生活重視派。

株式会社 アトリエ・ヌック建築事務所
新井聡さん 勝見紀子さん

地元の木材や自然素材を使い、職人の手によってつくる伝統的な家づくりを基本としながらも、住まい手の心地よい生活を一番に考えた住まいを提案し続けている二人の建築士が埼玉にいる。株式会社アトリエ・ヌック建築事務所の新井 聡(あらいさとし)さんと勝見 紀子(かつみのりこ)さんのご夫妻だ。お二人は東京都内の設計事務所の先輩後輩として勤務したのち、1999年に独立しアトリエ・ヌックを設立し現在に至る。

あったかくて、ずっと住み続けられる家を作りたい。

まず事務所兼自宅を構えるマンションの一室に案内していただいたのだが、よくあるマンションのドアを潜ると突然、木に囲まれた空間が出現した。
周りの住民や建主さんからも「そんなことやっていいの?」「こんなに木を使えるんだ!」と驚かれるこの空間は約10年前にリノベーションした。改装前、壁は石膏ボードにビニールクロス貼りだったが、躯体以外は全部スケルトンにして杉板を貼ったそうだ。
集合住宅でドアや窓は変えられないので、木枠の内窓を設け二重にしている。見た目にも温熱環境的にもグッとよくなる。

「最近“温熱環境”という言葉がもてはやされていますが、僕らは以前から“あったかくてエネルギーをあまり使わない家”っていいよねという考え方で家を作っていました。伝統的な木の家の作り方を基本にしていますが、それありきではなく、もっと積極的に暖かく居心地のいい家を作りたいんです。」(新井さん:以下「新」)

「伝統構法で家を建てる場合も、もちろんみなさん工夫されていると思うのですが、どこかで住み手が我慢しないとならない場面があるのではないでしょうか。僕らの建てる家は20〜30年で壊す家ではなく、もっと永くそして心地よく住み続けられる家・住み継ぐ家です。構造的に保つことは大前提です。30〜40代で建てた建て主さんもいずれ年を重ね体調が変わりますよね。その時に温熱環境に配慮していた方が我慢することなく心地よく住み続けられるんじゃないかなと考えています。」(新)


全ては幸せな結果のために。

アトリエ・ヌックのWebサイトには「〝普通の暮らし〟〝うちはフツーです〟といった感覚は人それぞれ違うもので、我が家流の暮らし方を認識することが、自ずと家づくりの道標になってくるはずです。」という旨のことが書かれている。暮らしから家づくりへをどう昇華させているのだろうか。

「暮らしという面では建主さんからいろんな事を学んでいます。『こんなアイデアを持ってるんだ』とか『こんな暮らし方、アリなんだ』とか、次に活かせるアイデアをたくさん吸収させてもらっています。歳を重ねるほどに、膨らんだその引き出しの中からいろんな提案ができるようになってきました。」(新)

「普段の生活を大事にしている人。その生活を豊かにするためにはお家の存在が重要だと思っている人。そういう建主さんとの出会いがあると〝とても幸せな結果〟になるし面白いこと提案ができますね。そのために私たちは、できる限りの勉強や経験をしておき、疑問を投げかけられた時にしっかりと応えられる技術なり考え方を身につけておかないといけないなと思っています。」(勝見さん:以下「勝」)

「木や構造の話など技術的なことはホームページ等に載せていることもあって、建主さんにはある程度事前に理解してもらえています。なので実際の打ち合わせでは“間取りをどうするか”“どういう生活がしたいか”について話し合うことがほとんどですね。」(勝)

「間取りをつくるために本当にしつこく聞きますね。『どこに洗濯物を干しますか?』とか細かいことにまで突っ込んで話してもらいます。そうするとその人独自のスタイルが見えてきます。」(新)

「その希望を取り入れて形にしていくことで、オリジナルの家が形になっていきます。さらに建主さんが要望として言葉にはできなかった抽象的なことを具現化してあげたり、希望する事をさらにスムーズにストレスなく使えるようにしてあげたりしながら設計していくというのが楽しいですね。そこに対応できるスキルを磨いておきたいなと常に思っています。」(勝)

「建主さんが『私が考えました』と思ってくれることが究極だと思っています。そうなると家を大切にしてくれるに決まってますよね。だって自分で作ったんですから。」(新)

「ヌックの家づくりは〝作る〟というよりも〝必要なことをやる〟という意識で取り組んでいます。家を求めている人がいて、その人の理想の生活のイメージを受け止めて、最大限のできるお手伝いをやる。そうすると幸せな結果が訪れるというような感覚です。」(勝)


写真:渡辺慎一

リノベーションは新築以上の価値がある。

アトリエ・ヌックでは新築の設計のほか、最近ではリフォームやリノベーションの依頼が増えてきたそうだ。

「この辺りでは、街並みを形成するような古民家群はありませんが、主に3つのニーズがあります。1つ目:無駄に壊したくないし捨てたくない〝もったいない家〟。2つ目:親が建てて子供の頃から住んでいた〝想い入れのある家〟。3つ目:なるべく少ない費用で快適な生活をしたい〝着実に確信的にリフォームを選びたい人〟。こういった人たちの声に応えてあげたいんです。」(勝)

「私たち自身も、バタバタと建ててスペースがあればいいというだけの建物を建てるために、古いしっかりした建物を壊してしまうのはナンセンスだと思っています。古い建物の良い部分やポテンシャルを活かせる仕事をしたいという想いがあって始めました。古い建具を活かせたり間取りの面影が残しながらも、耐震的にも強く温熱的にも暖かい家が作れる物件は新築以上の価値があると思います。」(勝)

ここでいくつかリノベーションの実例を紹介する。


Yさんの家(青梅)“もったいない家”

写真:渡辺慎一

「リフォームでは、高齢になっても快適な暮らしをするための温熱環境・バリアフリー・耐震性といった対策を十分にできないんじゃないかと一般的に思われています。ですが、きちんと調査して悪い部分を補う手法を提案して『思い描いている生活ができますよ』と伝えてあげると、『本当はリフォームしたかったんです。』といって皆さん安心してリフォームに踏み切られます。」(勝)

Yさんも築30年の自宅を建て替えるかリフォームするか迷っていた一人。
耐震補強と間取り変更、劣化部補修と断熱化が、新築の7割のコストで行えるとの試算からリフォームを選択。「家族に背を向けてひたすら料理をしなければならないキッチン」「リビングが寒い」など暮らしの不満を解決しつつ、将来的に体力的に階段を上がれなくなった時のために、1階のリビングを寝室として使えるようにと設計された〝リビングヌック〟部分を増築。
外から見るとアルミサッシのままだが木製建具を内側につけて二重にして断熱性能を上げている。
また、階段の段数を一段増やすことで、足腰への負担を軽くし、できるだけ長く二階を使うことができるように配慮した。


Oさんの家(石神井)〝想い入れのある家〟

写真:渡辺慎一

Oさんはリタイヤ後の住まいとして、幼い頃から住んだ築約70年のこの家で暮らしたいと考えていた。しかし本当にこの家を改修して、耐震性や温熱性を上げることで自分たちの暮らしを支えてくれるものになるのか不安もあったそうだ。詳細調査をし予算も考慮した上で、耐震対策は全体にしっかりして、リフォームは部分的にすることにした。

「耐震補強は日々の生活を快適にするものではないので、建主さんがはっきりと望まない場合もあります。しかし建築家には耐震補強を施す責務があります。その補強によって生活しにくくなるのは住み手が喜んでくれないし、プロジェクトを進めようという気にはなれません。耐震補強と快適性の向上を両立させる知恵や技が建築家には求められます。それこそが建築家がリフォームに携わる使命だと考えています。」(新)

その考え方が現れているのが格子壁(写真左)。耐震性を持たせると同時に、空間を緩やかに仕切る役割も担っている。


Hさんの家(吉祥寺)〝着実に確信的にリフォームを選びたい人〟

左:改修後
右:改修前 和室の続き間の面影を残している。
(写真上左:渡辺慎一/写真右:提供 アトリエ・ヌック)

Hさんはリフォームする前提で築30数年のこの家を購入。その後、調査・改修をして住まわれている。自分が住んでいたわけではないが、元の家の佇まいを残したいとのHさんの想いが設計に滲み出ている。

写真:渡辺慎一

ダイニングにある大きなパネルが目に入った。これは輻射式冷暖房「エコウィン」というパネルヒーターの一種で、エアコンの室内機と室外機のホースの間に接続してエアコンの冷媒をラジエーターに通すだけの簡便な仕組みでパネル自体は電気は使わないという。冬場は輻射暖房で部屋を温め、夏場は輻射冷却で大きな氷の前に立っているようなひんやりとした使用感。エアコンを微風で運転しながら部屋を快適に保つことができるのでかなり省エネ効果があるとのこと。

日々蓄積されてきた“引き出し”から最適なアイデアや技術を採用するのだ。


建主毎の生活しやすさをとことん追求し、プランを組み立てる。

次に、勝見さんの案内で、所沢に新築で2016年に建てられた、Tさんの二世帯住宅兼事務所を訪れた。実はTさんは10年以上アトリエ・ヌックと一緒に仕事をしている信頼ある大工さん。もちろんこの家もTさんの手刻みで建てられている。

1階は普段はお母さんが暮らし、親戚が集まった時に開け放して大人数で食事がしたいというのが一番の要望。Tさんの事務所スペースも設けられている。2階はTさんご夫婦と3人のお子さんの住まいだ。

「木を使って構造的に整理しながらも、回遊できる生活のしやすさを追求して行くのがアトリエ・ヌックの家づくりです。」(勝)

「アトリエ・ヌックさんの図面が大好きなんです。勝見さんの図面って本当にミリ単位で合うんですよ。やってて面白いとすごく感じます。」(Tさん)

「木じゃないと作れないものが多いので、作り物が多くて大変だとは思うけど、図面を描く人間がいて、実際に作る人間がいるからこそ唯一無二のものが出来上がるんですよね。」(勝)

唯一無二の仕事ぶりをいくつか紹介する。

左:和室の扉は、必要に応じて右手の戸袋に収納できる。
右:せっかくの梁を壁で塞ぎたくなかったとのことで、竹の吊り束だけで支えている

左:漆喰仕上げ。通常の漆喰よりも藁スサが3倍くらい入っていて割れにくい。ザクっとした仕上がりが特徴的だ。
右:シラス壁。九州南部で採掘された火山噴出物“シラス”が原材料。漆喰以上の吸放湿性能を持つ。マグマが生み出した天然のセラミック素材だ。

斜め張り天井に設けられたトップライトから優しく明かりが差し込む。キッチンはオリジナルで作製。

 左:2階のリビング:ソファもオリジナルで作製。座面下は全て引き出し収納になっている。
右:六畳間のスペースに四畳半分の畳を引いて周囲を板張りにしてある。

子ども部屋はそれぞれ四畳半に作り付けベッドがあり、さらにその上に三畳のロフトが設けられている。ちょうどトップライトの部分にあるので明るさも十分だ。キッチン・ダイニングを見下ろせ、子ども心をくすぐる。


この家に限らずアトリエ・ヌックでは、いつも採用している技術や素材がある。その一つが“GA(グリーンエア)斜め張り工法”という工法だ。構造用合板を用いず、無垢の杉板を床や屋根下地の構造材として斜め張りにすることで、よりも高い耐震性能と自由な間取りを両立させる工法で、アトリエ・ヌックも開発に加わり水平構面の認定を受け、積極的に採用している。使用する材木は近くの山で育った低温乾燥させた杉材を使う。

「世の中的には、耐震強度を上げるために、厚い合板を張る流れになってきてしまっています。せっかく木軸で作っているのに耐力を全部合板に頼るのはどうかと思いますし、使われている接着材の耐用年数も不明な上、シックハウスの事を考えると多用するのも怖いです。」

「それから、近くの山の木を柱や梁だけではなく、なるべく多く使っていきたいという想いもあります。せっかく手間暇かけて育てた木がチップやパルプとして消費されていくのは寂しいですよね。伝統構法の建物が柔らかくて揺れを吸収してくれることは、もちろん理解していますし素晴らしい構法ですが、職人の技術なくしては成立しないので、今後それだけでは特殊技術になりすぎて、この国の〝木の家づくり〟は続けていけないのではないかと危惧しています。」

「日本にはこんなに豊かな森があるのだから、たくさんの木を使える一般化できる方法を追求したい。もちろん伝統構法での職人技が絶えてしまっては困りますが、私たちの主戦場はそこではなく、いかにたくさんある木という資源を使い尽くすかという方法を考えたいというスタンスです。」

左:ガラス張りの天井から、2階床下の“GA斜め張り工法”が見えるようになっている。
右:モデルハウス的な意味もあり、事務所の床にはケヤキ・クリ・サクラ・ナラ・モミ・マツ・ヒノキ・スギ・カツラ・ナシなどの木が使われている。

他にいつも採用しているものが、“セルロースファイバー”“Baubio”という断熱材だ。

セルロースファイバーは壁と床の断熱に使われている。リサイクルされた新聞紙を主原料としている。断熱材として一般的なグラスウールは、筋交いやコンセントボックスなどを避けながら切って埋めていくのでどうしても隙間ができやすく、製品の断熱性能が良くても施工次第で性能が落ちてしまう。また端材も多く環境にも経済的にもあまり良くない。

一方、セルロースファイバーは、綿状のものを吹き込んでいくので筋交いの隙間でもコンセントの裏でも入り込んで完璧に断熱性能を発揮する。素材にはケミカルなものを一切使用しておらず、原料の新聞のインクも植物性なので安全だ。

「絡み合った繊維のおかげで吸放湿性能が非常に高く、土や漆喰の吸湿性・透湿性を妨げないので、漆喰など左官壁+セルロースファイバーという組み合わせも相性がいい。防音性能が高いのもポイントで道路が近いお宅にもおすすめですね。」

Baubio(バウビオ)は天然素材(ゾノライト系けい酸カルシウム)の断熱材ボード。GA斜め張り工法を露し仕上げとする場合に屋根断熱に使用する。本来耐火性の為に作られた建材だが断熱性能と透湿性能が非常に優れており、5cmの厚みで十分な効果が得られるという。

左:床板が部分的に外せるようになっており、セルロースファイバーに触れることができる。/右:階段下のシューズクロークは壁面に湿気や臭気を透過するBaubioを使用。


勝見さんと大工で建て主のTさん。二人とも笑顔が素敵だった。

アトリエ・ヌックの新井さんと勝見さんの作る家は、地元の木を存分に使いながら、現代の住まいに必要な性能を、人にも環境にも優しい素材で実現している。その上で、建主の暮らしの不便さを解決し、より〝豊かな普段の生活〟をいかに長く送ることができるかに焦点が当てられている。豊富な経験とバランス感覚があるからこそ成せる技だろう。

勝見さんとTさんの笑顔を見ていると、勝見さんの言う〝幸せな結果〟がそこにあるように感じた。


 

株式会社アトリエ・ヌック建築事務所 新井 聡・勝見 紀子(つくり手リスト)

取材・執筆・写真:岡野康史 (OKAY DESIGNING)

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