今回は、愛知県一宮市で庭師をされている古川さんからお話を伺って来ました。現在、木の家ネット会員で唯一の庭師さんです。建築に欠かせない庭や植木のことは、知っているようで知らないことも多いのではないでしょうか。様々な活動をされている古川さんからは、いつもとは違った切り口のお話をたくさん聞かせていただきました。

古川 乾提 さん(ふるかわけんじ・53歳)プロフィール
1972年(昭和47年)愛知県生まれ。m28e有限会社取締役親方。大学在学中にイギリスに渡り、庭師になることを決意。長野での修業を経て、2001年 故郷の愛知県一宮市で「m28e」を設立。2005年 「冠庭」でGEISAI #8 金賞。2008年 Working Laboratory 「つくる。」始動。2009年「全日本庭サミット 庭JAPAN」設立。庭だけに留まらない多岐にわたる活動を続けている。
庭師を志した原点は英国にあり。
⎯⎯⎯ プロフィールを拝見しました。、大学→渡英→庭師という経歴がとても気になりました。
古川さん(以下敬称略)「家業を継ぐために大学では商業科に通っていましたが、簿記4級も通らないくらい苦手でした。ちょうどバブルが弾けるか弾けないかの頃で、日本の映画や景色を見てもパッとしなくて、どこか暗く感じたんです。『とにかくこの国から出たい』と思いイギリスに行くことにしました。
イギリス滞在中、僕が日本人だとわかると、みんな日本のことを尋ねてくるんです。『天皇陛下って何なの?』『羅生門はなぜあの終わり方なのか』『自衛隊は軍隊ではないのか』『切腹ってどういう気持ちになるの?』と。そして何一つまともに答えることができませんでした。
自分は日本のことを何も知らないんだと痛感し、イギリスで日本のことを勉強し直したんです」
⎯⎯⎯ 遠いイギリスでどうやって日本の勉強をされたんですか?
古川「まだネットが普及する前だったので、日本人の仲間に聞いたり、図書館にも行ったりしました。外国人と禅の本を見ながら、逆に教えられたりもして… そうやって知っていくと、日本人は世界の他の国の人たちとは全然違う感性を持っているんですよね。『イギリスから帰ったら日本の伝統文化に触れるようなことをやってみたい』という想いが強くなり、体力には自信があったので、体を使ってそういうことに関われることは何だろうと考え、行き当たったのが庭だったんです」
⎯⎯⎯ なるほど。大工ではなく庭だったんですね。特にどこに惹かれたのでしょうか。
古川「2つあるんですが、まずイギリスで、ある人に『うちにすごい日本庭園を作ったから見てくれ』と誘われたので行ってみたんです。するとそこにはただ砂利がバーッと敷いてあって鶴と亀の置物が鎮座していました。お金がものすごく注ぎ込まれているのはよく分かりましたが、日本人が見たら素人でも到底日本庭園とは言えない庭でした。それで、これが日本だと思われたら嫌だなと思ったこと。
もう一つはサーフィンです。サーフィンの自然と一体化する感覚がすごく好きで、庭づくりでも木に登ったり石を組んでいくことが、どこか通じる部分があるんじゃないかと感じたんです」

⎯⎯⎯ 完成度はともかく日本庭園は海外で人気ですね。逆に日本各地にイングリッシュガーデンがあったり。
古川「独立してすぐの頃、日本でイングリッシュガーデンのブームが来て、庭師たちがみんな自分のことをガーデナーと名乗っていた時期がありました。イギリスの日本庭園と同じく、日本人がイングリッシュガーデンもどきをつくるって滑稽ですよね。はじめは上手に作っている庭もあり、まだ良かったんですが、5年ぐらいでヨーロッパから持ってきた木が病気になったりして、その後の剪定で崩れてしまうんです。猫ちゃんみたいないい感じのトピアリーの木だったのが、耳がなくなって全部丸坊主みたいに切られてとか…
そんな状況を見てきて、僕が目指すべきは、誰が見ても日本の庭なんだけど、新しい感覚を取り込んだ表現になっている庭。仮にいつか海外で庭づくりを頼まれた時に、ちゃんとしたものがつくれるようにしたいという気持ちが強くあります」
⎯⎯⎯ 少し遡りますが、修行時代のお話をうかがってもいいですか。
古川「はい。長野県岡谷市にある小口庭園(小口庭園グリーンエクステリア有限会社)というところで修行していました。図書館で庭について調べていたら、小口基實親方の枯山水の本が目に止まりとても綺麗だったんです。いろんな庭師に会いに行った中で、親方の庭が一番グッときたんです。それがきっかけで弟子入りしました。修行時代は、諏訪湖近辺の旅館やホテルの庭づくりや、有名なところではウィーンのシェーンブルン宮殿にあった日本庭園の復元整備プロジェクトなどに参加させてもらいました」

⎯⎯⎯ 貴重な経験をされたんですね。心に残っていることを教えてください。
古川「いざ入ってみると、植物そのものや自然のことよりも、旅館や建物とのバランスや見栄え、写真に撮った時にどう見えるか。今でいう「映える」ことを中心に庭づくりをされていたんですね。もちろん大切な観点ですし、僕もその写真に惹かれた一人な訳ですが、本質的に自分が目指す庭づくりとは方向性が違う気がしていったんです。
それでも心に残っている言葉はいくつもあります。『庭を見る時は第三者になって、またその第三者の背中を見る自分になれ』『間抜けなものは造るな。間がないと日本の空間はダメだ』など、今でも時折思い出します」
庭は伝統か。庭はアートに成り得るのか。
⎯⎯⎯ 独立当初はどんな仕事をされていたのですか?
古川「4年間の修行を経て、地元一宮で屋根が半分飛んでるような鉄工所工場を借りてのスタートでした。親が造園業をやっている訳でもないので本当に仕事がなくて、知り合いや親戚から『ここの木が枯れちゃったから、この木一本でもやってくれる?』みたいなところから始まって、徐々に信用してもらって、『あいつんとこいいね』みたいな感じで仕事が増えていきました。
それでも、まともに庭師として仕事ができるようになるまで、石屋さんの手伝いなどもしながら、5年くらいはかかりましたかね。
そうこうしていたら、若い子が入ってくれて、なんとなく形になってきて、現場を任せられるようになったので、みんながどんな庭をつくっているのか気になってきて、実際に日本各地を巡り庭師さんたちに会ってきました」
⎯⎯⎯ すごい行動力! GEISAI※にも参加されていたそうですね。
古川「庭の仕事がある程度できるようになって、庭をつくればつくるほど、『あれ?庭ってこれ作品なのか?アートなのか違うのか?』と疑問に感じるようになったんです。親方が造っていたような伝統やしきたりを順守していくべきなのか、自分たちの個性をもっと出していいものなのか。日本中のどこの庭師も答えを持ってなかったんです。
そこで、庭をアートと呼んでもいいのかどうかを確かめたくて、GEISAI#8に【冠庭★BONSAI HEAD】という世界最小の被れる庭をつくって応募したんです」
※GEISAI(げいさい)は、村上隆氏が主催する現代美術の祭典。
⎯⎯⎯ しかもそれでいきなり金賞!
古川「はい。おかげさまで。すごい数のアーティストが挑戦していて、その中での受賞だったので本当に驚きました。『一人一庭の時代がやって来た!』こういうのを作って評価されるんだなと思いました」

冠庭を被る古川さん
写真提供:古川さん
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GEISAIがきっかけで、公共空間の仕事を依頼されるようになったという古川さん。その中からいくつか代表作をご紹介。
ヒカリカミ|2017

写真提供:古川さん
美濃市のお城の公園に、美濃和紙と地元の間引き竹で作った茶室。お茶の先生からは『こんな所でお茶をやらせるのか!』と怒られてのスタートだったが、帰りには『太陽が移動していくと、竹の陰影が時と共に移りいき映画のスクリーンの中にいるみたいでした。こんな所でお茶を点てられるなんて幸せだ』と声をかけられたとか。
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人間のための巣 ヨリドコロ≒ス|2010年

写真提供:古川さん
愛知高原国定公園の中に、全てその土地にあるものだけでつくった。材木は間伐材、そこら辺の竹で小舞を編み、そこら辺の土を練って塗って仕上げてある。四畳半の空間に空いた窓から見える景色は、古川さんが庭師として一番良いと感じるところを切り取っている。「庭というのは外部をつくるだけではなく、景色を切り取ることによっても成立するということを表現したもの」という。1ヶ月の展示期間は、評判が良かったため一年間に延長。その間に徐々に朽ちてゆき、最後は何もなくなり自然に還っていった。
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⎯⎯⎯ これらはパブリックアートということなんですか。
古川「呼ばれ方としてはアートですが、自分たちは、あくまで庭師として土地や地面が求めているものなのかを考えながら、環境の装飾としてつくるというスタンスです。大工さんも同じだと思いますが、お客さんの希望がまずあるので、自分の中から湧き上がって生まれる純粋なアートには成り得ません。
⎯⎯⎯ 職人とアーティストの違いですね。【こよみのよぶね】についても聞かせてください。
古川「【こよみのよぶね】は、アーティスト日比野克彦さんの呼びかけで始まった催しです。日比野さんの故郷である岐阜県で、特産の美濃和紙と竹でつくった巨大な行灯を鵜飼観覧船の上に取り付けて、冬至の夜の長良川を流れるというものです。
偶然にも、僕が竹を組んで作業しているところに日比野さんが通り掛かって、『こういうお祭りを考えてるんだけど、ちょうど竹を組める人がいなくて困っているから来て欲しい』と声をかけてくれたんです。


上・左下 写真提供:古川さん
そこから日比野さんとは仲良くさせてもらっていて、こよみのよぶねのリーダーを務めさせてもらった年もありました。そんな中、東北の被災地にボランティアで訪れた際に、現地の方々から『あの日以来、怖くて海に近寄ることができなくなった』という声を聞きました。だったら、こよみのよぶねを持って行けば、その人たちも美しい水面を見にまた海に来れるようになるんじゃないかと思ったんです。日比野さんに相談したら、『やろうよ』と言ってくれて、【とうほくのこよみのよぶね】が始まりました。地元の漁師さんや地域の人たちにも手伝ってもらって、今も毎年3月11日に続けています。

写真提供:古川さん
最初は当然、『こんな時にアートなんて何言ってるんだ』とすごく怒る方もいらっしゃったのですが、実際に海に浮かべてみたら、たくさんの人が見に来てくれて、そして手を合わせて帰られるんですよね。大事な祈りの日なので、鎮魂の明かりとなっています。同じタイミングで白菊という真っ白な鎮魂の花火も打ち上げられます」
⎯⎯⎯ 素晴らしい活動ですね。庭師としてを超えて、古川さん自身としてどう振る舞うか。それが判断基準になっている気がします。
古川「庭師じゃない人たちと何か一緒に創り上げる経験をさせてもらう中で、庭師とアーティスト、自分とアーティストの違いというのがより鮮明になりました。その経験からモリコロパークの【me+tree】など、庭とアートが少し混ざったようなものがつくれるようになったなと思っています」
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me + tree|長久手市|2024年



愛・地球博記念公園 (モリコロパーク)内 花の広場ロータリーにある【me+tree】は、中学生の探究学習の授業でワークショップを行うこともできる作品。園内の樹木の剪定・その枝を枯山水に生ける・砂利に砂紋を描く【木や石と話をしよう】というプログラムを毎年実施している。
木がなりたい形が一番美しい。
⎯⎯⎯ 本業である庭づくりについてお伺いします。ホームページに「人も木も健康で美しく」と書かれていました。庭づくりに対する想いをお聞かせください。
古川「街路樹を見てもらうと、本当に木がひどい形にされていると気づきませんか?
枝を滅茶苦茶に切られ、葉も枝も一つもない棒のような状態にされてしまっていることが多いんです。公共空間だけでなく、個人の庭でもそういう剪定や手入れが蔓延っていて、木がグチャグチャな形になって不健康になっています。そんな木に囲まれていると、やっぱり人間もグチャグチャになって、鬱になったり心を病んだりして、不健康になっている気がするんです。庭と人間、どちらが先かはわかりませんが。

それは建築も一緒だと思うんです。昔ながらの家なら、風が吹き込んで部屋の空気が入れ替わりますが、今の建築は高気密高断熱で一年中窓を閉め切っていたりする。部屋の中の空気が動かないから、戦時中にしか見たことないような、毛ジラミがいるお子さんも多いと聞きます。庭の木が病んで虫がついていたら、そこに住まう人間にも当然影響があるんじゃないかなと思うんです。
元来、人と自然はとんでもない長さを一緒に生きてきたのに、なぜ人と植物の戦争みたいな状態になってしまっているんだと悲しくなります。
僕らは木を健康にできる技術を持っています。木だけではなく、石や土や水にもにまともな場所を与えてあげて、一本一本の木が本来の力を発揮して活躍できる状態を作れば、そこに住まう人も健康になるよね。それが僕の持論です」
⎯⎯⎯ 剪定というよりブツっと散髪ですよね… わかります。
古川「プロの庭師ですらその有様ですからね。そういう木と、自然な自分のなりたい形になっている木を一年通して見ていくと、やっぱり後者の方が虫に喰われにくいし病気にもなりづらい。何よりその形が一番美しいんです。ただ、庭なのでどこまでも大きくするわけにはいかないので、小さく纏めながらも、本来の力を発揮できるような形に整えていくように心がけています」
どんなに腕がいい職人も、ときの重みはつくれない。
⎯⎯⎯ 庭づくり以外にもレンタルスペースの運営もされてますが、案内していただけますか。
古川「はいもちろん!m28eのもう一つの事業で【つくる。】というシェアレンタルスペースとなっています。子どもたちのためのワークショップや、教室、撮影会、八百屋など様々な活動に使われています」

奥様の和子さんが【つくる。】のマネージャーをされている
⎯⎯⎯ 始められたきっかけは何だったんですか?
古川「庭師の仕事は庭と作業場があればいいので、こんな広い場所は必要ないんですが、ちょうどここの解体作業に呼ばれて来たんですね。そうしたらこんな立派な建物で。勿体無いじゃないですか。だから、オーナーさんに『壊すのは嫌です。買い取らせてください』とお願いしたんです」

広々とした座敷は様々な活用方法が想像できる

左:板間では机と椅子のスタイルで活動できる / 右:古川さんが剪定した庭木越しの木漏れ日が心地いい

左:教室のような空間もある / 右:子どもたちのワークショップでの成果物が壁に大きく掲げられている
⎯⎯⎯ 思い切りましたね。しかし相当立派ですもんね。
古川「もともと住居だけではなく事業もされていたところなので、広々としていて活用しやすいつくりではありました。それを少しずつ自分たちの手で改修して使っています。どんなに腕がいい職人でも、ときの流れや重みみたいなものはつくれませんからね」

少しでも時間があれば、すかさず木の手入れを始める古川さん。

車道沿いには教室の内容が掲出されている。不思議がって突然訪ねてくる外国人も多いとか。

左:つくる。 / 右:右:m28eの作業場としてのノコギリ屋根工場

つくる。のWEBサイトには、様々なイベントの情報が掲載されている。
⎯⎯⎯ 話が変わりますが、古川さんは木の家ネット唯一の庭師ですが、入会のきっかけは?
古川「以前、静岡の大工 北山一幸さん(つくり手リスト)の現場で庭をつくったんです。その現場の職人さんたちが、左官屋さんにしろ、建具屋さんにしろ、みんな同じレベルで話ができて本当によかったんですよ。北山さんから『他にも面白い人たちがいるからどう?』と誘ってもらって、こんな人たちが集まる会ならぜひ参加したいなと思い入会しました」
古川さんが最近手がけられた3軒の庭を案内していただいた。
I邸|愛知県|2025年
ちょうど1年前の2025年2月に完成。塀で囲うのではなく自然な石積みでセットバックさせて、内と外、個人邸と街並みの中間で柔らかく繋がる空間をつくり出している。家自体のラインにシンクロさせるように地面の高さ調整をしている。何本かの木は隣にある親の家から受け継ぐ形で植えてある。

石はセメントなどで固めない昔ながらの空積み。斜めに積むことで石の自重でのみ積むことができる。

玄関とウッドデッキを囲むようなアプローチが特徴的だ。

右:廃材を焼き固めてつくられたアップサイクルストーンは溶岩のような質感

シマトネリコ
](https://framerusercontent.com/images/782UdC8rQxpPzLgAHKDzNFTdY8.jpg)
お施主さんから庭のお手入れの相談にのる古川さん
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名東クリーン防水株式会社|名古屋市|2025年
社屋の移転に合わせて外まわりを担当。限られたスペースながら、建物とのバランスを考えて高さも出せるように考えた。社長とは高校の同級生で自邸の庭も古川さんがつくられたとのこと。



樹種が書かれたプレートにも抜かりがない

看板犬の「しぐれちゃん」もお気に入りのドッグラン


2階の打ち合わせスペースは、窓からも緑を感じられるように配慮されており、スタッフの寛ぎの時間にも使われている。
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A邸|名古屋市|2020年〜
お施主さんの息子さんが【つくる。】で絵画のグループ展をしたことがきっかけで、まずは玄関の周りの庭づくりに着手。庭の絵を描く祖父の背中をよく見ていたという息子さんも、同じような環境が欲しかったそう。現在はドイツにお住まいのため、ゆっくりと寄り添いながらつくり込んでいっている。庭の中に建てられる離れの建築は、木の家ネット会員の中村武司さん (つくり手リスト) の手によって進行中だ。


玄関に設られた版築の庭。独特な世界観を醸し出している。



木の手入れを丁寧に説明する。やったら終わりではなく継続的な対話が欠かせない。

庭は自分を超えた何か特別なもの
⎯⎯⎯ これから先、どういう活動をしていきたいですか?
古川「今やろうとしているのは、“その自然環境がどうなりたがっていて、自分たちがそこにどう関われるか”をプロに教えなきゃということです。まずは木の剪定。いろんな公園や庭を見ていますが、庭師が入っているにも関わらず、木がどんどん枯れたり病気になっていることがたくさんあります。目の前の仕事としての剪定はできていても、長い目で見た時に、それがどう自然に影響を与えていくか、自然が望む方向に向いているか。そこに気付けるようなプロを育てていきたいです。あとは、庭とアートを融合させた活動も拡げていきたいです」
⎯⎯⎯ 古川さんにとって庭づくりとは何ですか。
古川「当たり前ですが、どれだけ絵を描いても、どれだけ陶芸で器をつくっても、悲しいぐらいに自分以上のものは出て来ません。
庭づくりの場合は、自然の木や石や土など、自分より長く生きてきたモノたちの世界に潜り込んで、彼らの力を借りることができます。そうしてできた庭は自分を超えた何か特別なものなんです。
力を借りるためにはまず、木が健康になるように、風を通すとか、剪定する枝をよく見て外す(木に切るという言葉を聞かせません)とか、病気の落ち葉を残さないとか、少しずつ気にかけてあげることです。そうすれば向こうも力を貸してくれます」

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木と人間。庭と人間。自然と人間。戦争するのではなく共生する道を見つけることが大切だ−−。しかし、長い歴史において、そもそも人間も自然の一部であり、両者の間には“共生”という言葉自体が不要なのかもしれません。まずは、自宅や街の木々に目を向け、窓を大きく開け放ち、風を部屋いっぱいに取り込んでみませんか。あるときは暑く、あるときは寒いでしょう。束の間でも、季節の匂いや音を感じてみれば、自然が少し私たちの味方をしてくれるはずです。
取材・執筆・写真:
岡野康史
(OKAY DESIGNING)
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