講師:篠 節子(篠計画工房代表)
司会:山田 貴宏(ビオフォルム環境デザイン室)
開催:2026年2月10日(オンライン勉強会)
木の家ネットでは不定期にオンライン勉強会を開催しています。今回は、気候風土適応住宅の制度づくりに長年関わってこられた篠節子さんを講師に迎え、省エネ基準の最新動向から、告示786号のしくみと課題、全国の独自基準(第2項)策定の現状、そしてこれから各地域で取り組むべきことまで、約1時間半にわたってお話しいただきました。2025年の省エネ基準適合義務化を経て、2030年にはZEH水準への基準引き上げが控えるいま、伝統的な木造住宅をどう未来へつないでいくか。当日の勉強会の内容を報告します。
1.省エネ基準はどこへ向かうのか──2030年の「だるま落とし」
まずは「おさらい」として、省エネ基準の歴史から。省エネ法の制定は1979年。当初は経産省所管の努力義務としてスタートし、外皮基準は1980年以降段階的に強化され、2011年に現行の外皮性能の数値が確立しました。そして2025年、ついにすべての新築住宅・建築物に省エネ基準への適合が義務化されました。
さらに2030年にはZEH・ZEB水準の省エネ性能の確保が目標とされ、たとえば6地域の外皮平均熱貫流率(UA値)基準は0.87から0.60へと大幅に強化されます。性能等級の体系も再整理され、現行の適合義務水準である等級5が、2030年には最下位の「等級1」相当に位置づけ直される─性能制度の「だるま落とし」です。高性能な断熱材と開口部を選べばクリアできる数値ではあるものの、自然素材の断熱材や建具職人による木製建具にこだわる気候風土適応住宅にとっては、決して容易な水準ではありません。
2050年には既存ストック平均でのZEH・ZEB水準確保が掲げられており、新築だけでなく既存住宅をどうするかが、これからの大きなテーマになっていきます。

2030年の義務化水準
6地域ではUA値0.87→0.60へ
2.「気候風土適応住宅」誕生の経緯
伝統的な構法を用いた住宅は、断熱が困難な構法や大きな開口部を持つことなどにより、一般的な省エネ基準への適合が難しい場合があります。そこで平成24年(2012年)7月、「低炭素社会に向けた住まいと住まい方」の推進の方策の中で、一次エネルギー消費量の基準を満たした上で所管行政庁が認める場合に外皮断熱基準を適用除外とする特例措置が設けられました。
そして平成28年(2016年)、国交省は地域の気候及び風土に応じた住宅(伝統的木造住宅)を「気候風土適応住宅」と名付け、外皮基準の適用除外と一次エネルギー消費量基準の緩和措置を整えました。同年3月31日には認定のガイドラインが発行されています。
その後、2019年に国土交通省告示786号が発出され、2021年3月6日には告示に基づく解説書が発表されました。この解説書づくりには、全国の実務者が図面や写真を提供して協力しています。さらに2022年6月の法改正(脱炭素社会の実現に資するための建築物省エネ法等の改正)を受けて省令・告示が見直され、2024年7月5日に解説書の改訂版(2024年度版)が発表されました。この改訂で国が定める要件に「茅葺き屋根」「面戸板現し」「せがい造り」が追加されています。改訂にあたっても数名の実務者が改定案の説明・質疑応答に参加し、提案が一部反映されました。
重要なのは、これまで「当面の間」の暫定措置とされていた気候風土適応住宅の例外規定が、省エネ基準適合の全面義務化に合わせて恒久的な措置として位置づけ直されたことです。また一次エネルギー消費量の計算プログラムも一本化され、気候風土適応住宅も通常版のプログラムで対応できるようになりました。

気候風土適応住宅・国交省関係の経緯
3. 告示786号のしくみ──第1項と第2項
告示786号は次の内容で構成されています。
第1項第一号:国が定める基準
第1項第二号:国が定める要件に所管行政庁が必要な要件を付加した基準(第一号より厳しい基準になる)
第2項:所管行政庁が独自に定める基準
第1項第一号は、外壁について両面真壁の土塗壁(イ)・両面真壁の落とし込み板壁(ロ)、屋根が茅葺(ハ)、あるいは片面真壁の土塗壁・落とし込み板壁等に加えて屋根・床・窓の要件(化粧野地天井・面戸板現し・せがい造りのいずれか、床の板張り、窓の過半が地場製作の木製建具)を満たすこと(ニ)といった内容で、要するに土壁・落とし込み板壁・茅葺き屋根を軸とした限定的な要件です。これに該当すれば、2030年以降も気候風土適応住宅として申請することができます。
一方で第2項は、所管行政庁が地域の実情に合わせて独自に基準を定められる枠組みです。既存住宅の増改築への対応も、第1項では書かれていないため、第2項で検討する必要があります。実は今年度の社会資本整備審議会のとりまとめでも、2050年の脱炭素実現に向けて既存ストック重視への大転換が打ち出されており、各地域に多く残る良質な伝統的構法の既存住宅を、現代の構法や生活スタイルを取り入れながら改修して未来につなぐ道筋づくりが急務となっています。

告示786号第1項第一号・国が定める基準(2024改定版)
4.実務者アンケートが浮き彫りにした第1項の限界
令和2年(2020年)10月、JIA(日本建築家協会)の「伝統的工法のすまいWG」と「木の家ネット」の呼びかけで、木の家ネット、日本板倉建築協会、伝統を未来につなげる会、建築士会(三重・徳島・広島)などの実務者を対象にアンケートが実施されました。回答者52人・回答事例138件。そこからあぶり出された課題は、第1項第一号の要件がいかに現場の実態と乖離しているかを示しています。
台風や大雨の多い地域では躯体を雨から守るため外部を板等で覆うのが普通で、庇内部分以外で両面真壁はほとんど施工されていない(イ・ロは現実的でない)
屋根:竿縁天井など屋根が現しでない場合はNG
床:無垢板張りであることだけでは足りず、断熱材の有無が問われる。床暖房を入れると床下に熱が逃げないための床断熱が必要。
窓:外部開口部では地場製作の木製建具に限定されるため、性能の高い木製サッシは使えない。延焼のおそれのある部分では防火戸が必要になり制約が大きく矛盾がある。
土塗壁・落とし込み板壁でない片面真壁造の伝統的木造住宅の扱いには触れられていない。

アンケートからあぶり出された課題
5.実務者たちが積み重ねてきた活動
こうした制度が形になる過程には、民間・実務者側の長い活動の蓄積があります。2009年、環境省の21世紀環境共生型住宅として伝統的工法による水俣エコハウスが建設され、多くの研究者が訪れました。2011年にはJIA日本建築家協会に「伝統的工法のすまいWG」が設置され、環境建築家・環境研究者・実務者が協働して、2012〜2014年に伝統的木造住宅24事例の夏冬の温熱測定・外皮性能・一次エネルギー計算・実エネルギー消費量の調査を実施。全国134事例の伝統的木造住宅・和風住宅の調査も行われました。
日本建築学会の「伝統的木造住宅の温熱環境と省エネルギー」研究会、建築士会連合会の環境部会・気候風土型住宅WG、木の建築フォラムの講習会、そして木の家ネットのウェブサイトでの解説など、多くの団体が並行して活動を展開。2016年の衆議院会館での報告会、他団体との共同シンポジウム、ガイドラインや解説書への提言・協力と、実務者の声が制度に反映される回路が少しずつつくられてきました。今回の勉強会自体も、その積み重ねの延長線上にあります。
6.気候風土適応住宅を特徴づける5つの要素
気候風土適応住宅のガイドラインでは、その定義を厳密に定める代わりに、次の5つの項目から要素を抽出して多面的に備えている住宅として整理しています(東京建築士会環境委員会気候風土WG長・高橋昌己さんの整理によるもの)。
様式・形態・空間構成 | 外気温・日射・外部風など地域固有の気候要素の活用や制御に資する、地域に根ざした住宅の様式・空間構成 |
|---|---|
構工法 | 地域で旧来より用いられてきた構造方式や構造材の使用方法、地域の気象要素に対する耐久性向上に資する材料・構法 |
材料・生産体制 | 地域で生産・供給される建築材料の使用、地域の生産者や職人が住宅生産に関与する仕組み |
景観形成 | 地域のまちなみや集落景観の維持保全に資する建物・外構の構成・形態・材料 |
住まい方 | 窓の開け閉め、簾の活用、小さく住む、季節で住み分ける工夫など、地域で培われてきた暮らしの継承 |
地域の気候及び風土に応じた5つの要素の具体例
7.全国の独自基準(第2項)策定状況──日本地図から見えるもの
では、地域にふさわしい気候風土適応住宅を可能にする第2項の策定は、全国でどこまで進んでいるのでしょうか。日本地図に整理した2026年2月現在の状況は次の通りです。
策定済み | 熊本県 宮崎県 鹿児島県 長崎県 佐賀県 滋賀県 愛知県 富山県 |
|---|---|
策定後見直し中 | 沖縄県 福岡県 埼玉県 |
近々策定発表予定 | 三重県 徳島県(今年4月と聞いているとのこと) |
行政と共に検討中 | 岡山県 大分県 高知県 和歌山県 |
建築団体が検討中 | 東京都 長野県 静岡県 |
これからスタート | 北海道(篠さんが今月末にオンライン講習会を実施予定) |
以前に講習会等を実施したが動きが停滞 | 広島県 岐阜県 石川県 奈良県 山梨県 |

独自基準の検討状況・日本地図(2026年2月10日現在)
九州がほぼ埋まっているのは、水俣エコハウスの設計を手がけた熊本の古川保さんが九州の各地に働きかけてこられた成果が大きいとのこと。宮崎県は、2014年に国交省と建築士会連合会が行った300㎡未満住宅の省エネ実態調査で、年間100棟以上をホームビルダーが建てている実態に県庁が危機感を抱いたことがスタートでした。愛知県は、土壁のない伝統的工法も含む形で建築基準法等に準じた論理構成の基準を策定しており、資料は愛知県ホームページからダウンロードできます。埼玉県の試行版は「UA値1.54以下」に「手刻みによる加工とする」という一言を組み合わせた興味深い内容で、現在要件を見直し中です。
一方、懸念があるのは、東北全域と日本海側がまったくの空白であること。東日本大震災の復興過程でハウスメーカー・ホームビルダーによる地域性が乏しい住宅が広がった経緯があり、土壁の技術が失われつつある地域でもあります。「良い住宅が残っている地域なのに、このままブランクにしておくわけにはいかない」と、国交省へこの地域への支援の提案書を提出しました。
また、告示786号第1項ができたことで「一項だけでいいのではないか」という空気が生まれ、それまで各地域で進んでいた行政・建築士会の検討がかえって縮小してしまったという逆説的な現状もあります。地域にふさわしい気候風土適応住宅を建てるためには、都道府県庁が所管行政庁を束ねて第2項を策定することが必要です。
8.独自基準策定支援事業
国交省は2016〜2023年度に「サステナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)」として気候風土適応住宅の建設への補助を行ってきましたが、2024年度からは「気候風土適応住宅の独自基準策定の支援」事業へと衣替えしました。建築団体を対象に補助上限300万円。例年6月頃に公募が始まり12月中旬締切、翌1月末に報告書提出という流れです。
補助金の委託先の一般社団法人 環境共生まちづくり協会(kkj)では独自基準策定のためのガイドライン(令和7年7月改訂)も整備されており、進め方のスケジュールまで、手取り足取り書かれています。応募の窓口は一般社団法人 環境共生まちづくり協会(kkj)。全都道府県にある単位建築士会と他の建築団体が手を組んで取り組むのが順当な進め方でしょう。
この応募については応募数が少ないのが現状です。制度上、行政との連携確認が前提となるため、東京都のように「第1項のみで十分」とする行政がいると申請自体が難しくなるという課題も率直に語られました。それでも、手弁当での活動には限界がある中で、広報まで含めた活動資金としてこの補助を活用する価値は大きいでしょう。
9.なぜ気候風土適応住宅が必要なのか
そもそもなぜ気候風土適応住宅を継承しなければならないのか、改めて整理します。
伝統建築の素材・職人の継承 | 地域で脈々と受け継がれてきた伝統的木造建築技術は、世界に誇る建築文化。文化財だけでなく住宅として「作り続ける」ことが必要で、一度絶滅した技術や素材の再生は難しい。長寿命の気候風土適応住宅のメンテナンスの担い手もいなくなってしまう。 |
|---|---|
脱炭素への道筋 | 気候風土適応住宅はLCA(ライフサイクルアセスメント)でのCO2排出量削減ができる。山から建設、長い居住期間、廃棄までのライフサイクルにわたって環境負荷が少ない。 |
地上の素材・エネルギー | 地域の木材、土、紙、竹、藁、石といった自然循環する建材を使い、化石燃料への依存が極力少ない住まいの代表である。 |

住宅の建設時のCO2排出量比較
伝統的木造住宅は住宅建築平均の約半分
外岡豊・埼玉大学名誉教授提供の試算によれば、建設時のCO₂排出量は住宅建築平均552kgCO₂/㎡に対し、伝統的木造住宅(石場建て)は286kgCO₂/㎡と、およそ半分です。また脱炭素・地域性・文化性という3つの観点の重なりに気候風土適応住宅は位置づけられ、「省エネ基準値や外皮性能では語れない大事なこと」として、地域の活性化(素材は地域にあるもの、職人にお金が落ちる経済循環)、景観形成とコミュニティ、自然と寄り添ったライフスタイルの価値があります。

脱炭素・地域性・文化性の3つの観点から捉えた気候風土適応住宅
10.第2項策定に向けた課題──各地域への宿題
最後にこれから各地域で第2項策定に取り組むための課題を整理します。
第1項に記載される要素以外の要素により、なぜ外皮の断熱気密構造化が難しいのかを、まず地域ごとに明確にする。
それぞれの地域ならではの要素──その土地の歴史の中にある「宝物」──を積み上げる。
省エネ基準の「逃げ込み寺」にならない第2項をつくる。(外皮計算をしたくない設計者の抜け道にしてはいけない)
土壁が絶滅した地域で、土壁・落とし込み板壁以外の工法で適合する気候風土適応住宅とは何かを検討する。
1〜4地域(寒冷地)での断熱の必要性、近年の猛暑への対応にどう取り組むか。外皮基準のない沖縄が自発的に沖縄らしい住宅を検討している姿勢が参考になる。
気候風土適応住宅の良さを損なうことなく、断熱性能・省エネ性能をどこまで向上できるかを検証する。(サステナブル先導事業の採択事例ではUA値1.5以下程度が多く、実務者側の断熱への理解も進んでいる)
伝統的和風住宅の構法の理解も必要です。

構造用教材にみる構法のまとめ
作成:渡辺隆さん
あわせて、住まい手への広報(「気候風土適応住宅」という名前は一般にはまだほとんど知られていません)、そのような状況でマスコミやSNS等での広報、行政担当者に「応援団」になってもらう働きかけが重要です。高橋昌己さんの言葉として紹介された「まず道具がなくなり、次に素材がなくなり、そして職人がいなくなる」という危機の順序、綾部孝司さん作成の「手刻みの必要性」比較表──手刻み・電動機械手刻み・プレカットを、古材再利用、伝統継手仕口、災害時の施工、若者の育成、製造エネルギーなどの観点で比較したもの──は、行政への説明ツールとしても示唆に富むものです。

手刻みの必要性の比較表
作成:綾部孝司さん
関連リンク
→木の家ネット:「気候風土適応住宅」関連ページ
→国土交通省:「気候風土適応住宅」の解説 2024年度版 PDF
→国土交通省:サステナブル建築物等先導事業
→YouTube KKJ公式チャンネル:気候風土適応住宅シンポジウム(2024年9月2日)
→シティ環境建築設計 WEBサイト:高橋昌己さん 動画・発信
文責:山田貴宏/講師:篠節子さんの講義とスライド資料をもとに構成

