今回訪ねたのは、木の家ネットの会員が協働する、埼玉県久喜市の新築現場です。建築士や学生、一般参加者も加わり、建て方をワークショップ形式で行いました。立場や経験を越えて同じ現場に入り、見て、触れて、身体を動かす。そこには、これからの木の家づくりに技術や知恵をどうつないでいくのかを考えるヒントがありました。
垣根を超えて集まる
朝8時、ヘルメットを手にした人達が埼玉県久喜市の新築現場に集まり出しました。年齢も性別も国籍もさまざま。本職の大工もいれば建築士もいるし、学生や事務職の会社員も加わっています。これから3日間にわたるワークショップが始まります。この家は省資源と再利用をテーマに、コンクリートの基礎を使わず石の上に柱を立てる石場建てと、杉の厚板で壁や床をつくる板倉構法でつくられます。その上棟までの作業(建て方)を、誰でも参加できるワークショップ形式で行うというのです。企画したのは、この家を施工している綾部工務店代表の綾部孝司さん。これまでも木の家ネットのメンバー達と協力してワークショップを開催してきました。
今日では、家ができ上がるまでの過程に触れる機会は本当に少なくなりました。もちろん、建築現場に一般の人が勝手気ままに立ち入るのは危険ですし、職人さんの邪魔にもなります。しかし、気がつけば建築だけでなく、食べるものも身に纏うものも、見えない場所でつくられたものを買うのが当たり前になっています。賢い消費者になるための情報はたくさん得られる一方で、手と頭を使ってものをつくる喜びは置き去りにされているようです。

朝のレクチャーが済むと、早速荷下ろしの作業が始まった。板の重みや手触りを体感する機会にもなっている
久喜の家は、現代では一般的な、工場で全自動プレカットされた部材を組み立てる工法ではありません。工業製品である石膏ボードや構造用合板も使いません。大工が一本一本の木材を見て加工の指示となる墨を付け、手道具や手持ちの機械で刻んだ材を、金物を使わずに組み上げます。また、板倉構法というのは昔から神社などに採用されてきた建て方で、柱の間に30㎜ほどの厚板を落とし込んでつくります。手仕事を重視した家のつくり方は、分業化・専業化・機械化が進む一方の時代に逆行するように見えるかもしれません。しかし、ここにはこれからの時代に必要な知恵がいくつも隠されていて、ワークショップの参加者はそれらを体験することになります。
この家の板倉構法は、板を柱の間に1枚1枚落とし込むのではなく、板と板をダボという小さな棒でつないで一体化したパネルを使います。板をつなぎ合せてパネルにする作業は、大工が加工場で行います。また、柱などの部材には加工場であらかじめ溝を彫っておき、現場でその溝にパネルを差し込んで壁をつくります。それを建て起こし、梁でつなぎます。土壁などの手刻みの家に比べて、加工場での下ごしらえが多いのが特徴です。この現場に使われる板はおおよそ370枚。その1枚1枚にダボを入れるための穴をいくつも開けなければなりません。穴の数は全部で約3000箇所に上ります。1500本近いダボも大工が手づくりします。綾部工務店では、こうした加工は大工見習い中の若者が担当するのだそうです。

左:スギ原板から大工が製作したダボ穴仕様の本実板。告示に準拠
右:カシのダボを板に打ち込んでいる様子
身体で覚える感覚を大切に
今は大工になろうとする若者が少なく、入ってもすぐに辞めてしまう人が多いと聞きます。効率とリスク分散重視の世の中では、技能を伝承する時間の積み重ねが許されないのでしょう。昔の徒弟制度では、見習いの若者は掃除から始まって、現場で材料を用意したり、職人の手元として必要な道具を受け渡したりしました。少し慣れて刃物を持てるようになったら単純な加工をします。どんな名工もこの過程を踏んでいったのです。また、親方達は、そうやって若手を育てることが責務でした。今と昔のどちらが良いとは単純に言えません。しかし、手仕事の時代には、技能が未熟な人でもそこにいる意味がありました。綾部さんが久喜の家でワークショップを取り入れた理由のひとつに、現代における技術・技能の継承があります。
「日本の伝統建築は、木の状態を見極める力など、職人の経験知に深く支えられています。だからこそ、どんな状況にも臨機応変に対応できる強みがあり、災害からの復興などでも大きな役割を果たせます。ただ、こうした技術の価値は、実際に現場を経験して初めてわかることが多いのです。これまでは親方から弟子へという閉ざされた関係の中で受け継がれてきた伝統技術を、新しいアプローチも取り入れながら体で覚える『身体知』として、現代に広くつないでいくことを目指しています」。
この家はできるだけ人力でつくることを主眼に置いているため、クレーン車などの重機は入りません。本職にしかできない仕事もありますが、叩く、押さえる、運ぶなどの単純な作業もたくさん存在します。もちろん、長年の修業を積んだ大工の技能が数日間のワークショップで身につくわけはありません。しかし、綾部さんのいう「身体知」は建築技術そのものだけではないようです。それがどういうものか、現場を見て初めてわかりました。

左:ダボで接合した板を運ぶ様子。傾けると少し撓む
右:参加者各々が役割を担い、板を水平に組み込んでいく
ワークショップ初日の作業は、大きな壁を2面つくることでした。柱と梁を寝かせた状態で緩く組み、そこにパネルを差し込んでいきます。それから柱に梁を叩き込んでしっかり組み、込み栓を打って固定します。ここまでの作業が容易ではありません。パネルが溝にうまくはまらなかったり、ほぞがほぞ穴にピタッと入らなかったり、何度も何度もやり直しが必要でした。柱と梁を仮固定するために必要な道具も、合うものがなかなか見つかりません。1枚目をつくっている途中で10時の休憩になりました。この調子で終わるのかしらと心配していましたが、まったくの杞憂でした。2枚目の壁に取りかかると、格段にスピードが上がったのです。

左:1枚目壁の仮建て / 中央:膨張した板を引き締め地組み中 / 右2枚目壁の仮建て
大工さん達の手際が良いのはもちろんですが、参加者もパネルを溝に挿し込む人、周囲で押さえる人、足りない道具を探して持ってくる人と、自分の判断で先を読んで動いています。「あれ(ルビ・・)持ってきて」という大工さんの指示に、ピタリとはまるあれ(ルビ・・)を持ってきます。言葉に頼らなくても、一度目で見たり身体を動かして体得すれば臨機応変な動きができるようになることがわかりました。そうやって一人ひとりが能力を発揮する現場は、足し算ではなくかけ算の力になるようです。
開いた形で受け継がれる
技能と知見
今回棟梁を務めるのは、はすみ工務店代表の蓮実和典さんです。2005年に綾部工務店に入社して大工修業を始め、7年間の修行を経て実家の工務店に戻って棟梁となりました。木の家ネットの会員でもあります。蓮実さんが修業していた当時、他の仕事を辞めて実家に戻った綾部さんも、親方である父の下で修業中でした。今回の家のワークショップは、綾部さんの父から綾部さんに、綾部さんから蓮実さんに受け継がれてきた技能と知見の一部を、ワークショップという開いた形で次に受け渡そうとしているのです。
参加者のひとり呉イチンさんは、会社員の女性です。現場作業の先を読み、クルクルと動き回って必要な道具を取りに行ったり、部材を組むときに押さえたりしていました。台湾の出身で日本での生活が長く、都内に持ち家があります。自然に逆らわず、草や虫と共生して作物を育てる自然農を学び、実践するために移住を考えているのだそうです。「木と木を組む工法では、めり込むことのできる柔らかい木の方が良いと知ったことが発見でした。堅いとか強い方が良いという価値観から離れたところに実は深い意味があるというのは、自然農にも通じると思います。持続可能な自然環境のために、私達はもう少し不便を楽しんでも良いのではないかという気持ちを強くしました」。

左:手前のヒノキ足固に柱を組む作業。手前左で掛け矢を振るのが呉さん、手を添え接合部を確認しているのが中村さん。
右:ケヤキの雇いを打ち込む作業。チャンさんが打ち込んでいるのは、雇いという接合部材。実体験により感性と自信が身につく
「はい。息を合わせて!」。大工さんの声が現場に響きます。指導を受けているのはベトナム出身のチャン・コクフィさん。ものつくり大学の学生で、綾部工務店でインターン中です。梁や土台といった横架材を柱に挿し込むには、掛矢という大きなハンマーで叩き込みます。このとき、一方向からではいくら叩いても入っていきません。横架材の両側からたたき込む必要があるのですが、叩き方がバラバラでも入っていかないのです。叩く人逹が「ハイッ、ハイッ」とかけ声を合わせていきます。息が合ったところで材が少しずつ動き出し、柱に吸い付くように納まりました。胸のすくような瞬間です。こうした木造の現場は、ベトナムにはほとんどないそうです。チャンさんは日本の木造技術に関心を持ち、学ぶために来日しました。「日本で大工さんになりたいです。そうでなければアメリカで」。チャンさんが体得した身体知は海を越えていくのかもしれません。
自ら身体を動かしながら、大工さん達の動きをひときわ熱心に見つめている若者がいました。早稲田大学大学院修士課程の中村大さんです。大学院では木や土といった近くで入手できる素材を、循環できる形で活用する建築の手法を考える研究室に所属しています。中村さんの研究対象は手刻みで家をつくる伝統構法の大工さんです。木の家ネットの会員にも取材を重ねてきました。「手刻みの良さは技術だけではないと思います。こうしたワークショップに参加すると、さまざまな人が関与する余地のある住宅の生産方法だと理解しました」。
綾部さんは、「家づくりはプロが少数いて、あとは一般の方が関わりながらつくっていくというあり方が、ひとつの選択肢としてあるのではないかと思います」と話します。その背景には、激甚化する災害の頻発があります。現在は大工などの職人不足が問題になっています。さらに非常時に職人が来られない状況になったとしても、地域の人々で対応できることを伝えたいというのです。木や土のように身近な自然界にある素材を使いこなせれば、交通網が遮断されても近くにある材料で処置できます。電気が通らなくなっても、手道具を使う技があれば、応急的に雨風をしのぐ場所をつくれます。伝統的な構法から学ぶのは、生き延びる力や知恵でもあるのです。
地上の素材を使い、
土中の環境も意識した家づくり
この現場は➀地上の材料を使い、②維持管理と再利用が可能で、③できるだけ人力でつくることを根本的な考えに据えています。石油などの地下資源とは対照的に、木や石や土など地上の材料は生産時に発生する二酸化炭素量が少ない、廃棄時に自然に戻る、加工がしやすい、適切な維持管理によって経年劣化を抑えられる、そして再生可能という利点があります。木や畳に使われるイグサ、紙の原料となるコウゾなどの植物は人が育てることで持続的に生み出せます。また、石や土も再利用という形で再生できます。これらの材料でできた建物は、解体して部材を再利用したり、移築したりすることも可能です。一方で、地上の素材の性質は工業製品のように均一ではありません。個体差を見極め、加減して加工するには手仕事がふさわしいのです。
3つの考えを体現する具体例のひとつが石場建てです。石場建ては地面に据えた礎石の上に直接柱を立て、それを足固めや梁桁などでつなぎます。一般的なコンクリートの基礎と違って、地面からの立ち上がり部分がありません。地面がほぼ平らなので、この現場の家のように礎石の側で壁を組み、人力で建て起こせます。解体も容易で、重機に頼らずに修理や減築、移築がしやすいと言えます。また、基礎の重量を減らせるため地面にかかる総重量が軽いのも特徴です。さらに、綾部さんは土中の環境を良好に保つためにも有効だと言います。
目にははっきりと見えませんが、水と空気は土中と地表を行き来して循環しています。地表に降った雨は土中にしみ込むことで土を耕し、保水力を高める菌糸や微生物も生息しやすくなります。できるだけ表土を現し、水を土中に浸透させ地下水を涵養することは、雨を蓄えるという防災的な対応にもなるのです。
この現場は、元は田んぼだったため軟弱な層があり、石の下には長さ6メートルのカラマツの杭を打ち込んでいます。その上に割り栗石を突き固め、礎石を据えました。割り栗石を敷く際には、稲藁やもみ殻燻炭といった有機物も混ぜています。

左:土中環境を考慮し、傷をつけずに皮剥きされた国産カラマツ杭
右:建て方後の北庭に面した柱脚まわり

昨年7月に開催したよいとまけワークショップ。カラマツ杭を打ち込んで、石を設置したしばらく後に行った。
建て主の新藤忠夫さんも汗を流した(写真左から2人目)
「微生物が無数に生息している土は生き物と言えます。その上に何十トンという重さの建築物が載る際に、どう共存していくのか。やはり敬意を払って、できるだけ無理のないようにしてあげたいと思います。有機物を入れるのは、土という自然物とのなじみを良くするためです。地上と地下が交わる『地際』という境界面の関係性を、いかに良い状態にしていけるかが大事だと思います」。
綾部さんが使った「関係性」という言葉の中に、この家のキーワードが隠されているようです。地上と土中、材料と技、技と人、そして人と人。関係性が複層的に絡み合った有機的な家は、近代化される前に建てられていた家に近いかもしれません。しかし、久喜の家は過去に帰ろうとしているのではありません。現代の関係性を取り込み、次の時代に身体知をつないでいくためのバトンのような役割だと言えます。そこに多くの人が関わるワークショップの意味があります。




