唐木建具店には仕事の依頼が絶えません。それはたぶん、数寄屋建築の美しい建具をつくりだす技術力によるものだけではないように感じます。祖父や父の世代が積み上げた土台にしっかりと立ちながら、伝統の現在形・未来形を探求する前向きなエネルギーが周囲の人を惹きつけているのではないでしょうか。そのエネルギーがこの記事から広がっていきますように。

兄・唐木俊さん(からきすぐる・51歳)プロフィール
唐木建具店4代目。1975年東京都八王子市生まれ。大学卒業後、大手ハウスメーカーに就職。数社に勤務した後、唐木建具店に入店し職人としての修行を始める。つくり手であると同時に経営、現場指揮の職を主に担っている。
弟・唐木淳(からきあつし・44歳)プロフィール
唐木建具店4代目。1982年東京都八王子生まれ。大学卒業後、他社に就職し職人修業を始める。6年勤務した後、唐木建具店に入店。技術の要として建具の製作、文化財修復を行っている。
つくるだけでなく整える
それが建具屋の仕事
── このインタビュー・シリーズのなかで、建具職人の方にご登場いただくのは初めてです。建具職人の仕事について伺えますか?
唐木俊さん(以下、唐木(兄)と表記)「木の板からいろいろなデザインの建具をつくります。建具とは今でいうドアを含めた開戸や引戸、硝子戸、雨戸、障子、ふすま、間仕切りなどのお部屋を仕切るものです。それを現場に持っていくわけですが、そのままスポンとは入りません。建具枠や、引き戸だと敷居鴨居もしくはレールがあるわけですが、それらは大工さんが先につくっているので、その枠に建具が入るように建付をし、開閉に障害がないようにするまでが私たちの役目です」
── 美しい細工が彫られた格子戸や障子をつくることだけでなく、家づくりの調整役も担っているのですね。
唐木(兄)「家づくりに携わる職人は、それぞれ順番に工事に入ります。建具に関しては最後に工事に入ることが多いので、他の職人と一緒に仕事をすることは珍しいです。現場入りの最後は畳屋さんで、その前が建具屋です。仕上げの最終工程を行うという意味では、畳屋さんと我々は調整役と言えるかもしれません」
唐木淳さん(以下、唐木(弟)と表記)「職人として美しいデザインのものをつくるのは楽しいですが、建具は何をおいても機能性が大切です。構造躯体などと違って、日々動かすものですから。快適に使えるようにしてお渡ししないと、その家の欠点として悪目立ちしてしまいます。責任重大です」

唐木建具店の応接室玄関。

左:古民家レストランのためにつくり直したガラス戸。
右:繊細な茶室の竹組障子。木だけでなく竹も扱えるのが唐木建具店の技術力!

左:個人宅の階段下物入れの建具。
右:老舗料亭の灯篭障子。
上記写真5点:唐木建具店
建具屋を残し続ける
義務と責任がある
── たしかに戸が開きにくいというのは大いに困りますからね。
唐木(兄)「しっかりつくられた家でも数十年の時間が経てば、歪んでいくこともありますし、建具自体も反ってきたりします。建具がスムーズに動いていたもの、ピッタリくっついていたものが、動かなくなるし隙間も空いてきます。ですが、建具は削り込んで“建付”をし直すことが出来ますから、新たに作り直さなくても開閉障害や隙間でお困りの方のストレスを無くす事が出来るのです。ですから建具屋は世のため人のため、ずっと残り続けなくてはいけない職業だと自負しています」
唐木(弟)「伝統的な木の建具のいいところは、何十年、何百年経っても削って直せるところで、新建材の建具では、それができにくい。パッと見は同じ建具でも、無垢ではない材質基盤のものに木に見えるシールみたいなものを貼っている場合が多く、削れないからです」
── 新建材を使った建具で、調整では収まらない問題が生じたら、どうやって直すのですか? ハウスメーカーの家で使われているユニット建具の場合など。
唐木(兄)「ユニット建具は枠と建具と専用金物がワンセットになっています。削れませんし建具だけの交換は難しいので、枠ごとに交換することが多いです。ですが枠も壁の中から釘やビスを打って留めているので、単純に枠だけ取りはずせない。ですから壁を壊して枠から交換することになると思います。そうしますと左官や壁紙のやり直しも出てきますので、建具交換だけと思っていたことが大きい工事になるわけです」
── そうなるとかなり大がかりですね。
唐木(兄)「初期投資はユニット建具のほうが安価かもしれないですが、おかしくなったら修理では直しきれない点も出てくるので、後々大変かもしれません。 私もユニット建具をメインで使う会社にお世話になっていたので、元同業者として、『メリットだけでなくメンテナンスの難しさもお話ししているかなぁ』と勝手に心配しています。これは父の口ぐせでもありますが、「修理ができない商品は、はたして完成形といえるのか?」 いつもこの言葉を思い出してしまいます」
唐木(弟)「ドアに関しても、レバーとか蝶番が壊れたら、それだけ交換できると思うじゃないですか。でもその時がくると廃盤になっていることが多い。そうなるとお客様が望んでいる現行品と交換しにくいんです。ですが、建具屋が製作している建具ならすべてバラバラにして補強や交換もできることが多いのです。条件はありますが、建具自体の寸法を大きくも小さくもできるので、改良の自由度が高いんです」
── こういう大切な情報は広めたいですね。
唐木(兄)「そうですね。弊社もまだまだ情報発信が出来ていなくて。お住まいはメンテナンスが必ず必要です。建具は常日頃、開け閉めする物ですからメリット・デメリットは知っていて損はないと思います。ご存知の方は、『新築のマンションを買ったのだけど、ユニット建具が気に入らないから、ここだけ唐木さんにやってほしい』とか、『和室の建具は長く使いたいので既製品ではなく、ちゃんと製作して欲しい』とか、『お祖母ちゃんの家の建具に思い出が詰まっていて、壊すのが忍びないから、その戸を私の家に使ってほしい』といったご依頼をくださいます。こういうことも可能なので皆様にぜひ知っていただきたいです」

古民家建具の修復。写真:唐木建具店

襖の修復をしていて、なかから古文書。「紙が貴重なので、このように利用されてきたんです」と唐木淳(弟)さん。日本家屋が持つ“再生力”が垣間見える。
木製のアンティーク美術品の
修復依頼もある
── 新築の建具と、長く使われてきた歴史のある建具のリフォーム・修理のお話も出ましたが、お仕事の数としてはどちらが多いのですか?
唐木(兄)「どちらとは言えないです。修理のなかには“文化財の修復”も含まれるとなると、この仕事も大きなウェイトを占めていまして。東京だけでなく日本中からもご依頼をいただいています。この仕事のおかげで我々の技術力と認知度、そして信頼度が上がって、口コミのようなかたちで新築の家のお仕事をいただきますし、少しちがった分野にも広がってきています。つまり、繋がっていて分けて考えにくいんです」
唐木(弟)「そうですね、仕事の内容は広がったり形を変えたりもしています。重要文化財に指定されているような建築物の建具だけでなく、最近のことですが、宝物(ほうもつ)と呼ばれるような木製のアンティーク工芸品の修復のお仕事もさせていただきました」
── 宝物の修復なんて、まちがって壊したらと思うと手が震えそうです。
唐木(弟)「もの凄い緊張感です。取りかかる前は怖くなることも胃が痛くなることもありますが、失敗したりしません。僕たち建具職人ですから(笑)」


目黒雅叙園の建具修復。


宝物の建具修復。

花狭間(花模様)の建具。伝統的なデザイン。

茶室の夏障子。うさぎも茶道の世界観を表現するモチーフ。
上記写真6点:唐木建具店
他社で積んだ経験を
家業に活かす
── その素晴らしい技術力、どのようにして培われたのですか? “職人への道のり”をお聞かせください。
唐木(兄)「私からお話ししますと、大学を出て会社員を経験しています。ハウスメーカーを含め数社に合計で10年弱勤めた後に31歳で唐木建具店に入りました。家族仲はいいのですが、息子だから継いで当たり前という流れには何となく反発があって。父も『勉強してこい』と言ってくれたので、まずは就職しました」
── お仕事の内容は?
唐木(兄)「営業をやって、現場監督もやって、さらに営業と現場監督の両方を同時に担える会社に移りました。たくさん学ばせていただき感謝しています。ただ、会社を経営するために利益を追求することは間違っていませんが、あまりにも過剰になると、それはちょっと違うんじゃないかと感じるようになって。
それに、大企業にとっては手直しのジャンルは小さな仕事なので、後回しにされてしまうことを目のあたりにしました。衣食住という三大要素のひとつである家の困りごとは、大小問わずお住まいの方にとっては大きな問題です。ですので、すぐに駆けつけてお助けしたいという気持ちから、それが出来る実家の家業に戻りました」
── 職人修業はそこから、31歳からですか?
唐木(兄)「そうです。最初は何をつくっているのかすらもわからなくて。やっていくうちに『これは建具のこの部分なんだ』ってわかるようになりました。でも、隙間なくくっついている父の作品と比べて『俺のはなんでこんなにガバガバなんだ?』という感じでした。私の場合は、修行という意味では年齢がきてましたから父は、売りものにならなくても、とにかくつくるということをさせてくれました。危険な機械も最初から使わせてくれましたし」
唐木(弟)「たいてい弟子入り当初は掃除や道具の手入れ、細々とした先輩の手伝いから始まりますが、父はちがうんです。もちろん、カンナやノミの研ぎとか道具の手入れは基本のキですから当然やるんですが、誰かの雑用係ではない。職人として目標をもってできるまでやり続けなさいといったスタンスでした。息子以外の弟子にもそうしていました」
── 優しい親方ですね。
唐木(兄)「ただし、機械を扱う際はうるさかったですよ。建具製作をする木材を加工する機械はパワーがちがいますから。手指を失うくらい本当に危険なので。おかげで大きいけがはありませんね。あとは、一生懸命につくって失敗しても責めたりしませんが、『これぐらいでいいかな』と仕上げたつもりになっていたり、深く考えないで工夫がなく失敗したり、何よりチャレンジしないことには釘をさしますね。顔は怖いので、迫力がありますよ(笑)」



祖父、父から受け継いだ工場の風景。
職人業を嫌いになりかけた
救ってくれたのは父
── 今度は弟の淳さんの修行時代について伺えますか?
唐木(弟)「僕も大学を出て修行をして、年季があけたから戻ってきたという流れです。建具もやっているし、家具もやっているし、塗装もやっているし、椅子の張りもやっている、そういうちょっと大きい会社に職人として弟子入りしました。じつは兄も僕も大学の学部は経済学部なのですが、もともと物づくりは好きということもあって」
── 先ほど「弟子入り当初」という言葉がありましたが、そこは厳しかったですか?
唐木(弟)「厳しいというか理不尽なことも多かったですね、ちょうど昭和平成の一番よくない時代ですよね。建具以外のこともたくさん教わり、とくに塗装に関する技術や知識は、今もとても役に立っていますが、奴隷のような扱いや暴力もあって、職人を嫌いになりかけました」
── 何年お勤めになったのですか?
唐木(弟)「たしか5~6年です。その頃のことは辛すぎてあまり記憶がなくて。そんな僕がやっぱり職人がいいなと思えたのは、父である親方のおかげでした。『また一から修行し直せ、うちの色に染まれ』なんてことは言わず、『外で覚えてきたことを存分に生かしてくれ。新しいことをどんどんやれ』と言ってくれました。技術やアイデアを生かせることが本当に楽しくて!」
唐木(兄)「うちはこだわりがすごく強い会社というか一族なんですけど、伝統は古いままではダメだよね、昔から続く伝統と新しい考えが融合して進歩した伝統が本当の伝統だよねという思いがあるんです。父親から私たち兄弟に受け継がれたのかもしれませんが、そこは強く共通しているんです」

作業中の唐木淳(弟)さん。

淳さんがお客様からのご依頼でつくった文箱。網目状であるがほぞを削って組んでいる。

左官のコテを入れるおかもち。

和の味わいを持つモダンな木製家具も淳さんの作品。目黒雅叙園の建具修復。
上記写真3点:唐木建具店
祖父の商才と父の勇気
── 偉大なるゴッドファーザーですね。
唐木(兄)「父自身も職人ですから修行の辛さを知っているのだと思います。大学の法学部を卒業して別の会社に就職をしているのですが、そこでアルミサッシの技術を覚えて戻ってきたんです。唐木建具店でもアルミサッシを仕事にしようとしたのですが、祖父の猛反対にあったと聞いています。この祖父が本当に怖い人でして、まさに理不尽のかたまり、地元八王子の界隈でも破天荒で知られていました」
唐木(弟)「祖父は中学卒業後に職人修業を始めた人ですが、商才があったようで。長野から八王子に来て開業した初代の曾祖父から継いだ店を大きくして、ピーク時には16人の弟子を抱えていました。技術力もあって、文化財修復の仕事をいただけるようになったのは、祖父のつくったものが認められたからです」
唐木(兄)「祖父は戦争に行って帰ってきている人間なので、やはり迫力がちがったと思いますが、それでも父は頑張ってアルミサッシの仕事も始めました。時代のニーズでしたから、結果として当社の業務形態の柱の1つになりましたし、建具屋としてもできることの幅が広がっているわけですから、当時の父の勇気と努力にも感謝しています」

3代目・唐木誠さん。経営は息子に引き継ぎつつ、職人としては今も現役。写真:唐木建具店
建具職人を増やしたい
女性弟子ウェルカム!
── 4代目となって、お二人もお弟子さんを育てていらっしゃるのですか? 5代目は?
唐木(兄)「今、唐木建具店にはもう1人社員がいますが、もう10年のキャリアなので、弟子というより頼りになる存在です。女性の職人なのですが、仕事が繊細で丁寧で、現場に行くと男所帯の独特な空気が、ふわっと緩んで和やかになります。次に弟子入りしてくれる方も女性がいいなぁと思っているくらいです」
唐木(弟)「5代目に関しては……、兄のところにも僕のところにも息子はいます。継いでくれたらとは思いつつ、自分たちも人生のレールを敷かれることには反発心がありましたから、息子たちにもそれはしたくないですね」
唐木(兄)「身内以外の方に継いでいただく可能性もあると考えています。大切なのは唐木の技術を後世に残すこと。それが最優先です」
── 技術を残すこと、あらゆる分野の職人にとって大きなテーマですよね。
唐木(兄)「伝統工法による家づくりに関わる職人の方々とお話ししていると『もう、俺の代で終わりだから』と諦めてしまっている方もいらっしゃいます。もちろん皆さん技術にも経営にも手抜きなんてしませんが、難しい問題もあるようです。
次世代へスムーズにバトンタッチできるような、もっといい仕事環境をつくれないかと考え、その志を維持する何かが必要だと感じました。そこで、新しいシステムをつくろうと思い立ちました」

唐木建具店の紅一点、職人の小林美菜さん。雅叙園の修復作業中。写真:唐木建具店

「女性の仕事は繊細で建具に向いています」と唐木俊(兄)さん。
職人どうしの横のつながりで
効率的な家づくりを目指す
── 新しいシステムとは?
唐木(兄)「大きなシステム改革ではありませんが簡略してお話すると、今までの請元を頂点にしたピラミッド型ではなく、各職人、現場監督、設計も全部横並びでお客様とお話し、家に携っていく、つくり手の顔が見えるシステムです。
自分の技術に自信がある、だから打って出たい、でも個人個人だと情報発信も含め力が弱いという悩みに対して、一緒に職人集団として発信していこうというのが最初の目的です。その志に共感していたがいた職人たちと“吉祥会”と名付け、目標達成に向けて進んでいきたいと考えています」
唐木(弟)「今いるこの場所は、唐木建具店の事務所であるのと同時に、吉祥会のショールームでもあるんです。我々の建具の見本もありますが、天井や壁面には、木工事による仕上げの違いや漆喰などの左官が塗った壁と比較できるように、わざとクロスを貼った壁部分があったりします」
唐木(兄)「ピラミッド型だと、お互い知らない者同士で家を手掛ける場合があります。何か問題が出た時に、『手直し依頼が来ているが、当社の瑕疵(注:かし・欠点のこと)ではない。では、誰が先にどんな作業をしたんだ』とモヤモヤしながら対応することになりますが、吉祥会ではみんなが横並びで顔を合わせていますし、上下のパワーバランスが一切ないので、問題解決の際も相談しあえる点が大きなメリットと考えています」
── 素晴らしいですね。現場監督や営業として交渉にも慣れていた経験が生かされているわけですね。
唐木(兄)「できることは何でも試して、建具だけでなく伝統技術を多くの方にお届けしたいです。かつて他社に勤めていた時に感じた“請元の儲け主義”と逆の取り組みとも言えますね。
『伝統工法はリッチな人しかできないよね』と思われたくない、だったら伝統技法を持つ職人一人ひとりとアイデアを出し合い、簡素化できる部分を見つけたり値の張らない素材を選んで提案しようというのが吉祥会なんです」
唐木(弟)「まだ多くはないですが、吉祥会で建てた家があります。メンバーの年齢がみんな近くて、技術力もあって志も同じなので、刺激や学びをいただけて楽しいです。これまでは他の職人の作業工程を見ることはできせんでしたから、途中の様子を見て『そこで、そう来るの?』と驚くことも多いです」
── お二人の受け入れる力の大きさ、包容力を感じます。
唐木(兄)「いえ、私たち兄弟だけでなく本来の職人はみんなそうです。最終的に形にできる技術と経験があるから、ちょっとやそっとのことでは動じませんし、自信を持ってお客様に伝統技術や建築のよさをお届けしたいと思っております」
唐木(弟)「お客様にもお伝えしたいのは、自分たち日本人が古来より培ってきたものを信じてほしいということです。そのうえで、我々職人にご依頼、ご相談をいただければありがたいですね」

吉祥会で手がけた家。とんがった部分は家内の風の循環を生み、冷暖房に頼らない仕組み。

こちらも吉祥会で担当。唐木さんたちも、この家の特徴ともいえる柱と梁を組む現場にも参加したそう。
上記写真2点:唐木建具店
取材・執筆・写真:
小林佑実
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