建設地は久留米市郊外の東側、筑後川と南に標高600~800mの耳納連山との間の住宅地である。夏は南風が卓越しており、冬は雪が積もることはない地域である。

20年前に建築主の奥さんの実家を建設し、その御縁で親の敷地の一角に建てた30代の子世代の住まいである。伝統的構法での家づくりを若い世代に手が出る予算でとの思いで設計し、『現代の民家』となるよう田の字プランを基本とした明快な構造とした。準防火地域であり制約は大きかった。

久留米市の2016年の猛暑日は35日、真夏日は91日であった。夏期への対応として、南側の大きな窓から卓越風を取り入れ、引戸の建具による連続した空間や吹抜けを設けることで夜間の通風利用を促進している。南側と西側に深い軒を設け、日射遮蔽を図るとともに、土塗壁を雨から保護している。屋根は瓦葺きの断熱・通気構造とし、屋根からの輻射熱に対応している。冬期への対応として主には床下エアコンを用いているが、土塗壁や無垢の厚板の熱容量の大きさを利用し体感温度を緩和している。玄関に木製建具を用い、準防火地域に対応するためのシャッターを設置している。また、台風対策として雨戸のある多層構成の建具を採用している。

土地面積に制約がある敷地において、一体的な居間・食堂・台所、引戸の建具でつながる和室、吹抜けによって開放的で広がりのある空間構成とし、上下方向の風の流れに配慮している。

奥行きを持たせた開放的な室内空間。建具は柱材の切り落としから出た杉の源平板を利用。杉の床板は低温乾燥にて含水率を一度8%に落としている。浮造り仕上げとして床板につく傷を目立たなくすると同時に足ざわりを大事にしている。床に杉、建具の杉、しっくい壁にて調湿性能をあげる。

日本は国土の3分の2を森林が覆っている。森と向き合い、木と向き合い、林業に関わる様々な問題にどう立ち向かっていくべきか。単純ではないその問いに挑戦し続ける一人の男性がいる。福岡県朝倉市にある杉岡製材所の三代目 杉岡世邦(すぎおかとしくに )さんだ。いつもの木の家の紹介から少し視野を広げ、その背景にある木材や森林について目を向けてみる。

花粉症…杉は厄介者なのか。

春の気配を感じるこの季節、杉と聞いて誰もが真っ先に連想するのが〝花粉症〟だろう。杉に対するイメージは、花粉症という国民病ともいうべき症状が付き纏い、どうも芳しくない。
実際、杉は厄介者なのか。杉の山を持ち、杉を製材している杉岡さんが口を開いた。

「みなさん、杉の花粉が空気を汚しているという感覚じゃないですか。これは誤解です。杉花粉がきれいな状態ではアレルギー症状は起こりません。涙も鼻水も咳も、花粉の表面に吸着した化学物質の微粒子を体外に排出しようと反応しているのだと思います。それからもう一つ。杉花粉はとても固い殻で覆われていて本来壊れにくいものなんです。ところが、鼻水に浸かるとそれが壊れて、中にあるタンパク質が溶け出してしまう。花粉症はそれが引き金だと言われます。でも、同じ物質でも身体への入り方によって結果は違うんです。口で呼吸をすれば、花粉の大部分は鼻腔と気管支粘膜に入り、アレルギー症状が起こります。ところが鼻で呼吸をすると、花粉の多くは気道に入らず消化器官へと流れます。腸に入れば免疫の自己破壊活動が起こらない免疫寛容になるようです。これは私見ですが、ヒトは大気中に漂う花粉さえもタンパク源にできるよう進化してきた。花粉症は、それが裏目に出ているのではないかと感じます。現代人はストレスなどにより口呼吸が増えています。鼻呼吸するよう工夫して、花粉さえも栄養源として取りこむほどのたくましさを私は得たいですね。」

杉花粉の殻について詳しく説明を受ける

「『花粉症なので杉材の家はちょっと…』とよく言われるんですが、アレルゲンではないので全く問題ありません。ご安心を(笑)。そういう人にこそ杉材をおすすめします。とくに床材に使うと効果的です。杉は比重が低いので足元が冷えず温かいです。調湿作用が高く、床に落ちたホコリに適度な湿気を与えて、再び空気中に舞うことを抑えます。これは風邪などにも効果があります。空中浮遊菌やウイルスは、人や物が移動するときに舞い上がるホコリの中に存在しているからです。さらには、杉の香りに含まれる「セスキテルペン」という揮発成分が免疫活動に好ましい影響を与えます。それが唾液に含まれる「免疫グロブリンA」を増加させるのではないかとの研究報告もあります。ヒトは1日に13,000ℓの空気を肺に入れています。空気も物質で重さがあって、概算でそれは17㎏ほどにもなります。どんな水を飲むかも大切ですが、どんな空気を吸うかが健康に大切であることを、私たちはもっと意識しなくてはなりません。そう考えると杉はとても有益な木でしょう。イメージだけで敬遠されているのが残念です。」

杉の床ならホコリが再び舞うことを抑えられる。

「樹木としての杉は、むしろ空気と水を浄化する作用を持っています。“水と空気を清浄に保つ”にはどうすればいいか。それを考えて行けば自ずと花粉症対策の道筋も見えてくる気がします。」

筆者も花粉症なのだが、普段の街中では症状が出るが、多くの杉がある山に出かけた際は、不思議と症状が出なかったという経験がある。

「“水と空気を清浄に保つ”ためには、山に生えている木に対して愛情を持つこと。山の木を意識しながら生活することが望まれます。その本質は、五百万年前に人類が生まれてから今日まで、必要とされ大切にされ、脈々と続いてきたはずです。そしてそのことは、千年後でも一万年後でも人類として共通するビジョンであると思います。ここ数十年の間に壊してしまってはならないものだと思います。」

そう力説する杉岡さんが、是非連れて行きたい場所があるというので、案内してもらった。


行者はなぜ杉を選んだのか。

訪れたのは福岡の中東部・小石原にある“行者杉”だ。樹齢200〜600年の杉の巨木が375本も林立している。ここはその昔、霊峰 英彦山(ひこさん・標高1199m・日本三大修験山にも数えられる)の修験者たちにとって神聖な修行場だったそうだ。峰入修行の際に、行者(山伏)の手によって奉納植栽された杉なので〝行者杉〟と呼ばれている。

杉だけではなく広葉樹も自生している。

鎌倉時代から受け継がれてきた貴重な杉の数々に神々しさを感じる。

なぜ行者は杉を選んだのだろうか。

「どんな宗教行為が行われ、なぜここに杉を植える習わしがあったのか…。私もとても気になり、小石原村史(小石原村は合併により2005年に消滅。現在は東峰村。)などを調べましたが、詳しいことは解っていません。というより、残されていませんでした。単に昔の出来事だからではなく〝不立文字(ふりゅうもんじ)〟だからでしょう。修行や悟りの内容などは文字や言説で伝えられるものではないという訓えがあり、地元の人ですら知らないんです。それでも、ここを聖地とするため、そして結界を張るために、杉を植えたということが解ってきました。」

「ではなぜ、杉を植えると聖地になるのか。結界を張ることになるのか。私の答えは『杉を植えることで水と空気が浄化されるから』だと思います。」

上:行者堂と行者杉とを結ぶ修験道 / 左:ひっそりと祠が祀られている / 右:護摩木を投じて火を焚いたとされる護摩壇

樹齢500年、高さ52mの大王杉。木は幹と皮の間で細胞分裂していくので、一番外側には500年前の樹皮の〝かけら〟が残っているかもしれない。そう思って触れるととても偉大なものに包まれているように感じる。

「雨が降っているとき、杉木立から湯気のようなモヤが立ち上っている光景をよく目にします。杉の葉によって雨が地面に落ちる前に空中へと噴霧され、蒸散しているのでしょう。針葉樹とは、針のような葉っぱの木の総称ですが、一本当たりの針の数では杉が最たるものです。この無数の針によって霧状のものが生まれ、空気を洗っているのです。カビや胞子なども含め、辺りに漂う様々な汚れや臭い物質を地面へ洗い流します。そして空気をきれいにした後、さらにテルペン系の芳香成分を辺りに放ちます。それでこんなに空気が良いと私たちは感じるのです。雨水は、霧状になって蒸発しそのまま天空へいくものもあれば、地面へ向かうものもあります。地面に向かった雨水は、土に浸み込む前に堆積した杉の枯葉に落ちます。杉の葉は針の集まりなので重なり合って少々の雨水では流れません。地面に堆積して保水力を持ったフィルターです。こうして水をも浄化しているのです。」

「古の人たちは、そういった機能があることを理解したうえで、神聖な場所に杉の木を植えたのではないかと考えています。もう一点、木の中でも杉は長寿です。天に向かって真っ直ぐに伸び、最も太くなる木でもあります。時には雷が落ちることもあります。落雷は神降りでもあった、そういったことからも、信仰の対象の木になったのでしょう。」

神社仏閣の参道など、結界が張られていると言われる場所で〝空気が違うな〟と感じるのは、気のせいではなく実際に空気が浄化されているからなのかもしれない。

上:杉が霧を生む仕組みを説明する杉岡さん / 左:針状の杉の葉が降っている雨を地面に落ちる前に噴霧し、蒸散させる / 右:杉の葉は針の集まりなので、雨でも流れず堆積する。土壌の保水力が高い。


一通り見て周ったあと、行者杉にまつわる杉岡家のエピソードを紹介してくれた。行者杉は台風などで倒れたときのみ売りに出される希少な銘木で、杉岡さんの生まれ育った家の座敷も行者杉で作られているそうだ。

「小さい頃、ある日親父が行者杉の原木を2本仕入れてきました。その直径は自分の身長よりも遥かに大きかったのを覚えています。それと同じ行者杉が使われた座敷の次の間で祖父母と布団を敷いて毎日寝ていたんです。」

「物心ついたころから『これが行者杉だぞ』と聞かされて育ったためか、子供のころから『将来この家を立て替えることがあるのかな』『この家は倒せないよな』『この座敷を綺麗に解体して復元できるのかな』と考えていたんです。大人になって木の家は解体して移築することができると知ったとき、『できるんだ!やっぱり木の家はすごいな。』と思いました。日本の木造技術の伝統は守るべきですね。」

「しかし今、樹齢数百年の銘木は突き板になることが多い。経済効率は確かにいいと思いますが、どんなに保っても使われるのは50年くらいでしょう。もともと水と空気をきれいにするために植えられた木なのに、ティッシュペーパーみたいな薄さにスライスされて、接着材で固められ、半世紀もしないうちに廃棄物になってしまう。しかもそれは、すでに木材ではなくて、廃棄の際に空気と水を汚す物と化してしまっている。それで何百年も生きた木が成仏できるのか?と思ってしまいます。」

「ま、理屈で説明するとそういうことになるんですが、実際に神々しい行者杉を見たら、『これをゴミにしちゃダメだろう』と、一瞬で直感的に共感してもらえるはずです。」

木の話をすると自然と微笑みが溢れる

「杉の栽培は“育成単層林”と呼ばれ、単一種の木を植えて、間引き(間伐)しながら育てていきます。日本の杉山は、戦後に植えられたまだ1サイクル目のものが多いんです。樹齢が50~60年になったら全部切って(皆伐)、また植えてを繰り返す畑作みたいな林業になろうとしています。それで良いのか疑問です。」

「最初に植えるのは杉のみであっても、長期間、適度に間引いていけばいいと考えています。杉は高齢になると太く高く生長するため、樹冠(木の先端)のほうにしか葉がありません。それで地表に日が差し込んで低層木などが生え、植生豊かな森となります。将来的には行者杉のように雑木と共生する美しい森林となるでしょう。その可能性、ポテンシャルを持つ山が日本中にあるんですよ。」

“水と空気を清浄に保つ”ために、木に対して尊敬と愛情を持って生きた、古の人々の息遣いが感じられる森林が各地に存在する。そのような森林をこれから作り上げていくことももちろん可能なのだ。


赤谷川沿いにある杉岡さんの山も被害を受けた。まだまだ復興中だ。

「もう杉はよか」を「やっぱり杉はよか」に

杉を取り巻く問題でもう一つ取り上げておかなくてはならないのが、九州北部豪雨の話だろう。2017年の豪雨の際には夥しい数の杉の木が土砂と共に流されるショッキングな映像が報道された。実際に被害にあった杉岡さんの山も案内してもらった。

「杉が悪者扱いされました。『もう杉はよか』との声も聞こえてきて、本当に落ち込みました。もちろん、あれだけの量の木が目の前を流れ、我が家に突き刺さるような経験をされた方々にとってみれば、杉に対して恐怖の気持ちを抱くのは自然なこと。『もう杉はよか』と言われるのも無理はありません。実際に私も、杉は加害者なのではないかと疑問を持ちました。」

「『杉は直根がなく根が浅い。保水力も低い。それが山を覆っているから表層崩壊が起きて流れされたのだ。』という論調がありました。それが正しいのか、間違っているのか、確信をもつことは当時できませんでした。」

本当に杉が悪者なのか確かめるため、杉岡さんはいろんな山や専門家を訪ね勉強されたそうだ。

「土砂災害に対して杉や檜が決して弱い訳ではないと言うことが解りました。針葉樹であっても広葉樹であっても、根を張るのは腐植層という栄養がある土壌なんですが、表層崩壊は表層といってもその下の層で起こります。昔から木を植える時には〝適地適木〟といって、水分の少ない尾根には日照りを好む松を、水分の多い谷には水分を好む杉を、そして中間に檜を植えるのが良いとされてきました。『尾根マツ、谷スギ、中ヒノキ』と言われ林業関係者の間ではよく知られていることです。豪雨が降れば、大量の水が谷に集まり、表層崩壊が起こります。不運にもそこに多く植えられている杉が、立ったまま土石流となって一緒に押し流されてしまう。これが真相です。」

今でも尚、豪雨の残る爪痕が残る

「いろんな論調や思惑がある中で足並みをそろえていくことは難しいことです。しかし自然は待ってくれません。森林は放っておけば荒廃していきますし、全部コンクリートで固めてしまう訳にもいきません。結局、森林をつくりながら国土を保全していくしか道はないんです。しかも、植える・育てる・伐採する・搬出する、それぞれの過程で費用がかかります。その費用を回収できなければ持続可能なサイクルにはなりません。」

「『ここは行者杉のような高樹齢の杉と広葉樹が同居する美しい複層林にしよう。』『こっちは平らで水害が少なく効率がよい場所なので、畑のように全部更新していく単層林にしよう。』という風に、気候風土や地形などにあわせた美しくて資源としても利用できる〝森林のグランドデザイン〟を細かく決めていくことができれば、杉や檜に対するイメージも変わってくるだろうと思います。『もう杉はよか』を『やっぱり杉はよか』に変えていきたいんです。」

左:杉岡さんが大切にしてきたおじいさんとの思い出の杉も流木となった。 / 右:「加害者みたいに言われるけど杉も私たちと同じ被害者なんですよね。本当に痛そう。」と杉岡さん。不動明王を彫って英彦山に奉納しようと考えている友人に譲るそうだ。


杉の持ち味を最大限に活かす仕事

杉岡さんは、杉の持つネガティブなイメージを払拭して「やっぱり杉はよか」と言ってもらえるようにするため、杉の良さを最大限に活かす取り組みを実際の製材業で実践している。

取材に伺った際、ちょうど梁の製材をしているところを見学することができた。年に一度あるかないかの貴重な瞬間だ。この木は木の家ネットの会員でもある長崎の大工 池上算規さんからの注文の木。実際に山まで一緒に見に行って決めたそうだ。

現在ではこういった梁に使えるような曲がった木は市場に出回ることはほとんどない。短く切って合板材にしたり、発電用の木質バイオマスにされてしまったりするとのことで、実にもったいない。

左:阿蘇の樹齢200年超の社木。「今置いている木のなかで一番いい木です。」 / 右:日本最古の校倉造り、奈良・唐招提寺 経蔵を再現する建物に使われるという。

特に思い入れの強かった納入先にも案内してもらった。


朝倉市甘木 Y邸
築100年の住宅の再生と増築。2018年完成。設計は木の家ネット会員でもある建築工房 悠山想の宮本繁雄さん。

中段:中庭を一望できる窓が印象的だ。 / 左下:窓よりさらに長い一枚板のカウンターテーブル / 右下:真っ白で節がない足触りの良い浮づくりの杉の床材

「この家は薪ストーブや床暖房を使うので、厚さ3cmの床材はきっちり乾かす必要があります。木を高温乾燥させれば含水率は下がりますが、木材本来の香り、色つやが残りません。天然乾燥だとそれは残りますが、含水率をあまり下げられません。そこで、作ったのが40度以下で乾かす低温乾燥機です。香り、色つやは天然乾燥さながらに、含水率を薪ストーブや床暖房に対応できるほどまで下げることができます。このおかげで理想的な床材になり建主さんや設計士さんからの評判も上々です。」とのこと。


糟屋郡 一心寺
本堂を2010年に新築。庫裡も手がけた。大半を九州の杉の赤身材で用立てた。杉岡さんが一番思い入れのある柱が一心寺の柱だという。

左:「生き生きとして躍動感がある」と住職も太鼓判を押す杉の赤身の柱 / 右:終始笑顔で当時の様子を語る

「柱は人間関係における縦軸、つまり先祖や子孫という家族を象徴しているように思います。」(杉岡さん)

「お経も同じで縦に貫くものがないとブレてしまうものです。」(住職)


〝杉が大好きな人〟を増やしたい。

森と木に真剣に向き合い、学び、そして実践する杉岡さん。あらためて森林や林業を取り巻く状況について、語ってもらった。

「〝木を見て森を見ず〟と言う言葉がありますが、例え話でなく森林そのものに関しては〝木を見ず森も見ず〟の状態で、そもそも関心が持たれない時代だと思います。見ているとすれば、むしろ“森”のほうです。花粉症であったり、土砂崩れや水害であったりと、杉の人工林のほうが切実ですから。杉の単層林は生物多様性も乏しく、良いイメージは少ない。それで関心を持たれない。結果として〝木を見ず森も見ず〟になるのです。それをパラダイムシフトすること、〝杉が大好きな人〟を増やすことが私の目指すところです。」

「講演などをするとき、お客さんに『自分の家にこれは間違いなく杉の木だと言えるものがあると思う人は手を挙げてください。』と聞くのですが、皆さんほとんど手を挙げません。それが〝木を見ず森も見ず〟の状態です。つまりそれは〝森林と暮らしの分断〟が起きている証拠だと思います。〝住〟の分断は根が深いです。多くの住まい、オフィスや店舗も含め、その床・壁・天井を覆っているものは新建材が多く使われています。どんな材料で作られたのか、どこからやって来たのか考えたことすらない。あったところで、どこかの工場でしょ?くらいのものです。」

「それは、他分野でも起きていて、例えばコンビニで買う食品。その向こう側にある農業・漁業・畜産業の現場に行くことはほとんどありません。それでも、〝食〟はまだましです。どんな材料でできているかくらいは想像がつきます。食や健康という視点で見れば、農業・漁業・畜産業の現場に100%の人が関心を持たざるを得なくなります。」

「では、森林の現場に対し100%の人に関心を持ってもらうには、どんな視点があるのだろうか、と長年考えてきました。〝住〟では分断が深く、森林を意識できません。ところが、九州北部豪雨の後に気づきました。英彦山にある樹齢1200年の鬼杉を見に行った時のことです。「山伏は、〝水と空気をきれいに保つ〟ために杉を植えたんだなあ。そうか、それはこの先何万年経っても、人類すべてが望む願いではないか」と気づいたんです。それを山伏たちは体現させた、それが杉を植えることだったのです。このとき、杉を育てることと杉を使うこととは表裏一体であるということを忘れてはなりません。木の家ネットの皆さんがつくる家は、杉の使い方として最も望ましい、木々にとって最高の嫁ぎ先だと思っています。」

「今私たちはペットボトルの水を買ってきれいな水だと思って飲んでいます。そのペットボトルを持って山に入ったとき、目の前に湧水の流れる小川があったとしたら、どちらの水を飲みますか?私なら間違いなく小川の水を飲みます。空気も同様です。高気密高断熱の住宅で換気せずに過ごせば、即ちボトルドエアーの中に暮らすことになると思います。本当に美味しい水、美味しい空気とは、浄化機能を備えながら絶えず流れて循環しているものです。それにはおそらく大きな自然の力、植物の力が必要で、機械装置などでは成し得ないと考えています。本当に美味しい水、美味しい空気を知るためには、一度山まで遡って暮らしを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。」

「住宅や住まいの話の範疇だけで杉を語るのは、これから先ちょっときついかなと感じています。杉という存在の素晴らしさを広く世の中に伝えていきたいですね。厄介者扱いされる杉の復権が今の自分の使命なんです。」

杉岡さんの挑戦は続く。


 

有限会社 杉岡製材所 杉岡 世邦(つくり手リスト)

取材・執筆・写真:岡野康史 (OKAY DESIGNING)

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