅」では、家の中に心地よい風が通るよう、建築的な工夫をします。南面に掃き出し窓を大きく開放するのが基本ですが、酷暑の夏は開けるとかえって熱風が入ることもあるので、庭に打ち水をして気化熱で涼を得る、よしずや簾(すだれ)を使うなど、暮らしの知恵で応じることもします。

掃き出し窓ほど大きく開放するのでなくても、天窓と地窓など高さの違う窓をもうけて空気の流れをつくる、欄間や無双窓などで外から部屋、部屋から部屋へと風が抜け道をつくるなども、有効な方法です。石場建てにすることも、床下の通風の確保につながります。風がうまく抜けるよう計画すれば、機械空調に頼ること少なくして日本の夏を気持ちよく過ごせるのです。

3. 重層的な建具構成で、
季節に応じた生活空間を

とはいえ、日本には四季があります。暑い夏は外とつながる風通しのいい住まい方が望ましくても、寒い冬は室内にこもって、ぬくぬくとあたたかく過ごしたいものです。季節に応じて暮らせる「気候風土適応住宅」のポイントとなるのが「建具づかい」です。

外回りに雨戸、ガラス戸、障子と建具を多層的に使います。敷居を何本もしこめばフルオープンにもできますし、一番外の雨戸にあたる建具を、百葉箱の壁のようなルーバー状の格子のものにすることで、防犯上安心な形で夜間通風を得ることもできます。季節によって、あるいは昼と夜とで、建具で外皮の状態を変化させて、室内環境をうまく調整するのです。

建具を開け閉てすることで、空間を広げたり、せばめたり。家そのものが呼吸するような使い方ができるように設計するのですが、中でも活躍するのが「障子」。窓の内側に一本、障子をたてるだけで寒さがやわらぎますし、閉めていてもやわらかい明かりをもたらしてくれるので、閉塞感なく使うことができる、優秀なアイテムです。昼間はおひさまが燦々とあたたかい縁側も、夕方からは居室との境にもうけた障子を閉めれば縁側空間そのものが「熱的緩衝空間」となり、居室を夜間の寒さから守ってくれます。たった「紙一枚だけ」のことですが、素晴らしい知恵ですね(破れていないことが前提ですが!)。

内土間や続き間などもこの「熱的緩衝空間」という考え方に通じます。必要や場合に応じて仕切って区切って、夏は広々と、冬はこじんまりと。可変性のある空間で季節や時間に応じた暮らしの工夫で、冷暖房機器に頼らない省エネをするのが「気候風土適応住宅」なのです。

4. 雨がかりや湿気にも配慮

気候とは、暑さ寒さだけではありません。雨風や湿気に応じることも「気候風土適応住宅」の大事な要素です。湿度の高い日本では、腐朽から家の劣化がはじまります。家の耐用年数が長いことは、確実に省エネにつながりますので、吸放湿性のある無垢材や自然素材を使用します。家が長持ちする上に、室内の空気もさらっと、気持ちよいものとなります。また、建築的にもその地域の風雨の強さや方向性などを考え、雨がかりや湿気のこもりやすい床下の対策などを考えます。

5. 庭も一体で計画し、
心地よく過ごせる微気候をつくる

「外の自然環境を取り入れる」といっても、その外がアスファルトやコンクリートでは、逆効果になりかねません。大自然の中にある家でなくても、建物の周辺にほんの少し木があるだけで、建物周辺の地表面の温度上昇を抑制することができます。落葉樹を植えれば、夏は緑陰を楽しみつつ、冬は陽射しを取り込めます。庭とまでいかなくても、敷地の内外の境をブロック塀でなく植栽にするだけでも、家の周囲に微気候を形成しつつ、道ゆく人が季節感のある景観をもつくることができます。

6. 季節に応じて、
主体的に暮らす住まい手

夏は座卓、冬は掘りコタツとして使う。

「気候風土適応住宅」は、どこに持っていっても、誰が住んでも同じ性能を発揮する「箱」ではありません。そこが一般的な「外皮性能型」の省エネ住宅とのいちばんの違いです。

「気候風土適応住宅」のひとつひとつが地域に固有の気候風土に応じて計画する「一点もの」であり、また季節に応じて暮らす「住まい手」がいてこそ、成り立ちます。住まい手の主体性は「画竜点睛」の最後に描く龍の目のようなもの。建具を開け閉てし、すだれをかけ、打ち水をし、風鈴を吊るすことを四季おりおりに楽しむ。そんなライフスタイルを志向する人とつくり手との出会いが「気候風土適応住宅」を実現させるのです。

気候風土適応住宅は、
断熱しないの?

そんなことはありません!伝統的な意匠や、自然との共生を大事にしつつ、外皮性能をあげる努力も、できる範囲でしますので「昔ながらの、冬の我慢を強いるようなスカスカの家」とはちがいます。採択事例では、次のような工夫が評価されました。

・内壁が土塗り真壁でも、外壁に自然系の断熱材を
・断熱性能の高いガラスの採用
・建具にしゃくり等の隙間防止措置

3.気候風土適応住宅の生産体制

それがどんな建築的な要素でできているか のみならず、その一軒の家を「誰がどのようにつくるか」も「気候風土適応住宅」の大事な要件となります。「地域の職人が地域の素材でつくり、地域の文化を継承する」ということが、「気候風土適応住宅」の生産体制の柱となります。これは、国交省だけでなく、文化庁や観光庁も関わる「和の住まい推進」とも連動する考え方です。

1. 地域の職人がつくる

全国規模のメーカーで量産する部材を組み立てるのでなく、一軒一軒の家を、地域の職人が手刻みして組み上げるのが「気候風土適応住宅」です。若手を起用することで、技術継承をはかること、大工職人だけでなく、左官、建具、畳、瓦、板金など、大工とチームになってはたらくさまざまな職人たちの存在も重要です。

2. 地域の素材でつくる

「気候風土適応住宅」では、近くの山の無垢材を使うほか、土、紙、瓦など地域の自然素材を積極的に使います。今回参考にした採択事例の申請書にも「八代産の畳表と藁床」「岡山の稲藁床と畳表」「八女和紙貼りの天井」「菊間瓦」など、地域の素材がたくさん挙げられていました。

3. 地域の景観・文化を継承する

家は私有財産ですが、家を建てることは、周囲の景観に影響をおよぼすことでもあります。「気候風土適応住宅」はいい景観を積極的につくっていくもの。外装に焼杉、縦格子、大和塀を使う、道路ぎわに生垣を設置する、既存の屋敷林を活かすなど、魅力にあふれた採択事例をご覧ください。

気候風土適応住宅って、
どれくらい省エネなの?

平成28年度の採択物件について、グラフにまとめたものです。基準一次エネルギー消費量に対して、実際に一年間住んでみての実測一次エネルギー消費量がかなり低く抑えられていることがおわかりいただけることでしょう。

基準一次エネルギー消費量:家の規模、住む人数、地域区分などに応じて、室温を夏場は27℃、冬場が20℃にするためのエネルギー使用量は、この基準以内に抑えなさいと定めた、基準値。行政庁認定の住宅用プログラムで求める
設計一次エネルギー消費量:設計者が計画した物件について、外皮性能や使用する冷暖房機器に応じて計算する、設計値
実測一次エネルギー消費量:実際に一年間住んでみての、水道光熱費の使用実態から積み上げた、実態値

「基準」「設計」については、サスティナブル先導事業(気候風土適応型)の公式Webサイトで公表されている数値を、「使用」については竣工後の住まい手の協力により収集した数値を使っています。「気候風土適応住宅」では実態値が基準値を大きく下回っているだけでなく、設計値と比べても低くなっています。設計値と実態のズレは、エアコン設置しない場合には効率の悪いエアコンを設置した数値に換算するなど、現在の算定プログラムの仕様が気候風土型と合っていないことや、プログラムにおける冷暖房の設定値などによるものと思われます。

■ 参考:平成28年度の採択物件 事例集
https://www.kkj.or.jp/kikouhuudo/dl/jirei/jirei28.pdf

(一社)環境共生住宅推進協議会 気候風土適応型 評価・審査室

※この事例集3例めの「大きな屋根の小さなすまい」では、かんな屑断熱材を天井断熱に使用しています。評価機関では、かんな屑を断熱材として認めないため、基準値を「断熱無し」と評価して122GJとしています。このグラフでは、かんな屑を断熱材と評価した場合の基準値として、62.5GJを採用しています。

4.気候風土適応住宅の価値

ここまで「気候風土適応住宅」の建築面、生産体制面でのなりたちを見て来ました。「和の住まい」といわれる伝統的な木造住宅を、現代のニーズにあったかたちで新築することを「省エネ」という大きな文脈の中でどう位置づけると、どう評価したらよいのか。その捉え直しの作業の中で「気候風土適応住宅」という概念を整理できたのは、よいことであったのではないかと思います。

同時にこの「気候風土適応住宅」が、今後、自然と共生する持続可能な社会をつくっていくにあたって「省エネ」だけにとどまらない価値を生み出していることにも、気づかされます。省エネに至る道が「外皮性能」だけでないように、「省エネ」だけにかぎらない、多様な価値が「持続可能な社会」をつくっていくのではないでしょうか。「気候風土適応住宅」がもたらす豊かな価値について付記しておいきたいと思います。

気候風土適応住宅

以下の会員(50音順)に、採択事例の写真・資料を提供していただきました。

a.綾部 孝司(綾部工務店 )
b.高橋 昌巳(シティ環境建築設計 )
c.橋詰 飛香(野の草設計室 )
d.東原 達也(東原建築工房 )
e.古川 保(すまい塾古川設計室 )
f.水野 友洋(水野設計室 )
g.宮本 繁雄(建築工房悠山想 )
h.山田 貴宏(ビオフォルム環境デザイン室 )
i.和田 洋子(一級建築士事務所バジャン )

「サスティナブル建築物先導事業
(気候風土適応型)」

地域の気候風土に応じた木造住宅の建築技術を応用しつつも、省エネルギー化の工夫や現行基準での評価が難しい環境負荷低減対策等を図ることにより、長期優良住宅又は認定低炭素住宅と同程度に良質なモデル的木造住宅を実現する事業計画(プロジェクト)の提案を公募し、そのうち上記の目的に適う優れた事業提案に対し、予算の範囲内において、国が当該事業の実施に要する費用の一部を補助する制度(下記Webサイトより)。平成28年度からはじまり、年に2回の募集があります。
https://www.kkj.or.jp/kikouhuudo/

気候風土適応住宅 勉強会予告

高橋 昌巳氏(シティ環境建築設計)

これまで、サスティナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)事業に4回応募し、採択されてきました。「大工経営塾 第3弾」午前の部で、その申請ポイントを具体的に教えます!「気候風土適応住宅」に取り組んでみたい方は、ぜひおこしください。

「大工経営塾 第3弾」
日時:令和2年2月15日(土)10:00〜16:30
プログラム:第一部=10:00〜12:00 「サスティナブル先導事業(気候風土適応型)の申請ポイントを伝授」 講師=高橋 昌巳氏(シティ環境建築設計 代表)
第二部=「4月から、民法改正って知っていますか?〜瑕疵から契約不適合に!」 講師=秋野 卓生氏(匠総合法律事務所 代表社員弁護士)
参加定員:40名
参加費:木の家ネット会員5000円 一般10000円
会場:ワンコイン会議室東京 東京駅八重洲南口 大会議室2F
申し込みはこちら
※木の家ネット会員優先とさせていただいてます。2020年1月14日(火)までは、会員のみの受付となります。

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