木の可能性を最大限引き出す設計係

小林一元建築設計室
小林一元さん

​​埼玉県寄居町。古くからの森林をかかえる秩父にほど近いこの地で、木を生かした空間づくりを設計しているのが、小林一元(こばやし・かずもと)さんだ。

​​家や建物、さらには照明や小物まで木でデザインし、木の持つ可能性を最大限に引き出している。
​「言われたことだけやるのはプロじゃない」と、施主のニーズのさらに上をいく提案で満足度を高めている。この細やかな仕事ぶりは、木を、そしてそれを扱う職人への信頼に支えられている。

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​​チームの一員、設計係として

​​小林さんの信念のひとつが、「家づくりは職人同士のチームプレー。

​​自分はその一員、設計係である」ということだ。​​その思いから、依頼された物件は設計だけでなく必ず施工監理まで請け負う。

​​「かたちになるまで責任を持ちたいんだ。それに、いいものを作ろうと一生懸命な職人さんたちと仕事できている。彼らと同じベクトルで進むのは単純に楽しく、ありがたいこと」という。

小林さんの事務所。かわいらしい猫の看板は小林さんをモチーフにしているという

小林さんは地元だけでなく、全国からの依頼に応えている。このため、物件によって、一緒に仕事をする職人や業者はさまざまになる。それぞれの現場に、小林さんは頻繁に顔を出して微調整を重ね、建物を完成に導く。

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「図面通りに作ればいいものができるわけではない。木は一本一本違うから、現場で調整すべきことは絶対に出てくるし、意図とちょっと違う、という時のリカバリーにも早く対応できる」

現場で出たアイデアは、職人の長年の経験から生まれる貴重なもの。それを活かしつつ、工期内にも納めるという、施工監理の重要性を認識している。

​​建物に使う木材は、天然乾燥であることにもこだわる。多数派である高温機械乾燥の構造材や継手、仕口では、粘りがないことを実感しているからだ。
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「家はほかのどんなものよりも長く使うものだから、丈夫で長持ち、というのは最低条件でしょう。特に構造材は一番重要だ」と話す。

やむなくプレカットを使うときは、図面を引く前に必ずプレカット工場を訪れ、一日かけて打ち合わせをする気合いの入れよう。​何が出来て、何ができないか確認するのだ。

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「今は機械でも、手刻みと同じように仕上げられる。けれど、機械の設定や木が読める人がいるかによって、精度に差が出てくる」と小林さん。機械が優秀でも、人間がそれを扱いきれていない場合もある。加えて、木は1本1本曲がり具合や乾燥具合が少しずつ異なる。機械的に同じ扱い方では、うまくいかないことも。

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​​この工場は、どんな人が、どんなやり方で木と向き合っているのか、どんな機械で何ができるのか。チェックは欠かせない。気になる点は伝えて、対応してもらうという。

「口うるさい設計士って思われてるかもね。でも、手抜きは大っ嫌いなんだ」と小林さん

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​​このスタイルで仕事をしてきた結果、現在、一緒に仕事ができているのは、木が読め、木の扱いに長けた職人たちだ​​という。

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​​信頼できる職人たちの職能を尊重すること。
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​​チームプレーの中で、小林さんを支えるものだ。

大工だった父の背中を見つめて

職人への厚い信頼があるのは、「親父の影響だろうな」と話す。

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​父親は地元・寄居町で何代も続く大工で、木造建築のプロフェッショナル。木の扱い方、見極め方、傷がついた時のアドリブのきかせ方など、目を見張るものがあったという。「木ならなんでもできる、職人ならここまでできる、と思わせてもらった」存在だった。

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その長男である小林さん。大学で建築を学び、東京の設計事務所で約10年働いた。地元に帰って貢献したいと考えるのは自然な流れだっだという。

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それから、約30年。事務所は、地元のみならず全国からの依頼を受けてきた。多い時には5人ほどが所属していたこともあっだが、現在は小林さんひとりで切り盛りしている。

​​地元での仕事のひとつが、昭和初期続くの料亭「喜楽」の改修だ。

​​二階建てで1階に個室が3つ、2階が広間という間取り。

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それぞれの部屋に使ってある木材の種類が違うので、雰囲気も異なる。それを残しながら、弱い部分や古くなった部分を補強したり、構造的に柱を足したりと、少しずつリフォームを重ねている。

​​2階に続く階段。立派な構造材も見ものだ

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去年は、カウンター前のテーブルをリデザインした。これは、鎌倉時代の寺のはりだった木材を転用したもので、木材そのものに彫刻の跡がある。「重厚な雰囲気がこの店に合ってると思った」と小林さん。スペースに合わせて、大きさや高さをデザインした。テーブル裏には前の吸付桟と脚の痕跡が残り、見付は新しい店に合わせて削いだ。

​​天板の裏に彫刻の跡が残る。粋な演出が光る

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木を使って小林さんがデザインしたものは、この店にいくつもある。「木ならどんなかたちにもできるし、古い建物に自然と馴染む」と実感する。

左:ある個室の照明。すべての座席に灯りが届きつつ、和風の部屋になじむスタイル。右:部屋の入口で、庭との隙間に設けた配膳台。変わった形のスペースにぴったりとおさまる

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たいていのオーダーは、施主の「ここが使いづらい」など悩みから始まり、はっきりとした仕上がりイメージは描けていない場合が多いという。

​小林さんはその悩みを丁寧に聞き取り、どうしたら解決できるかアイデアを膨らませ、かたちにしていく。

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どんなに使いやすくても、家やその雰囲気となじまなかったり、形が洗練されていないのでは、「もったいないこと。デザインと規格(便利さ)は両立できる。それについて頭をひねるのが自分の仕事。わくわくするよ」と小林さんは笑う。

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その根底には、父親から受け継いだ「木ならどんなことでも表現できる」という可能性への信頼がある。同時に、アイデアを形に落とし込める職人への絶大な信頼も。

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​「自分でも忘れちゃうくらいのつぶやきを、ちゃんと汲み取ってくれるのが、小林さん」と笑顔を見せる施主さんもいる。ときがわ町の幼稚園の園長さんだ。​​​​

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​ここは、新築の木造園舎が2019年の8月に完成したばかり。まだ、木の香りが残っている。
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​​小林さんと園は、相談や視察を繰り返し「今までやってきて、いいと思えたアイデアを全部詰め込んだ。園児が本物の木の素晴らしさを存分に味わえる場所になった」と振り返る。

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木でつくる、自然を感じ、安心して過ごせる空間

まず、園舎は床から壁から扉から窓の柵まで、ありとあらゆる部分が木でできている。

​​階段はもちろん、脇に設置した滑り台までも。部屋によっては、木製の登り棒が設置されているのだから驚きだ。

​​園児たちは全身で、木のぬくもりに触れられる。

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木は調湿性に優れ、室内環境を快適に保つ。「どんな世代にもぴったりだが、特に、体を動かし、よく汗をかく子どもには最適だ」と小林さん。

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​さらに、平屋の園舎には越屋根をつけて、夏場は熱気が抜けていくようにした。

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​この越屋根があるおかげで、風がなくても一階の窓を開けると吹き抜けを通して室内の空気が動くのだ。
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​引越しは真夏の8月だったが、エアコンをつけることはほぼなかったというほど効果は抜群。

​さらに、室内に光を取り込むこともできる。自然光はやわらかく部屋を照らしてくれる。

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大きな窓に設置した柵ですら、木でつくった。園児が落ちないようにという目的だ。取り外しができるようにしてあるため、掃除や維持管理には不便がないように工夫をこらした。

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それから、各教室の窓際には一段上げて、畳のスペースを設けた。壁の仕切りは障子でできている。

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子どもは障子を破いたり、穴を開けたりすることが多いと考えられるため、新築では敬遠されがちだが、「今は自宅にすら畳の部屋がない家があり、畳を見たことも、触ったこともない子どももいる。日本らしい、自然を感じる気持ち良さを知ってほしい」という狙いがある。

障子も破れたら張り替えればよし、また、破れないように大切に扱うことを学ぶ機会になると、前向きにとらえている。実際にここでは皆おとなしくふるまうという。

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木をふんだんに使いつつ、コストを抑える工夫も施している。

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例えば、床板の厚さを場所によって変えた。子どもが走り回るホールは3センチ、各教室は2.4センチ。職員室は、使用するのは大人だけなので、1.5センチの厚みにした。

厚い床板を採用したホール。足の裏が気持ちいい

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板が厚いと保温効果もあるが、その分価格も高くなってしまう。かといって部屋によって厚みを替えるのは、材料の発注や加工に手間がかかるため、一般的ではないという。きれいな板とそうでない板を、使い分けることも難しい。

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小林さんは「施主さんの要望になんとか応えたい。そのためには、手間を惜しみたくはない」と力強い。


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それから、建具は全て新しく作らず、一部、移転前のものや廃校になった学校のものを移設して使っている。

​新しい木材と古い建具。歴史は全く違ってもしっくりと馴染むのは、木材が張り物などでなく本物の木であるからこそ。

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これは、経費削減が目的だったが、意外な効果があった。

​施主の園長先生は、「引っ越してぴかぴかの新しい園舎に、園児も職員も、嬉しいけれど少し緊張していた。前の園舎で見慣れたドアがあったことで、スムーズに馴染めたような気がする」。

再利用することは、モノを活かすだけでなく、そこにいる人の心の安定にも繋がるのだ。

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裸足で走り回る園児たちを眺めながら、小林さんは「本物に触れることで、その良さは身をもって分かると信じている。そして、そういうものが残っていく世の中であってほしい」と目を細める。

● 取 材 後 記 ●

料亭「喜楽」で、小林さんがデザインしたという配膳台を見た時、「木って本当になんでもできるんだな」と改めて感じた。かたちが中途半端な隙間にぴたりとはまり、主張しすぎない存在感。一見すると、見過ごしてしまいそうになる。

また、改修の時に気を付けることとして「どこを改修したのかわからないって言わせたい」と話していた小林さん。

主張しすぎない、変わらないということは、安心感を生み出し、穏やかに時を過ごせるということだ。なるほど、小林さんが作り出した空間は、単なる建物、ではなく、あたたかな空気感をまとっていた。

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小林一元建築設計室 小林一元さん(つくり手リスト)

取材・執筆・撮影:丹羽智佳子

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