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木の家ネット第六期総会・三重大会レポート

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「次の世代に伝える心」の真髄に触れた、伊勢めぐり

草鞋をはいて歩き出して、少し水たまりを歩いたりして、その水たまりの水が草鞋を通して足の裏に伝わってくる、そんな感じのするときにああ私は旅をしているのだということを感じるものでございまして・・・・・・

 —– 「旅と私」  柳田国男 —–

旧来から「一生一度は伊勢参り」というように、人々の旅の目的は参拝であり、中でも伊勢神宮を詣でるということは、なにかしら「特別のコト」として全国から旅人を呼んできました。 二十年に一度社殿を建て替えて、その歴史と技術の継承を続ける「式年遷宮」を五・六年先に控え、今年は木曽や伊勢志摩の山からの御用木を運ぶ「お木曳き」で賑わった三重県伊勢市と二見町に、2006年11月18日・19日、北から南から総勢80名のメンバーが集まり、伊勢の文化・人・食・歴史の中で「旅」を満喫しました。

蔵の町、伊勢河崎のまちなみを訪ねて

伊勢河崎のまちなみ

比較的暖かな晩秋の日、午前10時ごろから伊勢神宮下宮駐車場とJR伊勢市駅には、総勢50名あまりがぞくぞくと集まり、外宮の海側に位置する河崎地区に向かいました。ここは、町を流れる勢田川の水運を利用して、安土桃山?江戸の時代に伊勢の物流の中心として栄え、かつて「伊勢の台所」と呼ばれたところです。蔵を持つ商家が軒を連ね、連子格子と白壁の家並みの間を大八車が行きかったことでしょう。そんな話も今は昔、トラック輸送に変わった戦後、町は急速にさびれていきました。そんな中で歴史ある河崎の建物を残しながら魅力あるまちづくりに取り組んでいる「NPO法人伊勢河崎まちづくり衆」をとりまとめている地元の設計士・高橋徹さんに案内をお願いして、そぞろ歩き出しました。

伊勢の家の特徴は切妻の屋根が続くことです。「妻入り」と言い、街道に対して三角屋根がジグザグジグザグと連なっていきます。伊勢神宮の神様のいる社殿が「平入り」なのに対して、下々の家は「妻入り」にしているだとか。またケラバと呼ばれる屋根の妻壁を「鎧囲い」という下見板の外壁を破風から下ろすのも特徴だそうで、参加者たちは思い思いの場所で足を止めながら、写真を取ったり納まりを手で確認したりして楽しみながら歩いていました。

お昼にはこの地方の味「伊勢うどん」。なんともふっくらやわらかいアツアツの麺に甘辛いしょうゆだれをかけて食べるこの味に、皆不思議な驚きとともに昔からたくさんの参拝客をもてなしてきた、伊勢の人のもてなしの心を噛みしめていました。

明治建築の粋を集めた二見浦・賓日館で行われた三重大会

午後からは車で20分、二見浦の海岸沿いに建つ「賓日館」に場所を移して「三重大会」です。明治二十年、神宮参拝の賓客(皇室の方々)の休憩・宿泊施設として建てられたこの旅館建築は、国の登録文化財、県の有形文化財に指定されています。門をくぐると豪奢な唐破風の玄関が目を引きます。よく手入れされた回遊庭園の中に建つ姿は往時を感じさせます。明治四十四年に民間に払い下げられ、平成十一年に旅館廃業するまで多くの要人たちがくつろいだことでしょう。その後資料館としてリニューアルされ、「NPO法人二見浦・賓日館の会」の有志が運営しています。

上は、小一の持留匠君がまとめた  九州取材レポートをながめる大人たち。

左から、 白神フォレストによる、杉樹皮を利用した  天然素材の断熱材「フォレストボード」に  漆喰を塗ったサンプル。 田上材木店によるパズル  「神宮桧 知恵の板」と  同じく神宮桧を活用した積み木。 蒼築舎による塗り壁見本。

大会が始まるまでの時間、自由に館内を見学することになったのですが、これがまた見所の宝庫。桃山様式の「折上格天井」の大広間にはケヤキや屋久杉の一枚ものの床の間や歴史を感じさせる調度品がいたるところにあり、やはりここでも職人の性というべきかあちこち撫で回したり、細部の写真をとったりする姿が見られました。階段の手すりにはカエルが彫刻されたりしていて、ピンとした緊張感の中にホッとさせるデザインがまた粋だなと感じさせられました。

また中広間を一日借り切って会員の発表の場として、館をおとづれた一般の方に私たち木の家職人の仕事を見てもらう試みもありました。三重の蒼築舎の松木憲司さん、兵庫の総合建築植田の植田俊司さんたちの左官壁の塗り見本は私たちでも普段なかなか見ることのできない壁もあり、とても興味深いものであったり、また静岡の石川木材の石川太久治さん、三重の田上材木店の田上紘吉さん、秋田のモクネット事業協同組合の加藤長光さんたちの、それぞれの地域での木材に対する試みもまたアピールされていました。そんな中このサイトを製作しているモチドメデザイン事務所の持留さんの九州取材の「裏レポート」を、息子の匠くん(小学校一年生)がB紙に写真を張り込んで発表していたのが、なんとも微笑ましい光景でした。

すぐれたモノづくりを次世代に伝えて行くこと

さて日も暮れかかったころから120畳大広間を使って大会となりました。昼間河崎の町を案内された高橋徹さんにスライドの映像を見せてもらいながら、寂れていた町をどうやって復活させてきたかという話を伺いました。その話の中で印象に残るのは「まちづくりは心の継承です」と言われたことです。戦後の流通の変化と均質的な都市化がこの伊勢市でも進む中、河崎の町は取り残されるように寂れていったようです。水運として使われなくなった勢田川はみるみる汚れていったのですが、昭和五十年代からその状況への危機感からか、高橋さんら有志が町の再生に取り組むようになったそうです。

神宮のすべてのお宮を二十年に一度新築する「式年遷宮」が続けられて来たのは、神宮が常に新しく清らかであるということだけでなく、遷宮が技術の伝承の機会としての意味ももっています。遷宮の精神が浸透している伊勢だからこそ、河崎の町を「次の時代に残していくもの」として歴史と文化と技術がつまったよみがえらせることにまい進していったようです。そうして「伝えること」こそが「人の根源的な意義」であり、「暮らしの基本」だとも言われました。そしてそのことこそが「心の継承」で他ならないということだと思います。

NPO法人伊勢河崎まちづくり衆の高橋徹さんと、NPO法人 二見浦・賓日館の会 賓日館館長 林紀幸さん

次に賓日館館長の林紀幸さんがこの旅館と二見の町のついて、またロケット開発を研究されていた経歴を持つ方なので「モノづくりのこころ」を熱心に話してくださいました。そこでも「モノを伝え残していくこと」の難しさと大切さが伝わってきました。その後の会員発表では、和歌山の西岡建築の西岡健一さんが熊野古道と海運とで古くから栄えていた湯浅町の再生まちづくりの話があり、河崎との共通性もありより深い内容になりました。また静岡の石川さんの木材のトレーサビリティーについての発表がありました。

ほとんどが大工という、仕事の忙しい合間を縫って、今回の総会の充実したプログラムを企画し、運営した三重県の会員たちの紹介も加藤会長からあり、道案内から駐車場の整理という裏方仕事に奔走した若いスタッフにも拍手のねぎらいがあって、賓日館でのプログラムが終了しました。

西岡建築の西岡健一さんと、石川木材の石川太久治さん

続いて、二見の老舗旅館「浜千代館」に移動しての夕食・懇親会。目の前に広大な伊勢湾が広がっているだけあって、食事は高膳の上に海の幸があふれていました。今回は伊勢神宮見学もあり、会員外のオブザーバー参加の方や、親方である会員のところで修行している若い衆たちの出席あり、大いに盛り上がりました。

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総会を支えた、三重を中心とした会員たち