つくり手ギャラリー
「もう庭はあきらめようと思って」そんな言葉から始まった。一世代前の雰囲気を残す閑静な住宅街の中、コンクリートの擁壁を持つモダンな建物。こじんまりとしていながらも、間のある空間が印象的だった。ご主人と奥さんが2人で今にみえ、「庭の中に住んでいるような建築にしたかった」とおっしゃられた。足を不自由にされた奥さんが、家の中にいながら常に自然を感じることのできる空間。それが夢だと言われた。
外周りのカーブを描くコンクリート擁壁の前の植栽地。駐車場横の植栽桝。玄関入り口横に居間からも見られる坪庭空間。コの字型になった建物の真ん中には中庭空間が設けられていた。外から見る樹木は弱ってカリカリになっているか、暴れてしまいブツ切りにされていた。中庭には雑草が生え、木々は暴れ、虫がつき放題になっていた。
そんな庭だったが、すでに3回つくり直したということだった。「これが最後だと思って依頼します」既存の庭の解体から始める。解体の時はいつも、その土地からのメッセージや以前の作庭者の意図、植物の声を読み取るようにしている。そのどれも無駄にしたくない。
水はけの悪い土地だということが分かった。
良い石材が入れてあることが分かった。
傷んでいるだけで質は良い樹木が多いことが分かった。
庭の中の循環が断ち切られていることも分かった。
「山の中で見る山野草の花が好きなの」趣味の良い家具に囲まれた部屋で奥さんは言った。遠出をすることは難しく、そこから眺める世界が奥さんの外の世界になっていた。
石を積んで高さを出していった。
植物の根がグジュグジュの地盤から影響を受けない生活域をつくっていった。
道行く人々にも愛される空間を目指した。
家具全体を樹木で包むようにした。
山野草を植えた。
コケをはった。
そんな仕事ぶりを見て、奥さんは、「この人、草の一本も抜かないような人だけど大丈夫かしら」と心配し、ご主人は苦笑していた。
中庭には水場をつくった。
庭が居間の方を見ているようにつくった。
居間から庭に出ていけるようなつながる動線にした。
時折訪れるお友達も、水音、木漏れ日、山野草を愛で、時の経つのも忘れてお茶を楽しまれているという。
毎年の手入れに訪れるたび、樹木、山野草、コケ、石が良くなっている。庭の中の循環がうまく始まっている気がする。「毎日草を抜いて、水をやって。これだけが楽しみで」。ご主人が笑いながら言った。奥さんが居間のガラス越しに笑顔で庭を見つめていた。「宅配に来た人たちが、しばらく庭を眺めていくんだ」とご主人。
庭が、心が、元気になっていた。
人には庭が必要だと分かった。