「自分のことをみんなの前で話すのが本当に苦手なんです」そう口にするのは、愛知県北名古屋市で設計をされている柴田亜希子さん。設計事務所を兼ねる石場建てのご自宅を訪れ、苦手な筈のお話がいつの間にか膨らんでたっぷりと語ってくれました。

柴田亜希子さん(しばた あきこ・45歳)プロフィール
1979年(昭和54年)愛知県瀬戸市生まれ。設計事務所 nona代表。その土地の気候に合った心地よい暮らしを追求し、自然素材で長持ちする家づくりを提案している。
早朝からLEGO
⎯⎯⎯ まずはこれまでのプロフィールを教えてください。
柴田(以下敬称略)「三姉妹の真ん中で、生まれは愛知県の瀬戸市です。でも転勤族だったので、浜松・名古屋・大阪・多治見などいろいろなニュータウンを転々としてました。なので今携わっている伝統的な家づくりや町の伝統行事などとはご縁がありませんでした」
⎯⎯⎯ どんな幼少期を過ごされましたか?
柴田「マンションや住宅のチラシを集めて、間取りを書いたりインテリアの配置を考えたりするのが好きでした。あとLEGOで家を作るのも好きでしたね。三姉妹の真ん中で姉と妹は結構賑やかなタイプだったんですが、私はあまり自分のことを喋るタイプじゃなくて、一人の時間が欲しかったのか、朝早くに起きて一人で黙々とLEGOをやってました(笑)」
⎯⎯⎯ 早朝からLEGO! 学生の頃はどちらに?
柴田「小中高と居た大阪の堺が一番長いです。高校卒業後は親の転勤で多治見に引っ越すことがわかっていたので、関西ではなく名古屋の大学に入学しました」
⎯⎯⎯ 進路はどのように考えたのですか?
柴田「高校で進路を決める時に、両親から何が好きなのかを聞かれました。自分の好きなことを考えると、子供の頃のチラシやLEGOで遊んだことが思い出されたので、住まいに関することが学べる進路を選びました。大学では住居学をメインに学びました」

⎯⎯⎯ 独立されるまではどんな経歴を歩まれたのですか?
柴田「『手に職をつけろ』と父親から言われていたこともあり、1から10まで分かるような仕事をしたかったんです。なので、設計から施工そして引き渡しまで関われるという理由で、名古屋の工務店に入社しました。その工務店では、ある程度の仕様が決まった新築住宅の設計から、監理、お引渡しまで、まさに添い遂げるという仕事をしていました。仕様の決まっている住宅ではなく、もっと自由に設計が出来ればと思い、資格を取って設計事務所に転職しました」
⎯⎯⎯ なるほど。その設計事務所では想い描いた仕事はできたのですか?
柴田「はい。設計事務所では、構造もRC・鉄骨・木造と様々でして、用途も住宅だけでなく事務所やクリニックなども担当させてもらいました。5年お世話になった頃に子供を妊娠しました。拘束時間が長いと子育ては難しいと思い退職を決めました」
私がやりたいのは建築なんだ
⎯⎯⎯ なかなか難しいですよね。その後はどうされたんですか?
柴田「子どもが生まれて育児が始まりましたが、社会との関わりは持ちたいと思って、リモートワークの子育て支援の団体に入りました。でもちょっと違和感を感じて、改めて『私がやりたいのは建築なんだ』と強く思いました」
⎯⎯⎯ 離れて俯瞰してみて気づくことってありますよね。
柴田「そんな中で自邸を建てる計画が持ち上がり、『どういう住宅を建てたいんだろう』と本気で考えたんです。見た目のデザインではなく、温熱環境のことや、湿度が高くて雨が多い夏もあれば凍てつくような寒い冬もあるということ、材料の流通やつくる人のこと、また、文化的背景や、衣食住に関わる職種が国内で成り立つかどうか。そんなことを考えていって、こういう職人がつくる木の家に行き着いたんです。

それまでは、自然素材というと石膏ボードに漆喰を塗ってる程度で、木組みの家の存在すら知りませんでした。本を読み漁ったりネットで調べたりして、木組みの家にたどり着き、訪ねた工務店さんに石場建てを勧められてその仕様で計画しました」
⎯⎯⎯ この家の設計で特徴的なところを教えてください。
柴田「木組みの家は通常、モジュールのピッチに合わない寸法の部屋は作らないと思うんですが、私は意匠設計からスタートしているので、ピッチとずれたイレギュラーなサイズの部屋や建具なども採用することがあります。例えば窓の切り方だけでも家の印象ってガラッと変わるので、気を遣っています。工務店さんからピッチのずれた小屋組みや一間の障子に苦戦したと聞いています」

イレギュラーな一間半サイズの窓が特徴的だ
ここで柴田さんのお仕事から、ご自宅・現在改修中の住宅兼ショールーム・住宅・ギャラリーの4つをご紹介します。
木と土と石の家(自邸)|愛知県北名古屋市|2014年

周囲に高い建造物が少ない開けた土地のため、平屋建てが伸びやかに映える

左:手前の石垣はおじいちゃんが畑をやっていた頃の名残り。「これを活かすような建築にしたいなと思いました」(柴田)
右:石場建ての束石もこの場所に馴染んでいる。


温熱環境を考えたペアガラスと障子。障子は二間の大きな障子が4枚。柔らかな光を演出する。

格子が程よい目隠しになっている棚

特徴的な小屋組み

土壁は多治見の土を使った「中塗りの撫で切り仕上げ」

左:奥行きと高さのある玄関ニッチ/右:トイレの明かり取りは壁にさりげなく設けてある
家具屋さんの家|愛知県愛西市|2025年
リノベーション中の現場を案内していただいた。施主で家具職人の山内宏俊さん(AMAMOKKOU)の曽祖父さんが建てた築90数年の住宅だ。山内さんが飛騨高山から愛知に戻られることになったので、しばらく使われていなかったこの家を住宅兼AMAMOKKOUのショールームとして改修することに。かれこれ3年くらい工事をしているそうだ。
⎯⎯⎯ ご一緒されてみてお互いにどんな印象をお持ちですか?

山内さん(以下敬称略)「僕は家具やモノは物を作れるにしても、家づくりに関しては素人じゃないですか。自分では頭が回らないようなすごく細かい部分まで考えてくれるので、とてもやりやすいです。デザイン云々というよりも使い勝手や住み方をまず大切にしてくれます。きっと女性ならではなんだと思います。
暮らしの面でも例えば、元々のプランでは北側に寝室を設ける予定だったんですけど、柴田さんから寒いからやめた方がいいですよと言われて、一日中日が入る場所に変更しました」

柴田「山内さんの中でイメージが確立されているので、私がゼロから提案ということではなく、『ここはどういうイメージですか?』と聞きながら、使い勝手や動線をどうしていくかを一緒に話し合って細かい調整を重ねました」

床の間の下部に設けられた窓。「夏場は西日は避けたいんですけど、風がサーっと気持ちよく吹くので、できるだけちっちゃい窓くらいは付けるようにしています。日差しが暑ければ簾で避ければいいですから」(柴田)

名栗の外壁が印象的だ名栗の外壁が印象的だ

左:随所に家具職人の技が光る/右:ドアの開口部には間口を広く感じさせる工夫として傾斜が設けられている。

二人で談笑
山内さんの手から生まれる細かいディテールと、柴田さんが考える住みやすい動線。その2つが重なって独自の世界観が作られてゆく。完成が楽しみだ。

土と趣のある家|愛知県岡崎市|2017年


上記3点 写真提供:柴田さん
横に長い敷地に3人家族の家を計画しました。壁に断熱材を入れた木摺下地の土塗壁は、断熱効果・調湿効果が高く、数年たった今でもとても快適に過ごしていますとお話してくださいます。
寒い時期は薪ストーブで、夕方からつけて夜10時ぐらいに薪をくべるのをやめる。次の日の朝は土間に蓄熱もされているのでまだ暖かく、足元も寒くない冬の朝を過ごされています。
夏の暑い空気は高い天井のおかげで上の方に溜まりそのままハイサイドライトや天窓から抜けていきます。太平洋側の夏は基本的に湿度の調整が大事だと感じますね。
ダイニングの床と庭の段差をなくしました。ビリヤード台を置いたリビングの壁はウエスタンレッドシダーの仕上げにし、反対側の壁にベンチを設け、くつろげる場所を計画しました。(柴田)

gallery kotori|愛知県名古屋市|2023年


上記3点 写真提供:柴田さん
イタリアンレストランのオーナーの持ち物だった築90年の古民家をギャラリーにコンバージョン。
本物の素材で作り直してほしいということで、朽ちていた柱の根元は根継で強固に。ビビットな空間にしたいということで、壁は木摺り漆喰に左官屋さんに色粉を混ぜてもらい、青味の強い白色や、メキシコの建築家バラガンのような、ハッとさせられるピンクを作ってもらいました。
他にも、大工さんの知人から解体中の店舗の床板をもらって再利用したり、オーナーの知人から解体する小屋の土壁をもらうために、みんなで土壁を落としに行ったり。
また、レストランでお野菜を提供している農家さんに協力していただき、断熱材の籾殻燻炭を一緒に作っていただいたりと、盛りだくさんの建築となりました。(柴田)
とにかく話を聞く
⎯⎯⎯ 山内さんと細かく打ち合わせをしていたように、設計の仕事は図面に向かう以外にも人との対話が多いと思いますが、何か心がけていることはありますか?
柴田「話を聞く。です。自分から話すというより極力聞くことですね」
⎯⎯⎯ ちょっと意外です。とても話すのが上手そうですが。
柴田「改まって話す。となると難しいんですよね。聞く方が得意なんです。人に興味がありますし。心がけていることはそのくらいですね。お施主さんの中には『どういう家を建ててもらえるのかを聞ける』と思って来られる場合もありますが、こちらが聞き手に回っていると、家への想いを結構喋ってくれます。中には事情があって涙ながらに話される方もいらっしゃいました」

⎯⎯⎯ 職人さんや工務店さんとのコミュニケーションに関してはいかがですか?
柴田「設計事務所なので、基本的には図面を描いてこれを作ってください。となりますが、職人さんの技術や意匠へのこだわりも大切にしたいと思っています。元々木組みの家をやっていたわけではないので、手探りなことが多いです。納める方法が沢山あること・その中でどれが施工しやすいのか・コストはどうなのか・どうすれば美しく見えるのか・どういう材料が適しているのか…
また、こういう家は特に”職人がつくる家”なので、図面が正解ではなく、現場でいろんなアイデアをいただいて一緒に話し合って作り上げていくようにしています」
⎯⎯⎯ ご自宅で家づくりの勉強会を開かれたことがあるとホームページで拝見しました。そのことについてもお聞かせください。
柴田「子育てをしていると、ママ友たちとの雑談の中で、家づくりで後悔したことの話を何度か耳にしました。建築業界を知っている私としては、『もっと家づくりの選択肢を知ってもらえれば、後悔は減らせたのかな』と思い、家を計画する時の選択肢についての勉強会を、コロナ前に5回ほど自宅で開催しました。設計事務所の営業や、石場建て・木の家・土の家などのことを伝えるのではなく、そもそもどういった契約の種類があって、どんな会社の形態があるのか、また構造の種類・材料の出どころ・環境への影響・地質の種類などを説明しました」
⎯⎯⎯ 手応えはいかがでしたか?
柴田「皆さんの感想は、『知らないことが多くてびっくりしました。知れて良かったけどもう買っちゃいました(笑)』でした。それでも、知ってもらえたことは大きいと思っています。個人的には、お茶とおやつを提供するために趣味のお菓子作りを存分に楽しむ機会でもありました^^」


上記3点 写真提供:柴田さん
⎯⎯⎯ 大切な取り組みですね。では最後に。柴田さんにとって家づくりとはなんでしょうか?
柴田「住まい方の文化の継承ですね。例えばお味噌汁もそれぞれ家の味があってその作り方を親から子に伝えていくように、住まい方も伝えていくものだなと考えています。障子に穴が開かないよう丁寧に扱うとか、床を箒で掃くとか。
ロボット掃除機でもいいんですけど、触れて使う経験があることでその文化が継承されていくと思うんです。暮らしは文化なので大切にしたいです。
また、日本で継承されてきた木・土・草・石で作る建築は、各地域の環境に沿っていて、過度なエネルギーを使わずつくることが出来、直すことが容易な場合も多いです。近くにある材料で家をつくることが出来ます。足るを知る精神での暮らしも日本の文化のひとつ。自然にあるものを工夫してつくり上げた場に佇んで得られる感覚は、得難いものですよね。
その上で、急速な気候変動の中での温熱環境や、共働きなど家族のスタイルの変容にあった住まい方、意匠の好みなど、現代に生きる住まい手に合った家とはどんなものなのか。さらに、情報があふれる時代ですのでお施主さんの要望も細かく多岐にわたっています。
お施主さんの話をじっくり聞きつつ、一緒に家づくりのプロセスを楽しみながら、職人さんと一緒に作り上げていくことが理想の家づくりです」

一から十まで関わる。じっくり話を聞き、理想の住まいを引き出す。それは決して効率的とは言えないかもしれません。しかし、だからこそ生まれるプロセスが家づくりを豊かにし、住まいに命を吹き込むのだと感じました。
柴田さんにとっての家づくりは、その家族の住まい方の文化を次の世代へと繋いでいくこと。
障子をそっと扱う所作や、しとしとと雨が降ったときに軒先の窓を開けて外を眺める時間など、何気ない日々の暮らしの中で、家と人・人と人との関係が育まれていくのだと気付かされました。
取材・執筆・写真:
岡野康史
(OKAY DESIGNING)
つくり手のご紹介
次の記事