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鈴木祥之先生(立命館大学教授):伝統構法で使える耐震設計法を探る

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研究者
立命館大学グローバルイノベーション機構 鈴木祥之教授


専攻分野:耐震工学、建築振動論、木構造学

1944 京都大学大学院工研究科博士課程修了。同大学防災研究所助手
1990 日本建築学会賞(論文賞)受賞
1995 阪神・淡路大震災を契機に木構造の研究に取り組む
1999 京都大学教授
2008 京都大学名誉教授。立命館大学グローバルイノベーション機構教授

        
インタビュー実施日時:2008年7月18日
於:京都リーガルロイヤルホテル
聞き手:持留ヨハナエリザベート(職人がつくる木の家ネット)

耐震工学の最先端を歩んで来た。

今でこそ木造の耐震が専門であるかのように思われていますが、じつは私は最初から木造をやっていたわけではないんですよ。まずは、そのあたりからお話しましょう。

1964年(昭和39年)に新潟地震がおきました。名古屋工業大学の2回生の頃でしたが、地震被害を直に接して地震の力っておそろしいなあ、ということを実感しまして、地震被害を最小限にくいとめる研究をしようと、専門課程は耐震工学に進んだんです。京都大学大学院では、小堀鐸二先生の研究室でした。耐震工学といっても、今やっている木造とはまったく別世界。

高層ビルなどが地震時にどのように揺れるか、また地震時の安全性をどのように確保できるかという解析をしていました。信頼性理論をもとに、建物の耐震安全性を確率論的に考えるという手法で研究を進めていました。信頼性理論とは、あるシステムがその性能を完遂できるかを、様々なばらつきを考慮して、最終的に「確率」として求める考え方です。

日本の建築物に信頼性理論をあてはめて考えると、不確定要素として重要なものは、台風、雪、そして地震動です。風荷重や積雪荷重ならば、毎年のようにデータの蓄積がありますから、基準化がしやすい。ところが、地震動はそう簡単にはいきません。なにしろ地震はしょっちゅう起きることではない上に、発生する度ごとに伝播のしかたや周波数特性もちがう・・・不確定要素の中でもばらつきが大きい。しかも、その地域の地盤にどの断層がどのくらいの長さ入っていて、その断層が進展していくスピードはどれくらいで、というところまで知り尽くしていないと、設計用の確率モデルをつくるところまでもってはいけません。過去のデータを統計的に処理すればことは簡単になりますが、そうすると小さな地震のデータに引きずられてしまって、大きな地震の時に役に立たない・・・。ほんとに悩ましいんです。

そんな悩ましいテーマについて、建築物の複雑な復元力特性(耐力と変形の関係)や破壊規範(壊れ方の法則)、地震入力の不規則性を考慮した耐震信頼性解析法、その信頼性に基づく耐震設計法、建築物の健全度を調べる構造ヘルスモニタリングなど解析的なアプローチで研究していました。コンピュータを使った高度な手法で解析する先端的な手法・技術で、数式の世界ですよ。

大地震にも適用できる「制震構造システム」にも取り組んでいました。研究を始めた頃は、「制振」という用語が使われ、どちらかと言うと、地震よりも風の揺れを抑制するものでした。その後、地震の揺れを抑制するようになったため、「制振」から「制震」に変わりました。

ビルが地震力をもろに受けないようにするために、地震時にアクティブに動くもの(制震装置)をわざとおいて、その応答によって地震入力を制御するという、当時最新の研究でした。現在、日本の超高層ビルにはなんらかの制震システムが働いており、いまや、制震構造システムは、高層、超高層建築物や都市重要施設には不可欠な技術です。耐震信頼性解析法の研究は,合理的な耐震信頼性設計法として将来的に実用化に繋がるものと期待されています。このようなアドバンステクノロジーを社会に役立てたい!という理想を実現できているんだという充実感もあったものです。

「建物が人を殺してしまった」ことに
大ショックを受けた阪神・淡路大震災。

その充実感を突き崩されるような想いをさせられたのが、阪神大震災でした。6000人あまりの方が亡くなりましたが、その大半は木造の建物の下敷きになって命を落とされたのです。梁などに押しつぶされる「圧死」または、建物内部に閉じ込められ、おちてくる土や埃を吸って、息ができなくなる「窒息死」がほとんどです。

その頃、京都大学防災研究所に所属しておりました。専門分野は建築ですので、建物と防災を2本柱として、研究テーマに取り組んでいたのですが、それなのに、建物のためにたくさんの方が亡くなられたということは、大変なショックでした。地震で人が死ぬことのないようにという気持ちで耐震工学の専門家になったはずなのに。「果たして自分のやってきたことが人を助けたのか」と内心忸怩(じくじ)たるものがありました。

木造の耐震性の研究が遅れていたわけ。

戦後、木構造、特に耐震が大学や日本建築学会で主要なテーマとなることは、少なくともつい最近までは、ほとんどありませんでした。木造の研究があるとすれば、耐力壁、枠組壁工法(ツーバイフォー)、3階建てなどに関する研究ぐらい。あるいは、ハウスメーカーなどによる自社の開発研究。まちの大工さんが建ててきた在来構法の木造住宅や数多く残っている伝統構法木造住宅などの構造や耐震性を研究する者はほとんどいませんでした。このような木造住宅の耐震性が研究されなかった背景には、研究者だけでなく研究費も少なかったこととがあります。

ところが、阪神・淡路大震災以後、木造住宅の耐震性や耐震補強は重要かつ緊急課題となり、ようやく研究テーマとしてとりあげられるようになりました。その後も2000年鳥取県西部地震、2001年芸予地震、2003年宮城県北部の地震、2004年新潟県中越地震、2007年能登半島地震など、大地震が相次いで起こり、また東海、東南海、南海地震などの大地震の発生予想もされるようになったため、多くの研究者が加わることとなり、木造の研究はさらに活発になってきています。喜ばしいことです。

密集市街地の被害

震災調査1:その日のうちに神戸入り
そこらじゅうが被害だらけ。

1995年1月17日午前5時46分、地震発生、私は大津の自宅にいました。徹夜で仕事をしていて、もうそろそろ寝ようかと寝床に入ろうとした瞬間、揺れが来ました。震度5ぐらいでしたが「これは非常に大きな地震でかなりの被害が生じるぞ」と肌で感じましたね。テレビをつけると、京都や大阪の映像が流れていました。早期の地震情報は、周辺情報が先に出てくるんですね。もっとも被害の大きなところはブラックボックスになって、情報が届かないんです。テレビで映し出される被害情況を見ても、揺れの感じからして「震源はもっと違うところだな」と直感しました。

激甚地は神戸。午後からの大学院での講義「建築振動論」を終えて、現地にでかけました。南の方は全線不通だったので、三田から南下しました。まだ六甲山トンネルは一般車両も通ることができ、その日のうちに神戸市内に入りました。泊まるところもないので徹夜で、翌朝から夕方まで調査をしてみて、これは単独行動では手に負えないと実感し、夜から朝までかけて防災研究所に戻り、建築学会近畿支部の各大学の先生に「合同で調査しましょう」と呼びかけました。地震被害調査というのは、被害に遭った建物を探して歩くのが普通なんですが、神戸では被害だらけで、探す必要なんかなかったですね。「そこらじゅうがやられている」、それが第一印象でした。

2階長屋建木造住宅の被害

震災調査2:木造被害建物の調査
戦後間もなくの木造が、特に被害大

1週間後の1月24日から26日、建築学会近畿支部に属する大学を中心に110余名からなる合同調査隊が調査を行いました。調査は木造、鉄骨、RCすべてのタイプの建物について、被害地全域にわたったのですが、木造の被害が非常に大きいことが明らかになったので、その後新たに木造を専門的に調査するチームを編成し、より詳しい調査を行いました。

木造建物の被害形態は、建物種別によって異なっており、一階部分の壁量が少ない店舗併用住宅、狭小間口の戸建住宅、文化住宅・アパートのように間口方向に耐震壁がない建物など、構造計画上問題のある建物が、やはり大きな被害を受けていました。建設年代別にみると、老朽化した木造建物ほど被害が大きいのですが、被害の要因としては、構造計画や平面計画の悪さ、仕口・接合部の欠陥、施工法・施工技術の未熟、維持管理の悪さなどに問題が有ることが指摘されました。戦後に形成された密集市街地と地震動の増幅地帯が重なったことにシロアリや腐朽菌による木部の劣化が加わり、被害を増大させたと言えるでしょう。

震災調査3:被害の少ない建物の調査
しっかりとしていた伝統構法の建物。

地震後、状況が落ち着いた頃、被害調査ではなく「壊れてない建物」の調査をしました。すると「木造だから弱い」のではない。しっかりつくられてきちんとメンテナンスされてきている木造は、地震動の強いところにあっても被害が少ない、ということがだんだんに分かってきました。

しっかりしたつくりとは、戦前にきちんと建てられた、伝統構法といわれる建物のことです。なぜしっかりしているのか。どこが違うのか。それを知るために、誰が建てたのかを追いかけていきました。すると「壊れていない建物の流れ」が見えてきたんです。

「この人のつくる建物はしっかりしている」と思える何人かの棟梁さんが分かってきました。その棟梁に訊くと、上に親方がいて、親方から棟梁へ、棟梁から若い衆へと「こういうつくり方をするものだ」ということを伝えているんです。そうしたはっきりした系譜の流れを汲む大工さんたちのつくる木造は、しっかりしてるんですね。さらに詳しくヒアリングするために、棟梁さんたちに建物に案内してもらって、しっかりしたつくりとは何かということの説明をしていただきました。

そんな風に木造のつくり方、特に伝統構法に興味を持つようになったのですが、この時点ではまだ、木造を自分の研究課題にしようとまでは思っていませんでした。それまでにつくりあげてきた研究体系とはまったく別の分野でしたから。それまでやっていたことを離れて自分が木造を研究することになるとまでは、その頃は予想だにしていませんでした。

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