家をつくるだけが大工の仕事じゃない

鈴木工務店
鈴木 直彦さん

建て主と大工のこんな関係、理想かもしれない

建て主である清水治さん(左)の家を訪ねた鈴木直彦棟梁

「お城みたいな家だから見せたいんだね、みんなにね!」

そう、嬉しそうに話すのは、山梨県北杜市に住む清水治さん。同じく北杜市在住で、鈴木工務店を経営する鈴木直彦さん(以下、鈴木棟梁)に、大工工事を依頼し続けて10年以上になる。

二人が知り合ったきっかけは、お互いの子どもだった。清水さんと鈴木棟梁は、北杜市の高根町と武川町(以前は武川村)に住んでおり、子どもたちはそれぞれの地域の剣道スポーツ少年団に入っていた。普段は別々に活動しているが、時折、試合や共同練習をすることがあり、その付き添いがきっかけで言葉を交わし合うようになったという。

雄大な八ヶ岳を背景に、右奥から左手前に「母家」「離れ」「ガレージ」の3棟が並ぶ

「離れの床を張り替えて欲しい」という、小さな依頼から始まった建て主と大工としての付き合いが、夢をあざやかに形にしていく鈴木棟梁の発想と技術に清水さんが魅せられて、次々と工事を依頼することに。離れのリフォーム、母家のリフォーム、そしてガレージの新築と、工事は10年以上におよんだ。

「棟梁のところは丁寧に仕事してくれてるから、ホントありがたかったです。ただ、時間はかかったけどね。」

時間がかかったのは、決して作業の分量が多かっただけではない。清水さん家族が家に住みながらリフォームを進めることが出来たので、仮住まいの費用が発生せず、納期に縛られない仕事が可能だったことも大きい。鈴木棟梁は言う。

「最初に完成図面を描いたりせず、清水さんと話しながら工事ができたので楽しかったね。まるで趣味みたいな仕事になってしまって、自分でもいつ仕上がるんだろう?って思ってた。」


鈴木棟梁って、どんな人?

建て主との関係がしっかりできている仕事の場合、人を喜ばすのが好きな鈴木棟梁は、事前に詳しく説明をせずに仕上げてしまうこともある。母家のリビングの椅子やテーブル、玄関の磨りガラスなどは、清水さんを驚かせ、笑顔を引き出した。

オリジナルの椅子、曲面鉋(カンナ)仕上げのダイニングテーブル、「北杜ベース」が描かれた玄関ガラス

「細かく要望を出したりしなくても、棟梁はちゃんとこの場所にあったものを作ってくれるんです。玄関のガラスだって、僕が所ジョージが好きなことを知って、“世田谷ベース”をアレンジした“北杜ベース”のデザインにしてくれたんですよ。うれしかったなぁ!」

「北杜ベース」の名前にふさわしく、ガレージや離れの中にはバイクや整備道具など、趣味の品がぎっしり

清水さんが惚れ込んでいるのは、鈴木棟梁の柔軟な姿勢と豊富なアイデア、それと人柄。鈴木棟梁は言う。

「建て主の話を聞いてラフに描いた図を元に、それを住みやすく、建築的にしっかりしたものに変えてやれば、それでいい。一方的に俺の“我”を押し付けるんじゃなくてね。」

母家のリフォームでは、元の建物の構造上どうしても取り外すことのできない柱がストーブの前にきてしまう。そこで、その柱を鏡でくるみ、存在を消すということもした。

「それまでのやり方にとらわれず、アイデアいっぱいなんですよね、本当に棟梁は!」

鏡に覆われた柱


鈴木工務店への工事依頼は、これで終わり?

住みながらのリフォーム工事の特徴は、建て主と職人の距離が近いこと。連日、顔を見て、言葉を交わし、昼食や休憩の時間を共に過ごすこともある。

「しょっちゅう顔を合わせているから、工事が終わると寂しくてね。棟梁に会うために、“他になんか頼むことないか?”って探しちゃう。この先も絶対、何か作りたい!」

最近になって、清水さんの長男が大工工事を始めたのだそう。薪置き場づくりから手掛け、離れの車庫の上に隠し部屋みたいなロフトを作った。趣味のものを持ち込み、まるで秘密基地のようだ。大工道具を握る姿を見て、鈴木棟梁は時折アドバイスをすることもあるとのこと。

「棟梁からわざわざ声をかけてくれて、助かりますよ。それで親子の会話も生まれるんですよね。建ててしまったらそれで終わりで、遠くから眺めているんじゃなく、その後も付き合いがずっとあると言うのが嬉しいじゃないですか! おかげで子どもや、かみさんとも会話がはずんで家族関係も良くなりました。長男なんて、リフォームする前は “こんな家には住みたくない!” なんて言ってやな顔していたのに、最近はそんなことは全然! 本当、この家づくりのおかげで家族が一つの輪になったね。」

鈴木棟梁も、こう話す。

「自分も清水さんの前を通るたびに、クラクションをプップッって鳴らして、何かあれば寄るんだ。しょっちゅう一緒にご飯食べたり、家族で旅行したりしてうれしいよ」

清水さんの家の前には「鈴木工務店」の看板が

ガレージの前には「清水ジョージ 北杜ベース」と「鈴木工務店」と書かれた看板がある。清水さんに聞くと

「ここには鈴木工務店の仕事がいっぱいで、まるでモデルハウスみたいでしょ。だから、道を通る人には営業所のように思ってもらえるといいな、と…」

商売の世界には「お客さんが一番の営業マン」という言葉がある。しかし、自宅の前に看板まで立ててしまう人は珍しい。大工の父親に連れられて、子どものころから現場に出ていた鈴木棟梁にとって、この看板の存在は職人冥利に尽きるに違いない。


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