敷地は熊本県葦北郡芦北町。中山間地の畑が多い地域であり、施主は林業と農業の両方を営む。木材は、施主が自分の山で伐採した木を、地元の製材所で加工して使用した。継手・仕口は手刻みで加工し、厚貫・差鴨居・足固めなどによる伝統的な軸組で構成している。
高温多湿な地域であるが、室内を構成する杉板、漆喰壁、藁畳、障子、木製建具、造作家具などはすべて吸湿材であり、風通しと吸湿で涼を得ることができる。夏季の卓越風に配慮して引込戸、室内欄間、床面換気口、高窓といった様々な窓を設け、風のとおりみちを確保している。
山の木は歩留まりが60%だが、残りの40%の廃材は暖房と給湯の燃料に使えばよい。
冬は建具を閉めて小さく住まい、薪ストーブに山の木をくべて暖を採る。給湯は薪ボイラーを使って湯を沸かす。山の木は針葉樹が主であるが、乾燥させてから使えば問題ない。 高気密高断熱の「省エネ住宅」ではないが、熊本の気候風土に適した「昔ながらのローテクでエネルギーを使わない住宅」である。
暮らし・景観・つながり 始まりとしての建築
東京都内にあって、未だ都市農業が盛んな地域の景観に溶け込むように、1階は土壁下地焼杉羽目板張り、2階は土壁下地土佐漆喰塗りの真壁、屋根はいぶし銀和瓦葺きとし、シンプルで品のある外観でまとめた。建物の周囲を黒ベンガラ塗りの大和塀で囲い、道路側駐車場は芝緑化ブロックを敷き詰め、落葉高木植栽などの外構工事が、建物周辺の微気候調整向上に効果を上げている。生活の質の満足度と環境負荷低減の実現に向けて、使用する素材は安全で生産エネルギーの少ない地域の自然素材とし、長期的な維持管理を考えて、この国の普遍的な職人技術で建設した。環境と共生するこの住宅が100年という単位で地域に残っていくかどうかは、住み手家族の建物への愛情の深さによって決まる。建て主直営という施工体制と、焼杉製作や塗装工事となどの経験が、今後の住み継ぎの力になっていくことを祈りたい。
国府市場は吉備高原と瀬戸内海に挟まれた岡山平野に位置する。地名が表すようにかつて備前国の中枢だった地域で、今も古代条里制の名残をとどめている田園地域だが、近年は宅地開発が進み農地と住宅地が混在している。降雨量は非常に少なく、夏は高温多湿で真夏日や熱帯夜が多い。
敷地は代々住み継いだ土地で、生活道路が交差する角地にあたる。近くに小学校やこども園があり、周囲は新しい住宅が建ち並んでいる。子育てを終えて再び二人暮らしをされているご夫妻は、敷地に隣接する自家農園で野菜や花の栽培を楽しんでいる。
家を建て替えるにあたり、住み慣れた土地の長所短所をよく知るご夫妻は、湿気対策として石場建て伝統構法を希望された。長年地域の景観となってきた庭の樹木は可能な限り残し、既存のコンクリートブロック塀を撤去し、生活道路側は以前の家で基礎として使われていた長石と植栽で緩く仕切った。南は自家農園、西は息子さんの家に接しているが、いずれも緩く繋がっている。敷地の広さを活かして周囲に圧迫感を与えない平屋建てにし、外壁には地域で今も汎用的に用いられている焼杉材を使用し、地域景観に配慮した。
敷地は河川敷の緑が連なる憩いの緑地公園区域にあり、当住居もこの緑の景観に配慮した家屋と造園計画を目指しました。
これから子育てを迎えるというご夫婦は昔ながらの土間と畳のある家を望まれ、河川敷の緑地公園に対して大きく開いた家は、地元の季節風である西風を取り込むつくりを主として重んじ、季節と共に快適にくらす先人たちの暮らしの知恵・伝統的な家造りの知恵を見習うこととしました。
南国特有の温暖多湿な気候は、湿度が高く夏は蒸れる様な暑さが不快、また家を傷めやすい要因となりますが、真壁による土塗壁や構造体(木材)現し、石場建てなど伝統的な造りは長期的視野において湿気を吸放湿しやすい造りであり、点検のしやすさなど家の耐久性を図ることができます。使用される材料や出てくるゴミもその殆どが土に還る素材であることが、ご夫婦にとって子供たち未来を傷つけない選択肢であったようで、持続循環していく未来をイメージし環境に配慮した住まいづくりを目指しました。