今回ご紹介するのは香川県三豊市の島田裕明さんです。森林面積の少ない香川において、手刻みで木の家を建て続けている島田さん。そこにはどんな背景や想いがあるのでしょうか。

島田裕明さん(しまだ ひろあき・53歳)プロフィール
1971年(昭和46年)香川県丸亀市生まれ。裕建築代表。“日本一小さな県” 香川県で、木造住宅の新築・リフォームに携わっている。平野が多く山が少ない香川県では、地元産の木材が少ないため、高知ヒノキや徳島杉などを用いて、できる限り無垢の木で家づくりをするように心がけている。


はじまりは長距離トラック

⎯⎯⎯ 本日はよろしくお願いします。まずは経歴からお伺いします。

島田さん(以下敬称略)「水産高校を卒業後、大工とは全く関係ないトラック運転手になりました。遠くに行きたかったんですよね。大阪や東京へ冷凍食品を運ぶ長距離トラックを運転していました」

⎯⎯⎯ 意外な経歴ですね。いつから大工の道に?

島田「22歳です。実は親父が大工棟梁で、高校の時も手伝いはしていたんですが、トラックが休みの日は親父の現場で一輪車で生コンを運んだりしてたんですよ。そうこうしていると人手が足らないくらい忙しくなってきてしまったんです。ある時、お客さんから『あんた、もうここで仕事したらいいやん。あんたが来てくれたらものすごくうれしいんや』と言われて気に入ってくれたんです。『こんなに喜んでくれるだったらやってみようかな』という感じでスタートしました。

作業場と事務所。左手の長屋門の1階はカフェにするために工事中。

作業場と事務所。左手の長屋門の1階はカフェにするために工事中。

倉庫にはさまざまな材木が置かれている

倉庫にはさまざまな材木が置かれている

⎯⎯⎯ それは嬉しい一言ですね。

島田「当時は職人さんが8人くらいいて近所で新築の家を建てることが多かったです。自分はずっと下手間や土方ばっかりでしたけど。徐々に棟上げや刻みの手伝いをするようになった頃、ある大工さんが『うち来るか?』と誘ってくれたんです。そこで働かせてもらうようになって、『これやっとけ』と言われて、見様見真似で作業する中で自然に造作なども身につきました。その方が本当の意味で親方じゃないかと思います」

⎯⎯⎯ その後、独立まではどんな道のりでしたか?

島田「ちょうどその頃、景気が悪くなって親方のところの仕事がパタっと止まったんですよ。地元の工務店に入って、大工や監督を2年ぐらいやったのですが、今度はリーマンショックが来て辞めることになりました。その時に妻から『もう独立したら?』という話が出て、今に至る。という感じです。2009年のことです。独立したのはいいけど、最初はどうなるか心配だったのですが、順調に仕事も増えずっと途切れず続いています。本当にありがたいことです」

⎯⎯⎯ それは荒波でしたね。。


人がやりたがらないことに燃える職人魂

⎯⎯⎯ 今は何人でお仕事されているんですか?

島田「いつもは一人なんです。忙しいときは仲間に手伝いに来てもらっています」

⎯⎯⎯ なるほどなるほど。木の家ネットに入られたきっかけを教えてください。

島田「高知の沖野棟梁(※2024年で退会されています)に憧れがあって、どうしても会いたくて高知まで会いに行ったんです。現場の手伝いまでさせてもらって『うわぁこんな家建てたいな。かっこいいなぁ』と思って、沖野棟梁にゾッコンになってしまったんですよね。それが始まりです」

⎯⎯⎯ では、そもそも伝統的な木の家に興味を持たれたのはいつ頃なんですか?

島田「もう相当昔ですよ。親父がずっと“八尾(やつお)の家”※という香川の伝統的な家を建てていたので、逆に最近のサイディングの家には興味がありませんでした。実際、サイディングの家を建てたりもしたんですが、今一つ面白みがなくて、誰でもできそうな気がしたんです。やっぱり『手でしっかり作る家がいいな』と改めて思いました」

※八尾の家(やつおのいえ)
香川県の中讃・西讃地域に残る伝統的な日本家屋。「お」=尾・屋根の稜線が「八つ」あることから「八尾」と呼ばれている。瓦の産地として知られる地域ならではの、屋根瓦を美しく飾る意匠である。

⎯⎯⎯ そんな想いを胸に仕事に向き合ってきた中で、大切にされてきたことやポリシーのようなものがあればぜひお聞かせください。

島田「何でも断らないことですかね。近所の人が困っていたら、頼ってもらえるような人間になりたいなぁと常々思っているので、電気工事も水道工事も簡単なことなら何でもやりますね。緊急の時に間に合うようにしてあげたいんです」

お施主さんと打ち合わせをする島田さん。笑顔の中に真剣な眼差しが垣間見える。

⎯⎯⎯ トラックから大工に転身した時もその原動力があったんですね。

島田「そうそう、それはありますね。人がやりたがらないようなことを、積極的にやってきたという自負はあります。『他の大工さんにできないって言われた』と相談されると『じゃあ、うちでやろうか』と燃えるんです」

⎯⎯⎯ かっこいいですね。他にも何かありますか?

島田「あとは、お客さんに何かしら家づくりに携わってもらうようにしています。やっぱり人任せにしてしまうと家に対する愛着が湧きづらく、大切にしてもらえないかなと思うんです。なので漆喰を塗ってもらったり、カンナで削ってもらったりという体験をしてもらっています。そうするとやっぱりお客さんが喜んでくれてるんですよね。中には『自分でやりたい!』とDIY魂に火が着いて、家の次は自分で納屋を作りたいから教えて欲しいとお願いしてくれるお客さんもいるくらいです」


『長屋門カフェ ひとつぶ』として1月31日にオープンした(取材時は準備中)

住まいも、食も、体に良いことを

⎯⎯⎯ 香川は森林面積が全国でもかなり狭いですが、材木はどうされているのですか?

島田「県産材が少ないので高知・愛媛・岡山のものを使うことが多いです。特にヒノキが好きなので高知のヒノキをよく使っています」

⎯⎯⎯ 香川の地域性や伝統としてヒノキを使うことが多いのですか?

島田「いえ、完全に自分の好みです。よく採れる県産材がないので地域性というのもなくて、近くの材木屋さんに行ったらほとんどが米松ですね。手刻みでやっている大工さんはみんなそれぞれの想いで選んでいると思います」

⎯⎯⎯ 手刻みでされている大工さんってどれくらいいらっしゃるんでしょうか?

島田「手刻みの大工さん自体が本当に少なくて、自分の知る限りもう3〜4社くらいしかないですね」

⎯⎯⎯ お弟子さんを取られたりはしないんですか?

島田「細かい仕事がたくさんあって、一人では忙しすぎるくらいなんですが、大きい仕事があって任せられるような状況とは違うので、なかなか難しいですね。要所要所で仲間に手伝いに来てもらったりして対応しています。実は最近、足を悪くして去年の夏に手術をしまして、それからは特に妻が手伝ってくれています。釘を打ったり重たいものを持ってくれたりとかなり助かっています」

⎯⎯⎯ 奥様の話が出ましたが、今改装されているこの場所は奥様のお店になるとか

島田「そうなんです。妻と知人が一緒にカフェを始めるんです。もともと料理が好きで上手なんですよ。以前から自宅のストーブでパンを焼いたりする料理教室を主催していたんですが、それをベースに玄米や麹などを使った自然食のお店として本格的に始めようというカタチになったんです。体に良いことに取り組むという意味では住宅も一緒ですね。名前は『長屋門カフェ ひとつぶ』と言います」

⎯⎯⎯ やってることはそれぞれですが、ご夫婦の想いの根幹は同じところにありますね。完成が楽しみです。

絶賛内装工事中の『長屋門カフェ ひとつぶ』

絶賛内装工事中の『長屋門カフェ ひとつぶ』

仕事仲間の方、奥さん(深雪さん)とみんなで仕事を進めている

仕事仲間の方、奥さん(深雪さん)とみんなで仕事を進めている

現場では笑顔が絶えない

現場では笑顔が絶えない


事例・取り組み 紹介

長屋門カフェ ひとつぶ|三豊市|2025年
2025年1月31日にオープンしたばかりのカフェ。スタッフ全員で、解体から内装・施工までできる範囲のことはやったそうだ。自然環境や食に興味のある方が連日訪れている。

写真上記4点:島田さん

写真上記4点:島田さん

銭形の家|観音寺市|2024年
お客さんから木の家ネット経由で問い合わせがありプロジェクトがスタートしたお宅。約6年がかりで完成。内装の漆喰はお客さん自ら一ヶ月以上かけて塗られたそうだ。

左 写真:島田さん/右 開放的な吹き抜け

左 写真:島田さん/右 開放的な吹き抜け

杉の木目が特徴的な建具

杉の木目が特徴的な建具

はなれ|丸亀市|2010年
島田さんのお姉さん一家の離れ。鎧張りが目を引く外観。内装は土壁・漆喰で仕上げてある。

左 黒檀の蝶ちぎりがポイント/ 右 丁寧な仕上げの鎧張り

左:黒檀の蝶ちぎりがポイント
右:丁寧な仕上げの鎧張り

くむんだー|三豊市|2019年〜
島田「子供が小学校の時にPTA会長をやっていたんですが、その後も小学校と関わりがあって『何か子供たちに体験させてあげられることはないですか?』という話をいただきまして、『木のジャングルジムを組み立てる“くむんだー”をやりますか?』と提案したら、『こんなんできるんですか!』とみんな大喜びしてくれました」

写真:島田さん

写真:島田さん


「ありがとう」が一番のやりがい

⎯⎯⎯ 今まで色々お仕事をされて来た中でターニングポイントになったことがあれば教えてください。

島田「振り返ってみるといろいろあったんですが、やっぱりトラック運転手から大工に転身したタイミングですかね。運転手ってあんまり喜んでもらえないんですよね。『時間通り着いて当たり前やろ』みたいなところがあって。建築は目に見えて家が出来上がったり直ったりして、お客さんが家族全員で『ありがとなぁ』って言ってくれるので本当に嬉しいです。お金も大事だけどそれが一番のやりがいですね」

⎯⎯⎯ これからやってみたいことや展望などがあれば教えてください。

島田「石場建ての家を建ててみたいです。あとは時間が欲しいです(笑)。実は木工旋盤を買ったので、ゆっくり家具や食器を作りたいです」

⎯⎯⎯ 最後に、島田さんにとって家づくりとはなんですか?

島田「ターニングポイントの話でも出ましたが、『ありがとう』の一言に本当にやりがいを感じます。自分にとって『家づくり=生きがい』です。そして長持ちしてくれて健康になれるような家をつくり続けていきたいです」

お客さんのため、地域のために忙しく動き続ける島田さん。「ありがとうと言われることが生きがい」と話すその表情はいつも笑顔だ。お客さんもきっとこの笑顔に惹きつけられてしまうのだろう。家づくりを通して笑顔が生まれる関係を自然につくっている島田さんは天性の人徳者なのだ。


裕建築 島田裕明さん(つくり手リスト)
取材・執筆・写真:岡野康史(OKAY DESIGNING)

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